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次期君主とダンスを 2

 まさか、こんなに大勢が集まるなんて思っていなかった。

 リフルワンスの屋敷でも、夜会が開かれることはあったが、これほどの規模ではなかったのだ。

 百人か、2百人か、いや、もっと多い。

 千人規模かもしれない。

 

(せ、せっかく……練習、したけど……こんな大勢の前で……)

 

 踊れるとは思えずにいる。

 緊張して、きっと失敗するだろう。

 練習につきあってくれた3人に申し訳なかった。

 なにより、ディーナリアスに対し、申し訳ない気持ちになる。

 

(この人は……ちゃんと踊れるのに……私が一緒だと、恥かかせる……)

 

 こうして(そば)に立っているだけでも、恥をかかせているのではないか。

 周囲から笑われているのではないか。

 ジョゼフィーネは、不安で、いたたまれない気分になった。

 

 彼は、ダンスは得意でないと言っていたが、自分に気を遣い、そう言ってくれたに過ぎない。

 王族の、しかも王太子が、ダンスが不得手とは思えなかった。

 アントワーヌは、いつだって夜会の花形だったのだから。

 

「皆、挨拶は少し待て。少々、疲れたのでな」

 

 彼の言葉に、サーッと人が散っていく。

 やはり、すごい人なのだ。

 次期国王なのだから当然なのだが、2人だけでいると、どうしてか、その意識が薄れる。

 そのため、こういう場では、改めて自分の婚姻する相手が「次期国王」なのだと認識させられた。

 

「ジョゼ、あちらで休むことにしよう」

 

 彼の腕につかまったまま、壁際にあるテーブルのほうに歩く。

 当然、ジョゼフィーネは、向かい合って座ると思っていた。

 が、しかし。

 

「………っ……?!」

「ん? いかがした?」

 

 彼は、きょとんとした顔で、ジョゼフィーネを見ている。

 ジョゼフィーネは、心の中でだけ、突っ込みをいれた。

 

(いかがって、聞く……っ?……ひ、膝に乗せ……こんな大勢の前で……っ……)

 

 膝に、かかえられている。

 周囲の視線も、当然に、集まっていた。

 彼は、けして、無神経とかデリカシーに欠ける人ではない。

 いつも気遣われていることには気づいている。

 

 さりとて、どこかズレているような。

 

 そんな気がしてならないのだ。

 平然とやってのけることが「常識」の範囲内にない、と感じる。

 今だって、ジョゼフィーネを膝に乗せ、頭を撫でていた。

 

「俺にワインと、ジョゼにはシードルだ」

 

 近づいてきた接客係に、彼が注文をする。

 ジョゼフィーネは、眉を八の字にして、ディーナリアスを見上げた。

 酒を飲んだことがないので、戸惑っている。

 酔っぱらって、おかしなことをするのではないかとの危惧もあった。

 

(よ、酔うと、泣いたり、笑ったり、説教したり、するらしいし……口が、軽くなる……とも言うし……)

 

 酔わせて、何かを喋らせようという魂胆なのではなかろうか。

 活字しかない前世の記憶が、ジョゼフィーネを警戒させる。

 彼が、何か喋らせようとしているのだとしても、自分の知っていることなんて、たかが知れていた。

 

 ただし、言いたくないことが、いくつかは、ある。

 ジョゼフィーネ個人の問題として、だ。

 だから、酔いたくはなかった。

 

「わ、私……お、お酒は……飲め、ません……」

「シードルは、酒というほどのものではない。アルコール成分は、ほとんど入っておらぬのだ。発泡飲料で、口当たりがよいぞ?」

 

 言われても、不安は拭えなかった。

 ほとんど入っていない、と言っても、入っていることに変わりはない。

 酒を飲んだことがないため、少量でも酔う可能性はある。

 

「ひと口、飲んでみて、合わぬようなら、やめればよいのではないか?」

 

 頭を撫でてくる手に、ジョゼフィーネは、ほんの少し落ち着いた。

 ひと口くらいなら大丈夫かもしれない、と思えたのだ。

 

 それに、今日は、生まれて初めての夜会。

 影から覗くだけの存在ではない。

 姉たちが、アントワーヌとグラスを傾けていた姿も思い出す。

 あの頃は、輪に入れなかったが、今夜は違った。

 

 隣には、ディーナリアスもいる。

 

 運ばれてきたグラスを、彼が手に取り、ジョゼフィーネに渡した。

 シードルは、琥珀色をしていて、ぽつぽつと泡を立てている。

 ジンジャーエールに似ているのだろう。

 記憶の活字に、そんなふうに描写されていた。

 思い切って、ひと口、飲んでみる。

 

「どうだ?」

「あ、甘い……っ?! お、おいし……っ……」

「気に入ったか?」

 

 こくこくこく、と、何度もうなずいた。

 お酒という感じが、まったくしない。

 リンゴの匂いがして、まさしくリンゴ味のサイダーのようだ。

 舌には、しゅわしゅわという炭酸の刺激。

 

「今日は、初めてであろうしな。今後は食事の際に、時々、飲んで、慣らしてゆくのがよいかもしれん」

 

 ちょびちょびと、シードルを飲みつつ、うなずいてみせる。

 ケーキと一緒に飲みたくなる味だった。

 もちろん、酒は酒なのだから、彼の言うように、一気に飲むのはやめておくべきだろう。

 酒という感覚なしに、ごくごく飲むのは危険な気がする。

 

(でも……おいしい……家だと、こんなの……飲めなかった……)

 

 ジョゼフィーネに出されるのは、いわゆる「出がらし」の茶葉で淹れた、ぬるい紅茶だけ。

 それすらも、自由に飲めはしなかった。

 食事以外の時に頼むと、メイドに嫌な顔をされるので、我慢することが多かったのだ。

 前世の記憶にあるような、自由に水やジュースの飲める生活なんて、今世では、贅沢過ぎて、夢のまた夢。

 衣食住に関しては、前世のほうが、遥かに恵まれていた。

 

「殿下、お休みのところ、お邪魔いたします」

 

 声に、ジョゼフィーネの追想が途切れる。

 立派な体格の男性が、テーブルの前に立っていた。

 ジョゼフィーネは、無意識に、ディーナリアスに身を寄せる。

 彼女は、自分に向けられる悪意に敏感だった。

 相手が、どんな笑顔を見せていたとしても。


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