次期君主とダンスを 1
ジョゼフィーネは、ずいぶんと気後れしている様子だ。
ディーナリアスの腕にしがみついている場所から、震えが伝わってくる。
相当に、無理をしているには違いない。
本音では、今すぐにでも部屋に連れ帰りたかった。
ジョゼフィーネが来て半月。
ようやく、ここでの生活にも慣れ始めている。
ディーナリアスを、最初ほどには怖がらなくなってもいた。
無理をさせると、元に戻ってしまうのではないか。
それも、心配だった。
(だが、婚姻の儀の前にジョゼを紹介しておかねば、いらぬ噂を流されかねん)
貴族というのは、多かれ少なかれ、口さがないところがある。
婚姻前のお披露目がなければ、2人の仲を疑う者も出てくるだろう。
人目など、ディーナリアスは気にしない。
が、ジョゼフィーネの評判にかかわるとなれば、話は別だ。
婚姻は政略的なものでしかなく愛はない、などと言われたくもなかった。
ディーナリアスは、あくまでも「愛し愛される婚姻」を目指している。
本当に、政略的な意味、もしくは、即位のための婚姻との意味しかないのなら、ジョゼフィーネを、とっくにベッドに引きずりこんでいた。
婚姻が決まっている相手だ。
ディーナリアスには、そうした行為を要求する権利がある。
半月も「添い寝」のみで耐えているのは、ひとえにジョゼフィーネから、そっぽを向かれたくないからだった。
自分の「嫁」に怖がられ、嫌われるなど、ディーナリアスには考えられない。
ちゃんと彼女の気持ちが伴うまで待つつもりでいる。
だから、夜のいとなみについて、他人にあれこれ言われたくなかった。
そんな噂が、万が一、ジョゼフィーネの耳に入れば、きっと彼女は傷つく。
ジョゼフィーネは、ひどく脆くて、繊細な性格をしているのだ。
「挨拶をすませ、ダンスを1曲。それだけだ、ジョゼ。俺も、ダンスは、不得手であるし、何曲も踊ることはなかろう」
終わったら、さっさと引き上げてしまおう。
言外に、そう含ませて、ジョゼフィーネの頭を撫でる。
ジョゼフィーネは、ディーナリアスを見上げ、こくりとうなずいた。
だいぶ不安そうに、瞳を揺らめかせていたが、しっかりとうなずく姿に、口元を緩ませる。
「案ずるな。会話は、俺に任せておればよい。むろん、話したき時には、話してもかまわぬのだぞ? 黙っておれ、ということではないのでな」
そう言ってみたものの、ジョゼフィーネは、興味津々でくり出してきた貴族たちと、話したいなどとは思わないだろう。
ディーナリアスだって、お追従好きの貴族との会話なんて好きではない。
最後に、夜会に出席したのも、かなり前のことだ。
公務は、兄に任せきりだったし。
王宮内の大ホールには、大勢の貴族が集まっている。
皆、呆れるほどに着飾っていた。
男女を問わず、これでもかというくらい、宝飾品を身につけている。
浪費の極みだと、ディーナリアスは、眉をひそめた。
が、隣にいるジョゼフィーネを見て、気持ちがやわらぐ。
(俺の嫁は、控え目であっても、愛らしい)
ギラギラと、飾り立てる必要はないのだ。
化粧ですら、ほんのりとしたもので、十分。
ホールにいる、誰よりもディーナリアスの心を掴んで離さない。
「このたびは、おめでとうございます、殿下」
「まことに喜ばしい限りにございますわ」
格付けが上とされる公爵家の者たちから、2人に挨拶に来る。
彼らは、一様に、ディーナリアスにのみ声をかけていた。
ジョゼフィーネを無視しているも同然だ。
口では祝辞を述べながら、本音では、歓迎していないのだろう。
2つの国に溝があるのは承知していても、不快だった。
国同士の諍いなど、ジョゼフィーネには関係ない。
彼女が、望んで嫁いできたのではないと、ディーナリアスは、わかっている。
そう思うと、心が痛むのだけれども。
「ジョゼフィーネは正妃となる者だ。俺は、嫁の言いなりなのでな。お前たちも、ジョゼフィーネに、お追従を言っておいたほうがよいぞ」
ディーナリアスに、ぴしりと言われ、彼らは焦ったらしい。
慌てて、ジョゼフィーネに挨拶をする。
事前にサビナが、軽く会釈を返しておけばいいと、助言をしていたのを、ディーナリアスは聞いていた。
彼女は、その助言に従っているらしく、軽い会釈で返す。
ジョゼフィーネの反応が薄いことに、彼らは肩を落として、下がって行った。
自分たちが「失敗」したと気づいたからに違いない。
それを見ていた者たちは、こぞってジョゼフィーネにも挨拶をしてくる。
会話は、ディーナリアスが引き取り、受け流した。
公爵、侯爵、伯爵に子爵と、入れ代わり立ち代わり。
息をつく間もない。
王都にいる貴族が集まっているので、かなりの数なのだ。
「お美しい妃殿下に、1曲お願いできますでしょうか?」
少し前に挨拶にきた公爵家の子息が、2人に声をかけてくる。
ジョゼフィーネが、ディーナリアスを見上げてきた。
大丈夫だと示すために、ジョゼフィーネの手を軽く、ぽんぽんとする。
「こういう場合、行っておいでと勧めるのだろうが、生憎、俺は、非常に心が狭いのでな。自分の嫁を、人にあずける気はない」
ジョゼフィーネがダンスをしたくないと思っているから、ではない。
本当に、人の手に委ねたくなかっただけだ。
自分以外の男に、ほんのちょっぴりも、さわらせたくなかった。
本気で、イラっとしている。
それが伝わったのだろう、子息が、そそくさと2人から離れた。
以降、ジョゼフィーネをダンスに誘う者はいなくなる。
清々した。
「殿下、このたびは、誠におめでとうございます。こちらが、リフルワンス国からいらした、姫様にございますね。本当に、お可愛らしいかたですこと」
声をかけてきたのは、以前、つきあいのあった女性だ。
何人目だったかは、覚えていない。
王宮で挨拶をされ、誘われていることに気づいた。
そのまま関係を結び、2,3度、ベッドをともにしている。
「殿下は手慣れておられますから、夜も安心でございましょう?」
意味が通じていたのかはともかく。
ジョゼフィーネは、軽く、こくりと、うなずいた。
言葉をかけた女性のほうが、驚いている。
まさか、肯定されるとは思わなかったのだろう。
「朝、嫁の寝顔を見られるというのは、なかなか良いものだ」
ジョゼフィーネの頭を、なでなで。
彼女は、少し頬を赤くした。
それが「寝顔を見られている」ことに対してだと、ディーナリアスは、わかっているが、ほかの者は別の意味で捉えたに違いない。
「ま、まぁ、仲睦まじくていらっしゃいますわね」
などと、自分から言い出しておきながら、その場を取り繕っている。
ジョゼフィーネに、ひと泡吹かせてやろうぐらいに思っていたのだろう。
アテが外れて、勝手に面目を失っていた。
なにしろ、ジョゼフィーネには自覚がないのだから。
「俺の嫁は、愛らしかろう?」
言って、ディーナリアスは、ジョゼフィーネの頬に口づけをする。
それだって人に見せつけるためではなく、本当に彼女が愛らしかったからだ。




