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日常茶飯事 4

 リロイは、ディーナリアスとともに、議場に来ていた。

 重臣たちがすでに席についている。

 が、段取りだけして、リスは不在。

 ディーナリアスが来るとなれば自分がいるまでもない、と思ったに違いない。

 

(リロイ、ちょっといいかしら?)

 

 席に着く直前、サビナから連絡が入った。

 サビナは元王宮魔術師で、非常に腕も立つ。

 王宮魔術師と言えど、即言葉(そくことば)が使える者は稀なのだ。

 

(どうしました?)

(彼と話がしたいの)

 

 リロイは、サビナのこういうところが気に入っていた。

 即言葉が使えるのだから、サビナは、ディーナリアスと直接に連絡を取れる。

 が、リロイを尊重して、あえて、連絡を取ってきたのだ。

 回りくどいことではあるが、端折(はしょ)られるより、ずっといい。

 

(わかりました。それでは……)

 

 集言葉(つどいことば)を使い、会話にディーナリアスを引き込む。

 2人の会話は、リロイにも聞こえるが、口は挟まない。

 もとより、自分に聞かれて困る話ではないはずだけれど、それはともかく。

 

(どうした? ジョゼに、なにかあったのではなかろうな?)

(あなたが心配するようなことは、なにもないわ)

 

 この会話が3人にしか聞こえないからか、サビナの口調は、少し砕けている。

 そのことを、リロイは気にしない。

 自分の主が、むしろ、儀礼的なことを嫌っていると知っているからだ。

 

(妃殿下が、ダンスを練習なさるだけよ)

(では、すぐに俺も戻り……)

(ふざけないでちょうだい、ディーン)

 

 ディーナリアスは、すでに議場の席に着いている。

 すぐに戻るということになれば、重臣たちが騒ぐだろう。

 ディーナリアスが気にするとは思えないが、周りが混乱するのは間違いない。

 

(ジョゼは俺の嫁だぞ、サビナ。嫁の練習に、つきあうのはあたり前ではないか)

 

 ジョゼフィーネが頑張ろうとしているのに。

 というディーナリアスの心の声が聞こえる気がした。

 さりとて、サビナは辛辣だ。

 

(あなたでは練習にならないわ。代わりにリスを呼ぶことにしているの)

(なぜ、リスに頼む必要があるっ? ジョゼは俺の嫁だと言っ…)

(妃殿下の気持ちを察してみたら、どうなの? あなたの前では、気楽に、失敗もできないじゃない。それでは、練習にならない、と言っているのよ?)

 

 ディーナリアスが、しばし黙り込む。

 確かに、サビナの言うことは正しい。

 ジョゼフィーネは、リロイの知る限り、とても臆病なところがある。

 ディーナリアスが相手では、失敗するところを見せたくないと思うあまり、緊張してしまうだろう。

 

 リス程度が、ちょうどいい。

 

 サビナが思う理由も、理解できた。

 リスは、こと女性に関して、ものすごく「軽い」のだ。

 字引きにある「チャラ男」というのは、リスのような男を指すに違いない。

 そう思えるくらいには、リスの言動は軽薄だった。

 

(しかし……俺がおらぬことで、ジョゼは、不安がるのではないか?)

 

 めずらしくディーナリアスが食い下がっている。

 ダンスの練習相手をリスが務めるのが、相当に気に食わないのだろう。

 が、やはり、サビナには通用しない。

 逆に、ピシャリとやられた。

 

(あなた、ウザがられるわよ?)

 

 その、ひと言で、自分の主が「きゃん」と言わされたのを感じる。

 まるで、うっかり蹴飛ばされた犬のようだ。

 少しは手加減してほしい、と思うのだけれども。

 

(……わかった。ならば、いたしかたあるまい)

(あなたは、あなたの公務に励んでちょうだい、ディーン。話は終わりよ)

 

 サビナの言葉に、リロイは、魔術を切った。

 サビナが会話を続けるとは思えない。

 繋いでいても、魔力の消費が無駄になる。

 

「リロイ」

「はい、我が君」

「お前は戻れ」

「かしこまりました」

 

 リロイは、ディーナリアスの役に立つことをするためにいるのだ。

 ディーナリアスは、ジョゼフィーネの様子を、知りたがっている。

 練習中、逐次、報告を入れたほうがいいかもしれない。

 打ち合わせのほうは上の空になるだろうが、大きな影響は出ないはずだ。

 

 ディーナリアスが、大事な部分を押さえることは、わかっている。

 リロイの主は、何事にも無関心ではあれど、非常に有能なのだから。

 

「それでは、打ち合わせが終わりましたら、お迎えにあがります」

 

 言って、すぐに転移した。

 自分1人であれば、点門(てんもん)を開く必要はない。

 他者連れでの転移は、相手に魔力影響を与える。

 魔力耐性が弱いと、気を失うことも少なくなかった。

 そのため、ディーナリアスと一緒の際には、魔力影響の出ない点門を使っているだけなのだ。

 

「やっぱりワルツだろうな」

「本当は、ブルースのほうがいいのでしょうけれど、王宮では、認知されていないものね」

 

 ディーナリアスの私室の隣にある、客室だ。

 ソファなどは、すべて部屋の端に避けられており、広い空間が作られている。

 

「あれ? リロイ、お前、戻ってきたのか?」

 

 リスの言葉に、サビナも振り向いた。

 細められている目が、ちょっぴり怖い。

 が、主のために働くのが、リロイの務めなのだ。

 サビナは、すぐにリロイから視線を外し、ジョゼフィーネに向き合う。

 

「妃殿下? いかがなさいました?」

 

 ジョゼフィーネが、リスを、じっと見ていた。

 紹介はすんでいるようだが、なにやらもの言いたげな視線を向けている。

 

「……私を、迎えに来てくれたかた……?」

「そうそう、オレ! オレが、妃殿下を迎えに行ったんだよなー」

 

 いよいよ、ジョゼフィーネが、じいっとリスを見つめる。

 見られているリスのほうが先に、その視線の意味に、気づいたらしい。

 

「ああ! あン時は、お行儀良くしてたから、別人みたいってカンジ?」

 

 こくりと、ジョゼフィーネがうなずいた。

 それで、リロイも納得する。

 リスは、外面がいいので、こういう姿は別人に見えるのだろう。

 

「ご、ごめん、なさい」

「へ? なにが? 妃殿下が、詫びるようなことなんてねーと思うけど?」

「……う、胡散臭い人だと……思って、ました……」

 

 ぷっと、リロイらしくもなく吹き出していた。

 サビナも、吹き出している。

 言ったジョゼフィーネ本人だけが、申し訳なさげにしていた。

 その姿が、なおさらに笑いを誘う。

 

「リス、あなたの外面もたいしたことはないわね。バレているじゃないの」

「え、え~……いつもは、そんなことねーんだけどなぁ……」

 

 リスが「面目ない」とばかりに、頭を掻いていた。

 リロイは、ジョゼフィーネは「人」に対して敏感なのかもしれない、と思う。


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