ヨリって一体なんですか? 4
婚姻の儀が近づいている。
今日の公務は、その打ち合わせだった。
3日間に渡る祝儀の流れ、必要な品、予算に至るまで決めなくてはならない。
これから、たびたび出席することになる。
公務に熱心さを持たないディーナリアスだが、自分たちの婚姻の儀なのだから、人任せにはできなかった。
今後の2人の人生にも関わってくる。
ジョゼフィーネと、あとで思い返した時に「素晴らしかった」と、言えるようなものにしたかった。
「……ディーン」
すでに、2人はベッドの中。
ディーナリアスの隣にいたジョゼフィーネが、体を起こす。
実のところ、公務から帰って以来、彼女の言動が気になっていた。
落ち着かない様子で、言葉も少なかったからだ。
ここでの生活にも馴染んできたらしく、近頃は、よく話すようになっている。
たどたどしさはあるものの、前ほどではない。
だから、安心していたのだけれども。
ジョゼフィーネが、ベッドの脇にあるチェストから、何かを取り出した。
封書だった。
ディーナリアスは、少し眉をひそめる。
アントワーヌからの手紙だと、わかっていたからだ。
「こ、これ……アントワーヌから、来たの……」
ディーナリアスは、苦い気持ちになる。
ようやくジョゼフィーネも、アントワーヌを忘れかけていたはずなのだ。
自分に向けられるまなざしが、日に日にやわらかくなっていくのが見てとれた。
時々は、笑ったりやなんかもして、最初にあった警戒心が薄れていることにも、気づいていた。
(……ジョゼの心は、あの男の元に戻ってしまうであろうか……)
ジョゼフィーネは、ディーナリアスとの口づけを拒まない。
嫌ではないとも言ってくれた。
だからといって、心が自分にあるとは言えないのだ。
婚姻相手だから許しているに過ぎない、と思える。
彼女は「自分に判断する権利はない」と思い込んでいる節があるので。
「自分に来た手紙を、誰かに見せるのは、良くない、と思う……でも……ディーンには、わかって、ほしい、から……」
言いにくそうにしながらも、とつとつと、ジョゼフィーネが言葉を落とした。
差し出された手紙を、ディーナリアスは受け取る。
「本当に、読んでもよいのか?」
ディーナリアス自身、複雑な心境ではあった。
読みたくない気もする。
が、内容が、ひどく気になるのだ。
好奇心などといったものではない。
アントワーヌが、どんなふうに、彼女の心を引き戻そうとしているのかが、知りたかった。
ジョゼフィーネが、うなずくのを見て、手紙を開く。
ディーナリアスは、文献漁りが趣味。
当然に、各国の言葉も理解できる。
王族らしい綺麗な文字の文章を読み、理解し、そして。
イラっとした。
2度読みして、さらに、イライラっとする。
王宮を抜け出して来いなんて、とんでもないことが書かれていたからだ。
(そのような真似をして、ジョゼが咎められたらと思わんのか、あの男は)
ジョゼフィーネは、ディーナリアスの正妃となることが決まっている。
その彼女が勝手に王宮を抜け出すなんて、大事だ。
見つかれば、ただではすまない。
正妃との立場から降りられないがゆえに、むしろ、風当たりが強くなる。
ディーナリアスがどう思うかはともかく、監視しろだの、軟禁が必要だのという声が上がるに違いないのだ。
そもそもリフルワンスとは違い、ロズウェルドには魔術師という存在がいる。
簡単に王宮を抜け出せるわけがない。
そして、見つかる可能性のほうが高かった。
そんなことにも気が回らないアントワーヌに、腹が立つ。
が、しかし。
「ジョゼは、どう思っておるのだ?」
ジョゼフィーネの気持ちが、大切なのだ。
ディーナリアスは、彼女が周囲に責められないよう配慮するつもりでいる。
会いたくないと言えば、会わずに事を済ませられるように。
会いたいと言えば、周囲に、それが伝わらないように。
「私は……あ、会いたい……」
「そうか。わかった」
「あ、あの……わ、私……」
「よい。何も言うな。俺は、怒っておらん」
怯えたような瞳をするジョゼフィーネを引き寄せ、抱きしめる。
実際、怒るというより、胸苦しい気持ちだったのだ。
こうして彼女を抱きしめているものの、空虚な感じがする。
ともすると、自制を失いそうだった。
ジョゼフィーネの心は、アントワーヌのもの。
その思いが、ディーナリアスから理性を奪おうとしてくる。
いっそ彼女を自分のものにしてしまいたい。
が、体の関係だけ作っても意味がなかった。
ディーナリアスは、今となっては真に「愛し愛される」の意味を理解している。
「案ずるな。俺は、本当に怒ってはおらんのだ」
かなり胸が痛むだけで。
「ディ、ディーン……あの……私……」
「だが、王宮の外に出るのだから護衛は必要だ。むろん、お前に危険がなければ、手出しはせぬ」
ジョゼフィーネが、何か伝えようとしているのは、わかっていた。
一生懸命な姿を愛らしい、とも思う。
けれど、その一生懸命さは、自分に向けられてはいないのだ。
そうした思いが、ディーナリアスから余裕をなくさせる。
「ジョゼ……俺は……」
お前の心が欲しい。
言いたい言葉を飲み込む。
言えば、ジョゼフィーネを追い詰めることになりかねない。
もとより心というものは欲しがったからと言って、もらえるものではないのだ。
「あ、あの……ディーン……私……あの……」
ジョゼフィーネの唇を、自分の唇で塞ぐ。
口づけとの意識は、ほとんどなかったかもしれない。
ジョゼフィーネの言葉に耳を塞ぐ代わりに、彼女の口を塞いだのだ。
アントワーヌに対する心の裡を、打ち明けられたくなかった。
(俺は……愛し愛される関係を築く努力を、怠っている……)
頭の隅で、そう思う。
思いながら、ディーナリアスは、あの書に書かれてあることの本質が、いかに難しいことかに、初めて気づいていた。




