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おはようから 4

 ディーナリアスは、自分の「嫁」が大層に怖がっていることに、気づいた。

 リロイのことを怖がっていない様子だったので、サビナを呼んだ。

 が、次々に、魔術師を呼んだのは、失敗だったかもしれない。

 さりとて、信頼のおけない者を、ジョゼフィーネの侍女にはしたくなかった。

 

 その点、サビナは、ディーナリアスの幼馴染みであり、信頼できる。

 彼女とは、ディーナリアスが十歳の頃から20年のつきあいだ。

 まさに、これから行こうとしている庭園で知り合った。

 現在、近衛騎士隊長をしている、オーウェン・シャートレーと、言い合いをしているところに遭遇した。

 

 サビナは8歳、オーウェンはディーナリアスと同じ10歳。

 ディーナリアスが王族だと知らない2人は、通りかかったディーナリアスを自分たちと同じ、貴族の子だと思ったらしい。

 喧嘩の理由を、口々にまくしたててきたのだ。

 その仲裁をしてから、ディーナリアスは2人と、よく遊ぶようになった。

 

 彼と彼女は、会えばいつも喧嘩ばかり。

 にもかかわらず、サビナが18歳の時、2人は婚姻、今は2人の子持ち。

 式に列席しつつ、人というのはわからないものだと、思ったのを覚えている。

 

「ジョゼ、サビナは、俺の幼馴染みでな。頼りになる女だ。怖がることはない」

 

 ぎゅっと、自分の腕に、ジョゼフィーネは、しがみついていた。

 怖がっているのはわかっているが、その仕草を、可愛いと感じてしまう。

 頼りにされている様子なのも、気分がいい。

 ディーナリアスは、ジョゼフィーネの頭を、撫でる。

 

「サビナ、ジョゼに着替えを」

「かしこまりました」

 

 少し仰々しい態度のサビナに、眉を、ひょこんと上げた。

 つい1日前まで、ディーナリアスは、王太子ではなかったのだ。

 王族ではあるが、一般貴族と変わらない態度で、サビナは接していた。

 

(即位の弊害が、このようなところにも出ておる……面倒なことだ……)

 

 ディーナリアスが「面倒」と感じるのは、こういう上下関係や、儀礼的なことにまつわる部分が多い。

 ディーナリアス自身、さして王族だと意識もせず、自由に振る舞っている。

 周囲も、おおむねディーナリアスを大仰には扱わなかった。

 リロイくらいだ。

 彼を「我が君」などと呼ぶのは。

 

「殿下……」

「いかがした?」

 

 いつまでも着替えに取り掛からないサビナに、首をかしげる。

 サビナは、元王宮魔術師であり、しかも国王付きをしていた。

 婚姻するにあたり王宮を辞したが、今回、侍女として復帰させたのだ。

 昨日、ジョゼフィーネが昏倒したあと、リロイからサビナに連絡させ、リスに、侍女として迎える手配をさせていた。

 

「妃殿下は、これから、お召し替えをされます」

「わかっておる」

「リロイ、あなたもですよ」

「こ、これは、た、大変、失礼いたしました!」

 

 パッと、リロイが、なぜか姿を消す。

 ディーナリアスには、サビナの言っていることの意味がわからない。

 

「ジョゼは俺の嫁だぞ。よもや俺にも、出て行け、と言うのではなかろうな?」

 

 ディーナリアスは、ジョゼフィーネがしがみついていないほうの腕で彼女の体を抱き寄せた。

 ただでさえ、ジョゼフィーネは魔術師を恐れている。

 1人になどできるはずがない。

 と、思ったのだけれど。

 

「殿下……魔術師がいるのは、この国だけなのですよ?」

「わかってお…………」

 

 ようやくサビナの言わんとすることに、気づいて、ハッとした。

 サビナの呆れ顔からして、誤解されているのは間違いない。

 

「ち、違うぞ、ジョゼ! お前の裸を見ようとして、ここに、居座っておるのではないのだ!」

 

 他国に魔術師はいない。

 魔術での着替えなど、ジョゼフィーネは知る由もないのだ。

 一般的な着替えとなると、服を脱ぎ、それから、着る。

 当然に、肌を露出することになる。

 が、サビナに指摘されるまで、気づかなかった。

 王宮では、ずいぶん前から、魔術での着替えが日常化しているので。

 

「ご、誤解してはならん! 俺は、そのような、どすけべ、ではない!」

 

 ジョゼフィーネに好色家だと思われているかもしれない。

 焦って、声を大にして否定する。

 じぃっと、ジョゼフィーネが、ディーナリアスを見つめてきた。

 

 それから。

 

 ぷっと、吹き出す。

 その笑顔は、ディーナリアスの心臓を鷲掴み。

 鼓動が、とくとくと速くなっていた。

 

(なんと愛らしい顔で笑うのだ、俺の嫁は……)

 

 思わず、見惚(みと)れてしまう。

 正直、すぐさまベッドに連れ込みたくなった。

 とはいえ、そんな真似をすれば、確実に「どすけべ」だと思われる。

 だから、我慢した。

 

 そのジョゼフィーネだが、すぐに笑みを消してしまう。

 あっという間だ。

 そして、今度は、むしろ表情を曇らせた。

 彼女が心の(うち)で「どうせ私の裸なんて」と、後ろ向きなことを考えているとは、ついぞ思わない。

 ディーナリアスにとっては「可愛らしい嫁」にしか見えなかったからだ。

 

「妃殿下、ご安心くださいませ。こちらでの着替えは、魔術によるものにございます。肌が見えることはございません」

「そういうことだ」

 

 実際にやってみたほうが早いと思ったのか、サビナが魔術を発動する。

 一瞬で、ジョゼフィーネが、寝間着からドレス姿に変わった。

 同時に、縦長の全身鏡も現れ、ジョゼフィーネを映している。

 さすがはサビナ、抜かりはない。

 

「あ…………」

 

 ジョゼフィーネの髪より少し濃いめの緑のドレス。

 細い肩紐に、胸元は斜め掛けした生地で包まれ、裾はたっぷり足首まで。

 横髪は後ろに向かって編み込まれているため、顔が、はっきりと見える。

 

「いかがでございましょう?」

 

 ジョゼフィーネが、不安げに、ディーナリアスを見上げてきた。

 頭を撫でつつ、思わず知らず、彼は、にっこりしている。

 

「よく似あっておる。俺の嫁は、とても愛らしいな」

 

 サビナがいたが、本当に、ついうっかり。

 ディーナリアスは、体をかがめ、ジョゼフィーネに口づけた。

 多少の物足りなさを感じながらも、すぐに唇を離す。

 散歩前に、ジョゼフィーネを昏倒させてはいけないので。

 

(しかし……どういうことだ……これほど気が急くとは……)

 

 己の中にある欲を否定せず、これまでも女性との関係は持ってきた。

 が、ディーナリアスが、これほど性急になったのは初めてのことだった。


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