ヨリって一体なんですか? 3
アントワーヌの一件から、およそ、ひと月ほど。
ジョゼフィーネは、また少し落ち着いてきた。
いっとき「帰されるのではないか」と、不安になることもあったが、変わらない毎日に、安心できている。
目覚めれば、ディーナリアスがいて、ベッドでの朝食。
散歩をしたり、王宮図書館に行ったり、王宮内を案内してもらったりして、夕方くらいまでを過ごしていた。
ディーナリアスが公務でなければ、だいたいは一緒にいる。
そして、夕食をすませて、就寝。
キスは、たびたびするが、それ以上のことはない。
ディーナリアスにくっつき、ジョゼフィーネは「何事もなく」眠るのだ。
それについて、彼女は、あまり深く考えていなかった。
なんとなく「ディーンがいいようにしてくれる」と思っている。
いかんせんジョゼフィーネは、自分で判断するということが、ほとんどない。
「む。なかなか大したものではないか」
「す、することが……あんまり、なかったから……」
最近、ディーナリアスと「娯楽」をするようになった。
チェスだ。
ジョゼフィーネは引きこもりだったし、することも、やれることもなかった。
前世には、ふんだんにあった「娯楽」だって、望めない。
そんな生活の中、チェスだけが、ジョゼフィーネにできる娯楽だったのだ。
とはいえ、小奇麗なチェスのセットなんてものはない。
チェスの本を頼りに、自分で作った。
本当に、くしゃみひとつで飛ぶような、紙でできたチェス板と駒。
ディーナリアスとチェスをするようになり、初めて本物を手に取っている。
「チェスは、彼に教わったのか?」
「教わったっていうか……本もらっただけ……一緒にしたことは、ないよ」
ディーナリアスの言う「彼」とは、アントワーヌのことだ。
理由はわからないが、最近は、こういうことも、時々あった。
ディーナリアスが、アントワーヌについて、ちょくちょく聞いてくる。
顔を合わせたので、リフルワンスの王太子が、どんな人物か気になるのだろう。
そう思って、ジョゼフィーネは、自分の知る限りを話していた。
(私は、トニーが王太子してるとこ、あんまり知らないから……役には立たないだろうけど……)
もとより公の場に出ることなど、皆無。
偶然に、屋敷の中で会うことはあったが、目も合わせられなかった。
アントワーヌもジョゼフィーネを見ようとはしなかったし。
「あ……」
「いかがした?」
「そろそろ……時間? 今日は、公務がある、よね?」
昨日、リスが、わざわざ言いに来たのを覚えている。
ジョゼフィーネは、時間がきたら声をかけてほしいと頼まれていたのだ。
でなければ、ディーナリアスが「サボる」かもしれないから、と言っていた。
彼は、基本、真面目な性格をしている。
が、公務は好きではないらしい。
「……しかたがない。行くとしよう」
とても渋々という様子で、ディーナリアスが立ち上がった。
そして、チェスをするため向かい合って座っていたジョゼフィーネに近づく。
唇にキスが落とされた。
ちょっぴり長い。
ディーナリアスは、よくキスをしてくるが、離れる時は少し長いのだ。
まるで「離れがたい」と言われているようで、なんとなく嬉しくなる。
ジョゼフィーネにとっても、一緒にいるのが、あたり前になりつつあった。
ディーナリアスが傍にいないのを、寂しいと感じる。
「い、いってらっしゃい」
ジョゼフィーネは、こういう時の「作法」も、よくわからない。
だから、頭を下げることなく、手を振る。
こんな調子でいいのだろうかと、思うのだけれども。
「夕食までには戻る」
ジョゼフィーネに手を振り返してから、ディーナリアスが部屋を出て行った。
彼は、ジョゼフィーネのすることに、あまり口を挟まない。
ああしろ、こうしろ、とは言わないのだ。
むしろ、彼女のすることに、合わせてくれている。
(ディーンは、私を嫁って言う……それって正妃にするって意味、かな……)
あまり期待をかけ過ぎてはいけない。
ジョゼフィーネの警戒は解けきってはいなかった。
期待の裏には落胆がある、と思っているからだ。
たった1人の友人に陥れられたという、前世の記憶に引っ張られている。
ディーナリアスを信じたい気持ちと、裏切られる恐怖との、せめぎ合い。
ジョゼフィーネにとって、ディーナリアスの存在が大きくなるにつれて、葛藤も大きくなっていた。
いろいろと話したいことはある。
されど、話すのも怖い、というところ。
「妃殿下。妃殿下に、こちらが届いております」
サビナが部屋に入ってきて、1通の封書をジョゼフィーネに渡してきた。
自分に手紙を寄越す人などいただろうか。
首をかしげながら、開いてみる。
瞬間、立ち上がり、そして、よろめいた。
「妃殿下!」
慌てて、サビナがジョゼフィーネの体を支える。
反射的に、ジョゼフィーネは、サビナの胸にしがみついていた。
それから、目を見開く。
「サビナ……」
「はい」
ジョゼフィーネが、サビナの名前をちゃんと呼んだのは、初めてだ。
受け答えはしていたものの、名前を呼んだことはなかった。
「サビナ!」
「はい、妃殿下」
サビナが、不思議そうにジョゼフィーネを見ている。
その目を見つめた。
ジョゼフィーネは、サビナを「信じる」ことにする。
「こ、これ……見て……」
「よろしいのですか?」
こくりと、うなずいた。
サビナが手紙に、サッと目を走らせる。
そして、眉をひそめた。
「ど、どう思う? ディーンに……見せたほうが、いい?」
手紙は、アントワーヌからのものだ。
会いたいので、なんとか1人で王宮を抜け出してほしい、というようなことが、書かれている。
サビナが、手紙をジョゼフィーネに返してきた。
「殿下に、お見せするかどうかは、妃殿下が、お決めくださいませ。私は、それに従います。もし、内密に外に出られたいとのお気持ちがあれば、私が手引きいたします。もちろん、殿下には、何も申し上げません」
ジョゼフィーネは、ひどく迷う。
自分で判断することなく、生きてきたからだ。
そのジョゼフィーネに、サビナが言う。
「私にとって、重要なのは、妃殿下が、どうされたいかです。私は、妃殿下の侍女なのですから」




