ヨリって一体なんですか? 2
ディーナリアスは、ものすごく困っている。
隣で、すやすやしているジョゼフィーネが、可愛らしくて、困っている。
しかも、とても無防備に、安心しきった顔をしているため、なおさら困る。
(ジョゼは、少しずつ俺を信頼するようになっておる。最近は、こうして……)
ぴとっと、ディーナリアスにくっついて眠っていた。
両手を胸に置き、頬を押しつけている。
そして、すやりすやり。
その寝顔を見つつ、ディーナリアスも眠りについていた。
かなり遅い時間になるのが、最近の常ではあるけれど、それはともかく。
(口づけも嫌ではない、と言っておったしな。……くるん…………)
『く、くるんってするの……き、気持ち、いい、よね……?』
思い出したけで、うっと呻いてしまった。
ジョゼフィーネは、確実に、無自覚だ。
そんなことは、わかっている。
あれはけして「誘い文句」などではない。
彼女は、男性を誘ったことなんてないだろうし、考えたこともないはずだ。
(ジョゼの体が目当て、ではないのだが……)
ありていに言えば、ディーナリアスは、ジョゼフィーネにふれたい。
頭を撫でるとか、肩を抱くとかいう以上に、ふれたくなっている。
もっと親密な関係になりたかった。
が、ジョゼフィーネの寝顔を見ていると、迂闊なことはできない、と思う。
ジョゼフィーネからの信頼を失うのは本意ではないので。
それはもう、我慢している。
愛らしい嫁を腕に抱きながら、ひたすら忍耐の日々。
最近は、とみに精神力を必要としていた。
やはり、気にしているのかもしれない。
アントワーヌのことを、だ。
(アントワーヌ・シャロテール……ジョゼを、ジョージーと呼んでおった)
そして、ジョゼフィーネもアントワーヌを、トニーと呼んでいたらしい。
ジョゼフィーネと顔を合わせる前から、2人がひそかに、婚姻を誓い合っていたのは、知っていた。
報告書に書かれていたからだ。
ジョゼフィーネの住んでいた屋敷の庭園で、たびたび会っていたという。
『庭園にて、アントワーヌ・シャロテールよりジョゼフィーネ・ノアルクに対し「きみと婚姻する日のことを考えている」との言あり。しかし王室内で、そうした話が出ていないことから、ただの口約束だと考えられる』
報告書は、正妃選びの儀より3ヶ月ほど前から始まっていた。
魔術師は姿を隠すことができるし、遠くから会話を聞くこともできる。
リスが念入りに調べさせていたのは間違いない。
『ジョゼフィーネ・ノアルクは屋敷から出ず、部屋で嘆いており、アントワーヌ・シャロテールと会わずにいる。彼女より「彼とは終わった」との言あり』
この報告の、ひと月後ジョゼフィーネは、隣国に行くよう告げられていた。
つまり、正妃候補となるために、アントワーヌと別れたのではない。
そんなことになるとは知らないまま、彼女は、アントワーヌとの関係を終わらせたのだ。
「リロイ」
小声でリロイを呼ぶ。
その意味を悟っているのだろう、リロイは、声を出さずに現れた。
(いかがなさいましたか、我が君)
(リスを呼べ)
すぐに、リスの声が聞こえてくる。
リロイが叩き起こしたのだろう。
(んだよ……まだ起きる時間じゃ……ていうか、寝てる時間だろ……)
(お前の生活習慣など、どうでもよい。聞きたいことがあるのだ)
(ああ……あれか……妃殿下の父親が……天秤にかけてたんじゃねーの……?)
(そういえば、ジョゼには、2人の姉がおったな。元々は、その娘たちも正妃候補であったと言うか?)
(うーん……こっちの、じゃなくて……向こうの、な)
リスの説明で、なんとなく筋が見えてくる。
ジョゼフィーネの父は、アントワーヌの婚姻相手として、3人の娘を候補としていたようだ。
アントワーヌの意思など関係なく、自分勝手に考えていたに違いない。
(こっちに……どの娘を嫁がせるかは……3ヶ月待てって、言われてサ……)
(3人とも調べさせたのか?)
(まー、一応はね……ウチと違って、調べるの、楽だったしなぁ……)
となると、やはり、ジョゼフィーネは直前まで、己の行く末を知らなかった。
政略的な婚姻が原因で、アントワーヌと別れたのではないことが確定される。
(ほら、あいつ、リフルワンスの王太子だろ。国務大臣って立場からすると、あいつの不興は、かいたくなかったんじゃねーか? 妃殿下を気に入ってるってのは、わかってたみてえだからな)
(が、ジョゼと、あの男が会わなくなったのを知って、踏ん切りをつけた)
(そんなトコだろーね)
リスの頭が、はっきりしてきたらしい。
口調も淀みがなくなっていた。
(でも、ほとんど決まってたようなもんだと思うぜ? あいつに、どう説明するか悩んでたくらいなんじゃねーの? ほかの2人のどっちかを、あいつに嫁が……)
話の途中だが、魔術を切らせる。
肝心な部分がわかったので、最後まで聞く必要はなかった。
リロイは、スッと姿を消す。
(ジョゼが、己の立場を鑑み、身を引いたのか……それとも……)
自分の腕の中で、すやすやしているジョゼフィーネの頭を撫でた。
彼女の気持ちが、気にかかる。
報告書を読んだ際には、心にも留めなかったことだ。
婚姻を誓い合った相手がいたとはいえ、本人が「終わった」としている。
正妃選びの儀に並ぶことも納得の上のことに違いない。
そんなふうに思っていただけだった。
だが、今となっては、ジョゼフィーネの心情が知りたくなっている。
彼女は、アントワーヌを、今もまだ想い続けているのだろうか。
愛妾の子であるがために身を引き、父の意向に沿って、ロズウェルドに来たが、心は、アントワーヌの元にあるのではないか。
ジョゼフィーネの髪を撫でながら、その顔を見つめた。
彼女の言葉を思い出す。
『あ、あ、愛妾でも……いいから……そ、傍に……』
ジョゼフィーネは、ディーナリアスに、そう言った。
散々、虐げられてきた彼女が、いったい、どんな気持ちで、その言葉を口にしたのか。
愛妾でもかまわないと思うほど、国には帰りたくないのだ。
「それほどに、傷ついたのであろう?」
ディーナリアスは、そっとジョゼフィーネの額に口づける。
胸が締めつけられ、ひどく痛かった。
「俺ならば、お前に、そのような思いはさせぬのだがな」
最初は書に従い「嫁を大事にする」と思っていたけれど。
今は、ジョゼフィーネという女性を大事にしたいと思っている。




