表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/80

いきなりなんて困ります 1

 

「俺の嫁に、なにをしておる」

 

 ディーナリアスは、倒れているジョゼフィーネの前に立っている。

 エドモンドの視線を、自分の体で遮っていた。

 エドモンドには、悪びれた様子がない。

 ディーナリアスの声が、淡々としていたせいだろう。

 彼の心情に気づいていないのだ。

 

「殿下、勘違いをなさらないでください」

「俺は、俺の嫁に、なにをしたか、と聞いておる」

「ですから、それが勘違いだと申し上げているのですよ」

 

 エドモンドが、ジョゼフィーネを指さす。

 そして、あからさまに馬鹿にした口調で言った。

 

「妃殿下のほうから、私を、お誘いくださったのです。所詮は、リフルワンスの女、ロズウェルドの貴族と、懇意になろうとの浅知恵が働いたのでしょう」

 

 その段階で、エドモンドに対する、彼の判断は確定する。

 2度と(くつがえ)ることもない。

 

「ジョゼ……恐ろしき目に、合わせてしまったな」

 

 ジョゼフィーネのほうに向き、しゃがみこんだ。

 すぐさま、しっかりと抱き上げる。

 抱き上げる際に気づいた。

 

 彼女は、手や足に怪我を負っている。

 ドレスに、血が滲んでいた。

 

「……殿下……その女は……」

「俺の、嫁だ」

 

 ディーナリアスが守り、大事にするべき、たった1人の、女性。

 そして、今は「愛し愛される」関係になるための、大切な時期なのだ。

 

「殿下! その女は、リフルワンスの者なのですよ? 嘘をつき、私に取り入ってきたのです!」

「そのような薄汚き口、縫ってやってもよいのだぞ」

「お、お待ちください、で、殿下……っ……ほ、本当に……」

 

 聞いているだけで、不快感が募ってくる。

 本当に、その口を黒糸で縫ってやりたかった。

 ディーナリアスは、エドモンドに、冷ややかな視線を向ける。

 

「俺の嫁は、そのようなことはせぬ」

 

 きっぱりと、言い切った。

 そして、エドモンドという存在自体を無視する。

 

「リロイ」

「はっ! お(そば)に」

 

 リロイは、ジョゼフィーネの傷に気づいたに違いない。

 すぐさま治癒の魔術をかける。

 体の傷は、たちまちのうちに治っていた。

 

 ディーナリアスに言われる前に、リロイは点門(てんもん)を開く。

 ディーナリアスとジョゼフィーネの様子から、ホールに戻る気はないと、察していたのだろう。

 門の向こうには、ディーナリアスの私室が見えた。

 

「リスとともに、後始末をしておけ」

「かしこまりました、我が君」

 

 (ひざまず)いているリロイを無視し、エドモンドは、ディーナリアスに(すが)ってきた。

 

「お、お待ちを……ど、どうか……私の話を……」

 

 もちろん聞く気などない。

 ディーナリアスは、エドモンドを振り返ることなく、門を抜ける。

 腕の中で、ジョゼフィーネが、ぷるぷる震えていた。

 初めてロズウェルドに来た時のようだ。

 

 ジョゼフィーネを抱き上げたまま、カウチに座る。

 膝に置いているジョゼフィーネの両手を、自分の手のひらに乗せた。

 怪我は治っているが、思い出さずにはいられない。

 

 細かい擦り傷ができていて、血が滲んでいた。

 膝も同じように、擦り傷に血が滲んでいた。

 

「……ご、ごめ……ごめん、なさ……」

 

 ジョゼフィーネは、左手で、ディーナリアスの胸のあたりをつかんでくる。

 そして、うつむいたまま、震えていた。

 その頬に手をあて、反対の手で頭を撫でる。

 

「謝るな。お前は、何も悪くない」

 

 ほんのわずか、彼女の手が離れ、その姿を見失ってしまった。

 大いなるしくじりをしたのは、自分なのだ。

 怒られこそすれ、詫びてもらえる立場ではない。

 守るべき嫁に、怪我までさせている。

 

「俺が、悪いのだ……お前を、傷つけさせてしまった……」

 

 これでまたジョゼフィーネは、心を閉ざしてしまうだろう。

 ロズウェルドを、怖い国だとも思っているはずだ。

 

 きゅっ。

 

 胸のあたりを掴んでいたジョゼフィーネの手に、力が入る。

 顔を上げ、彼女は、ディーナリアスを、じっと見つめてきた。

 幸いにも、彼に対する恐怖心は蘇らなかったらしい。

 

「た、助けに……き、来てくれた……」

 

 そうだ、と思い返す。

 ジョゼフィーネの頬を、ゆっくりと撫でた。

 

「庭園に、逃げたのは上出来だ。俺ならば迷わず、お前の元にゆける。俺の嫁は、とても賢い」

 

 ディーナリアスも、ジョゼフィーネを、じっと見つめ返す。

 頬を撫でながら、親指で、ジョゼフィーネの唇をなぞった。

 

「俺の名を、呼んだな」

 

 はっきりと、声が聞こえたのだ。

 ジョゼフィーネの、自分を呼ぶ声。

 彼女は、ディーナリアスを「ディーン」と呼んだ。

 

 初日に「愛称」を言っておいたが、呼ばれたことはなかった。

 さっき、初めて、ジョゼフィーネは、彼を愛称で呼んでいる。

 それだけ近しい存在になっている、という気がした。

 繰り返し、唇を、親指でゆっくりと、なぞる。

 

「あなたのことが……ディーンのことしか……思い浮かば、なくて……」

 

 ジョゼフィーネは、少し顔を赤くして、眉を下げていた。

 彼女のことだから、迷惑をかけたと思っていてもおかしくはない。

 胸が苦しくなるほど、ジョゼフィーネが愛おしかった。

 そんな顔で、そんなふうに言われたら。

 

「ああ……ジョゼ……お前は、本当に……愛らしいな」

 

 両頬を手でつつみ、唇を重ねる。

 無自覚に、ディーナリアスは自制を、放り出していた。

 己の「嫁」が、愛しくて、たまらなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ