表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/80

次期君主とダンスを 4

 彼の目だけを見つめて踊ったのが、良かったらしい。

 ジョゼフィーネは、転ぶこともなく、足を踏むこともなく、踊り終えている。

 

(あ、あんな台詞……漫画に出てくる人みたい、だった……)

 

 少女漫画のヒロインが恋をする相手。

 まさに、それを連想させるに足る台詞だった。

 

 『俺のことだけを見ておれ』

 

 映像はなくても、活字はある。

 ジョゼフィーネの記憶には、漫画を実写化する時さながら、脚本のごとく台詞が羅列されていた。

 そのせいで、気恥ずかしくて、照れくさかったのだ。

 踊ったからではなく、頬がまだ、ぽっぽっと熱い。

 

(この人が言うと、似合う……あ、あれは、私に……言ったんだよ、ね……?)

 

 彼の前にいたのは、ジョゼフィーネだけなのだから、当然に、そうなる。

 さりとて、ジョゼフィーネは、ハイパーネガティブ症候群。

 いまいち、信じきれない気持ちでいた。

 キスだって、未だに「口を塞ぐつもりなのでは」と半信半疑でいるくらいだ。

 自分が、少女漫画のヒロインに似つかわしいとも思っていない。

 

 とん。

 

 あ…と、声を上げる間もなかった。

 彼の腕からジョゼフィーネの手が離れる。

 ぼんやり考えごとをしていたために、人が近づくのに気づかなかった。

 驚いているうちに、彼との距離が開いてしまう。

 

「殿下、どうぞ次は私と」

「その次は、私にお相手を務めさせてください」

 

 口々に言いながら、女性たちが、彼を取り囲んでいる。

 ジョゼフィーネは、どうすればいいのか、わからない。

 判断も行動も、彼に委ねてきたからだ。

 自分では、なにも決められずにいる。

 

(は、離れちゃう……ど、どうしよう……人がいっぱい……見えない……)

 

 あっという間に、彼の周りには、女性の垣根ができていた。

 ジョゼフィーネは、すっかり押しのけられている。

 

 彼女は、自分の人生を、ずっと諦めていた。

 そして謂れのない罵倒や仕打ちにも、耐えるという感覚なしに耐えてきている。

 経験上、口ごたえなどしないほうが、身のためだと知っていたからだ。

 ただ降りしきる雨が行き過ぎるのを待つのみ。

 それが、傘を持たないジョゼフィーネのスタンスだった。

 

(は、端っこに……寄って……邪魔にならないように……)

 

 ジョゼフィーネは、後ずさりして、輪から遠ざかる。

 危険地帯には近づかない。

 そこは、人の悪意が渦巻いているから。

 

「ジョゼ!」

 

 呼ばれたのは、わかっていた。

 けれど、どうしても彼の元には行けずにいる。

 女性たちの輪を崩してまで、強引に進むことなどできはしなかった。

 むしろ、どんどん後ずさりする。

 

 彼女たちにとって、自分は邪魔者でしかないはずだ。

 思うと、怖くてたまらなくなる。

 前世でも、今世でも、多くはジョゼフィーネを傷つける者でしかなかった。

 ほんの少し前に踏み出そうとしていたジョゼフィーネの道が閉ざされる。

 

「殿下は、女性に人気がおありのようですね」

 

 びくっとして振り向いた。

 さっきテーブルに挨拶にきたエドモンド・ハーバントという男性だ。

 声をかけられても、ジョゼフィーネは、うまくかわすことができない。

 そもそも、人と話すのが苦手なのだから、言葉すら出て来なかった。

 

「こちらにどうぞ、妃殿下」

 

 腕を掴まれ、グイっと引っ張られる。

 恐怖に、喉が引き攣った。

 必死で彼のほうに顔を向けたが、女性たちの垣根に遮られ、その姿は見えない。

 そのままテラスに引っ張り出されてしまう。

 

 さらに、奥まった暗がりに引き込まれた。

 ジョゼフィーネの顔から血の気が引く。

 体も緊張と恐怖で冷たくなっていた。

 掴まれた腕を振り放す勇気すら出ない。

 

 見向きもされないとか、声もかけられないとか。

 そういうことには慣れている。

 けれど、関心を持たれることには、慣れていないのだ。

 相手が、どういうつもりなのかも、わからなかった。

 

(こ、この人……え、偉い人……私より、ずっと……)

 

 なにか叱られたりするのだろうか。

 あまりにも自分が場違いだから、連れ出されたのかもしれない。

 ジョゼフィーネは、ひたすら狼狽(うろた)えるばかりだ。

 助けを求めることも、思いつかなかった。

 もとより、助けてくれる人なんて、今まで誰もいなかったから。

 

「殿下は、いたく妃殿下を気に入っておられるご様子でしたな」

 

 ちりちりとした痛みのようなものを、全身に感じる。

 ジョゼフィーネにとって「馴染みのある」ものだ。

 

「どうやって殿下を垂らし込んだのか、その手管を知りたいものだ」

 

 体中が痛い。

 これは、知っている。

 

 悪意だ。

 

 そう気づいた瞬間、ジョゼフィーネの本能が、激しく警鐘を鳴らした。

 ようやく、バッと腕を振りはらう。

 唐突なジョゼフィーネの動きに、虚を突かれたのかもしれない。

 男性が後ろによろめいた。

 

 絶対に、逃げなければならない。

 警鐘は鳴り続けている。

 が、男性が前にいるのでホールのほうへは戻れなかった。

 それでも、逃げなければならないのだ。

 

 ジョゼフィーネは、身を翻し、ホールとは逆方向に駆け出す。

 何を言っているのかは定かではないが、男性が声を上げていた。

 追われていることに、恐怖する。

 靴が脱げてもおかまいなしに、走った。

 

(そ、そうだ……庭園……あそこに……)

 

 迷宮庭園なら隠れる場所もあるはずだ。

 うまくいけば、男性は迷って、追うのを諦めてくれるだろう。

 薄暗がりの中、ジョゼフィーネは、緑の繁っている方向を目指した。

 

 そして、庭園に駆け込む。

 瞬間、後ろから突き飛ばされた。

 地面を滑るようにして、倒れ込む。

 

「リフルワンスの馬鹿な女め。王族でないのは、お前も同じだろうが」

 

 倒れているジョゼフィーネに、男性が近づいてきた。

 諦めて、物事を黙って受け流すだけの人生をおくってきたけれど。

 

「……ディ……ディーンッ!!」

 

 ジョゼフィーネの脳裏にはアントワーヌではなく、その人の姿が、あった。

 

 そして、目の前にも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ