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おやすみまで 4

 庭園から戻ったあとに昼食をとって、その後は、揃えられた調度品を、ひと通り見せたのち、夕食。

 今は、ジョゼフィーネを膝に抱き、カウチで食後のお茶をしている。

 サビナが、なにやら呆れ顔をしていたが「スルー」した。

 

 自分の嫁を抱っこすることに、躊躇などない。

 それに、ジョゼフィーネは軽くて、膝に抱いていても、苦にならないのだ。

 むしろ、距離の近さが親密さに繋がる気がして、いつも抱いていたくなる。

 お茶をしつつも、無自覚にジョゼフィーネの頭を撫でていた。

 とにかく、ふれているのが心地いいと感じる。

 

(あれ以来、ジョゼは笑わぬな)

 

 もう1度、見たかった。

 さりとて、無理に笑わせることはできない。

 ディーナリアス自身、あの時、何も面白いことを言ったつもりはないのだ。

 どうすればジョゼフィーネが笑うのか、わからずにいる。

 

(調度品も、服も、あまり興味がなさそうであった)

 

 サビナが説明している間、ジョゼフィーネの表情は暗いまま。

 時々、蒼褪めたりもしていた。

 彼女が、普通の令嬢が喜ぶことでは喜ばない、ということだけは、わかった。

 単に、物を買い与えればいいとは、ディーナリアスも思っていない。

 とはいえ、手慣れた女性ばかり相手にしてきたため、会話に、熱心になったこともないのだ。

 することをするだけ、といった調子で。

 

(もっとジョゼのことを知る必要がある)

 

 というよりも、知りたかった。

 およそ他者に対して興味の薄いディーナリアスにしては、非常にめずらしいことでもある。

 今は、どんな些細なことでも、ジョゼフィーネのことであれば、なんでも知っておきたかった。

 報告書に書いていないようなことは、とくに。

 

「サビナ、ジョゼに着替えを」

「かしこまりました」

 

 膝に抱いたままでも、魔術であれば着替えは可能。

 あっという間に、ジョゼフィーネは寝間着姿になる。

 昨日もサビナに頼んだのだが、ジョゼフィーネの寝間着は、とても大人しい類のものだった。

 体が透け、肩からスルリと落ちる、夜のいとなみ専用のものとは違う。

 体の曲線に沿うこともない、ゆったりとしたシルクのワンピース式の寝間着。

 

 ディーナリアスは、いかにも誘惑用といった寝間着を好まない。

 あまりにも、意図が明け透けで、寝間着の意図とは逆に、興醒めしてしまう。

 が、そんなことは、サビナは知らないはずだ。

 ただ、ジョゼフィーネに忠実であろうとした結果だろう。

 

「それでは、私は、これで失礼いたします、妃殿下」

 

 ジョゼフィーネに頭を下げ、サビナが姿を消した。

 ディーナリアスに挨拶はなかったが、それでいいと思う。

 今でさえジョゼフィーネは、あまり自分について語らない。

 この先、自分と親しくなったとしても、話せないことは出てくるだろう。

 そんな時の話し相手は、ディーナリアスの味方であってはならないのだ。

 

 彼女は、たった1人で、この国に嫁いできている。

 普通ならいるはずの、実家の付き添いもなかった。

 公爵令嬢ならば、嫁ぎ先に自分付きのメイドくらいは連れてくる。

 つまり、実家にジョゼフィーネの味方はいなかった、ということ。

 少なくとも、忠誠心があれば、隠れてでもついてきたはずだ。

 

(サビナを信頼できるようになれば、少しは気も楽になろう)

 

 ゆえに、サビナは、ディーナリアスではなく、ジョゼフィーネの味方でなければならない。

 女性同士の内緒話だってあるだろうし。

 

「ジョゼ、俺とお前は、もっと深く知り合う必要がある」

 

 とたん、ジョゼフィーネが蒼褪め、体を縮こまらせた。

 さすがに、これが「怯え」と「警戒」からくるものだと気づく。

 

「いや、そういう意味ではないぞ? 怪しげな意味ではないからな? 良いな?」

 

 どうにも、自分は「どすけべ」だと思われている気がした。

 ジョゼフィーネの、いちいちの仕草に、すぐにベッドへ連れ込みたくなっているのは否定できないけれど。

 

「互いに知らぬことがたくさんある、という話だ。それを知ってゆくことが、肝要だと、俺は考えておる」

 

 ジョゼフィーネが、困ったように、眉を下げる。

 ロズウェルドの言葉に、慣れていないせいかもしれない。

 聞き取るのには問題ないようだが、話すとなると難しいのだろう。

 たどたどしく話すたび、気後れしている様子も見られた。

 

「言葉については気にするな。まったく使えぬのではないのだし、そのうち慣れる。気にせず、分かる単語だけを、口にすればよい」

「あ、あの……」

「いかがした?」

 

 ジョゼフィーネの髪はサラサラで手触りも良く、ついつい撫でてしまう。

 困った顔で、上目遣いに、自分を見てくる彼女に口づけたくなるのを、なんとか我慢した。

 ジョゼフィーネが何か話そうとしているのだ。

 口を塞いではいけない。

 

「わ、私には……な、何も……ありません……面白いこと、とか……」

「俺とて面白いことなど、何もないぞ? なにしろ趣味が文献漁りだからな」

 

 ぱちぱちっと、ジョゼフィーネが、(まばた)きをする。

 それから、なぜかディーナリアスの左胸のあたりを掴んできた。

 彼女は、よくこの仕草を見せる。

 最初は、誘われているのかと誤解したが、もうそういう勘違いはしない。

 おそらく、一生懸命になると出るのだろう。

 

「ほ、本は……私も……」

「好きか?」

 

 こくりと、ジョゼフィーネがうなずいた。

 この調子で、少しずつ時間をかけて知り合っていこうと思う。

 

 ユージーン・ガルベリーの書。

 第3章、第2節。

 『婚姻前に、互いを、よく知るべく努めよ』

 

 ここには、正妃選びの儀のことや、その心得について述べられていた。

 よく知らない相手との婚姻を余儀なくされた場合のことについても、だ。

 

 曾祖父の言葉は、正しい。

 

 ディーナリアスは、ジョゼフィーネを見ながら、そう感じる。

 当然のことながら、ジョゼフィーネにとって、ディーナリアスは、見知らぬ赤の他人なのだ。

 婚姻の儀までは、約半年。

 その間に、よそよそしい関係から抜け出さなくては、婚姻後も、彼女に、ずっと緊張状態を強いることになる。

 

「では、明日は、王宮図書館に行くとしよう。お前の気に入る本が、見つかるやもしれぬしな」

 

 ジョゼフィーネの瞳が、わずかにきらめいた。

 ディーナリアスは、未だかつてないくらいに精神力を総動員。

 彼女に深く口づけたくなるのを、必死で(こら)える。

 

(俺が好色なのではない、おそらく……俺の嫁が、愛くるし過ぎるのだ……)


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