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おはようから 3

 ジョゼフィーネの頭の中には、ハテナが踊っている。

 前世の記憶があったから良かったものの、あれは、知らなければ「きょとん」間違いなし。

 

 あんな文化は、リフルワンスにはない。

 

 もしかすると、ほかの国には、あの文化も普及しているのだろうか。

 リフルワンスとロズウェルドの間に正式な国交がないことくらいは、さすがに、引きこもりのジョゼフィーネとて知っている。

 だから、ほかの国ではどうあれ、リフルワンス内では、ロズウェルドの文化が、取り沙汰されないのは、当然のことなのだ。

 それにしても。

 

(この人の、ひいおじいさんと、仲が良かった女の人って……そういうこと、してたの……? あーん……)

 

 その女性が聞けば「風評被害だ」と憤慨しただろうが、それはともかく。

 結局、朝食は、お互いに食べさせ合うことになってしまった。

 彼曰く「そのほうが好みを把握し易い」とのこと。

 

(私が……話さないから、業を煮やした……? 面倒だと……思ってる……)

 

 と、ジョゼフィーネのハイパーネガティブ思考は通常運転。

 最初は「かもしれない」と思うことも、次には断定となるのだ。

 

 自分は、できそこないの、いらない子。

 誰にも相手にされない、嫌われ者。

 

 その思いが、ジョゼフィーネを後ろ向きにさせている。

 そのせいで、一瞬、良い事のように思えても、すぐに引き返してしまう。

 彼女は、もうずっと、前に進めずにいる。

 諦めていた。

 

「腹も満ちたしな。庭でも、散歩するか? 昨日の疲れが抜けておらぬなら、このままベッドにおってもよいぞ」

 

 王太子の言葉に、ぎくっとする。

 自分の立場は、わかっているつもりだ。

 帰るところもないし、逃げることもできない。

 いずれ「そういう行為」を求められることになる。

 

 王族にとって、子供を作るのが重要というのは、どこの国でも同じはず。

 リフルワンスでは、子供のできない妻は、虐げられていた。

 愛妾の子ほどとは言わないが、差別は受ける。

 それを苦にして命を断った人もいる、と聞いていた。

 同じく虐げられていても、ジョゼフィーネが死なずにいるのは、自死が怖かったからに過ぎない。

 

「……さ、散歩を……」

 

 ベッドにいれば、そういうことになるのではないか。

 その恐怖から「散歩」を選ぶ。

 いずれにせよ、その時が来るとわかっていても、先延ばしにしたかったのだ。

 キスすらまともにできない自分に、王太子が満足するとも思えないし。

 

(でも……私は、そのために……売られたんだから……)

 

 彼女にとっては、身売りも同然。

 4つ年上、2つ年上の、母親違いの姉2人は、父に愛されている。

 当然、彼女らの母親にも、だ。

 愛する娘を恐ろしい国に嫁がせたくなくて、父は自分を差し出した。

 

 父に「お前の行動ひとつでリフルワンスに血の雨が降る」と言われている。

 だから「その時」が来たら、絶対に拒絶できない。

 自分1人が殺されるのならいいが、自分のせいで、大勢の人が死んだりしたら、後味が悪過ぎるではないか。

 

「出る前に、着替えをせねばならんな」

 

 ベッドから出て立ち上がり、今さらのように気づく。

 ジョゼフィーネは、寝間着姿だった。

 昨日、気を失う前に着ていたドレスとは違う。

 気を失っている間に、着替えさせられたのだろうけれど。

 

(この人が、き、着替えさせた……? 裸、見られたり、とか……)

 

 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 昨日から、ジョゼフィーネが見たのは、王太子と魔術師の2人だけ。

 正妃選びの儀に並んでいた女性たちとは、あれきりだった。

 王宮にメイドがいるのか、ジョゼフィーネは知らない。

 

 ここは王太子の私室なのだ。

 あのリロイという魔術師でさえ、必要がなければ姿は現さない。

 わざわざ自分のために、メイドを呼んだとも思えずにいる。

 

(だって……どうせ……いつか、見られるわけだし……どうせ、貧相だし……)

 

 ハイパーネガティブ炸裂。

 例の「どうせ」の嵐が、ジョゼフィーネの心に渦巻いた。

 さりとて、ジョゼフィーネも年頃の女性なのだ。

 恥ずかしいし、情けないし。

 

 死にたい。

 

 そんな考えが、頭をよぎる。

 自死が怖くなければ、とっくに死んでいた。

 というくらいには、しばしば、よぎる考えだ。

 

「リロイ」

「はい、こちらに」

「サビナを呼べ」

「かしこまりました」

 

 言葉と同時、リロイの隣に、女性が現れる。

 ジョゼフィーネは、体を後ろに引いた。

 突然、現れる魔術師には、まだまだ慣れない。

 どうしても、ぎょっとなってしまう。

 王太子を信用できるとは思っていないはずなのに、腕にしがみついていた。

 その頭が撫でられる。

 

「そこの者は、サビーナサリーナと言ってな、お前の侍女だ」

 

 まさか、との思いに、体が震えた。

 自分に「魔術師の」侍女がつくなんて、恐ろしいにもほどがある。

 ショックのあまり気を失いそうだ。

 

 侍女と紹介された女性は、ローブではなく、屋敷で見たことのあるものと似た、メイド服を着ている。

 薄い金色の髪に茶色の瞳、細身だが、ふくよかな体つきをしていた。

 歳は、ジョゼフィーネよりも、ずっと年上のようだ。

 一見、魔術師には見えないが、普通の人間なら、扉から入って来る。

 ひょいと現れたりはしない。

 

「案ずるな。信頼のおける者でなければ、お前の(そば)にはおかぬ」

 

 言葉も、右から左。

 ジョゼフィーネの頭は、ぐるぐるしている。

 

(ま、魔術師……見張り……監視……逃げないように……)

 

 そんなことしか、浮かんでこない。

 もとより、半ば幽閉されている気分ではあった。

 が、今まさに、ガシャーンと、檻に閉じ込められた自分を想像する。

 

 軟禁ではなく、もはや監禁。

 

 倒れそうになるのを、王太子にしがみつくことで、()えていた。

 そして、ぷるぷる。

 

 ロズウェルドが「魔術師の国」であることを実感し、恐怖が蘇る。


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