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おはようから 2

 貴族とは、概して浪費家だ。

 見栄っ張りと言ってもいい。

 ほかの家よりも優位に立とうと、躍起になる。

 そこが王族とは違うところかもしれない。

 

 王族の上に、上はいないのだ。

 

 だから、貴族たちのように、自らに順位付けをすることもない。

 誰かと比べて、上だの下だのと騒ぎ立てることもしない。

 それは、上を見る必要がないからだった。

 

 ディーナリアスは、自分が国の頂点であるとは意識せずにいる。

 そのため浪費癖のある貴族たちに、眉をひそめることも多かった。

 彼は「無駄遣い」が嫌いなのだ。

 貴族の財だって、民からの税で賄われている。

 必要なことに大金をはたくのならともかく、自己顕示欲のために浪費する姿は、見ていて気分が悪い。

 

(公爵令嬢であるのに、ジョゼは浪費癖がついておらん)

 

 それは、ディーナリアスにとって、好ましく感じられた。

 昨日も、そうだ。

 好きなものを買ってやる、と言ったのに、ジョゼフィーネは、服1枚でいい、と答えている。

 

「リロイ」

「お呼びでしょうか、我が君」

 

 リロイが、すぐに姿を現した。

 隣で、ジョゼフィーネが、びくっとしている。

 ロズウェルド王国以外に、魔術師という存在はいない。

 いきなり現れたり、消えたりすることに、慣れていないのだろう。

 

「リロイが恐ろしいか?」

 

 各国で、ロズウェルド王国が、どのように噂されているかは、知っている。

 とくに、リフルワンスでは、いい噂はされていない。

 百年以上前に起きた戦争が、未だに2つの国の間の溝になっていた。

 

 実のところ、リフルワンスは、元々はロズウェルドに並ぶ大国だったのだ。

 戦争に敗北し、その後の内乱により、多くの小国に分裂。

 結果、王制の残る現在のリフルワンスだけが、その名を残すことになった。

 そのことで、リフルワンス内には、ロズウェルドを忌避(きひ)する者も多くいる。

 ロズウェルドが、あんな「酷い真似」をしなければ、と思っているらしい。

 

(平気で人を殺す魔術師のいる国だと、幼い頃から聞かされておるであろうしな。リロイを恐れてもしかたのないことだ)

 

 ローブ姿のリロイは、いかにもな魔術師に見える。

 ジョゼフィーネにとっては、恐ろしく感じられるに違いない。

 もっとも、実際のリロイは、少しも恐ろしい風体ではなかった。

 

 焦げ茶色の髪と瞳には、落ち着いていて理性的な色が漂っている。

 ディーナリアスより頭半分ほど背が低く、どちらかと言えば、華奢な体つき。

 リロイは、大剣は使わず、小型のナイフを使うのだ。

 やはり魔術を封じられた時のためだそうだが、どこに、それほど隠し持っているのか、というくらい、身に潜ませている。

 

「あ、あの人は……そんなに……」

 

 無意識なのか、ジョゼフィーネは、ディーナリアスにしがみついていた。

 それでも、リロイを、あまり恐ろしいとは思っていないらしい。

 少し、ものめずらしげに、リロイを見ている。

 怖いもの見たさ、というものかもしれないけれど。

 

「良かったではないか、リロイ」

「はい。妃殿下が恐ろしいとお思いでしたら、姿を隠すつもりでおりました」

 

 言葉に、うなずいた。

 ディーナリアスも、ジョゼフィーネが、あまり怖がるようなら、リロイに、そう命じるつもりだったのだ。

 

「お食事の準備は、整っております、我が君、妃殿下」

 

 いつもの朝食より、少し遅い時間になっている。

 が、本来、貴族は、朝食を取らない者も少なくなかった。

 ディーナリアスが「書」に基づき、1日3食を心がけているだけなのだ。

 

「食べられそうか?」

 

 聞くと、ジョゼフィーネが、こくりとうなずく。

 頭を撫でると、ハッとしたような顔をした。

 おそらく、ディーナリアスにしがみついていることに気づいたのだろう。

 なんだか小さな動物のような反応が、可愛らしいと感じる。

 

 まだベッドの上にいることにも、気後れしているのかもしれない。

 その2人の目の前に、大きな銀のトレイが現れた。

 朝食の皿が、ずらりと並んでいる。

 それが、ちょうどいい高さに浮かんでいるのだ。

 

「ごゆっくり、お召し上がりくださいませ」

 

 言って、リロイが姿を消した。

 あれこれ指図せずにすむのは、楽でいい。

 ディーナリアスは、リロイの働きに満足している。

 

 突然に現れたトレイにだろう、ジョゼフィーネが目を丸くしていた。

 それを横目で見つつ、フォークを取る。

 朝なのでベーコン入りのスープにパン、漬けこみ用ソースのかかった魚と野菜、野菜の煮込みという具合に、野菜を主とした軽めなものだ。

 フルーツと小ぶりなケーキが、つけあわされている。

 トレイの端では、紅茶が湯気を上げていた。

 

「魚は、どうか?」

 

 小さく取り分けた、ソースのかかったタラをフォークに乗せ、ジョゼフィーネに見せてみる。

 嫌いではなかったようで、こくりとうなずいた。

 ディーナリアスは、そのフォークをジョゼフィーネの口元に持っていく。

 

「あーん、だ」

 

 ジョゼフィーネが、ディーナリアスのほうを見て、目をしばたたかせた。

 意味が通じなかったか、と思いかけた時だ。

 彼女は、視線をフォークに戻し、口を開く。

 

 そして、ぱく。

 

 なんとも言えない暖かみが、胸に広がった。

 ジョゼフィーネに、少しは信頼されている気がする。

 と、同時に、ジョゼフィーネの無防備さを、改めて感じた。

 

(俺を恐れておるのに、怪しげなものを食わされるとは思っておらんのか)

 

 口をもぐもぐさせているジョゼフィーネの頭を、ディーナリアスは撫でる。

 ジョゼフィーネが、ディーナリアスを見て、「嫌いじゃないよ?」というような顔をしたので、内心、苦笑い。

 よく出来ました、という意味で、頭を撫でたのではなかったからだ。

 そして、さらに驚くことが起きる。

 彼女が同じように、タラをフォークに乗せて、たどたどしい様子ながらも、彼に差し出してきた。

 しかも。

 

「……あ……あーん……」

 

 ものすごい小声だが、ちゃんと聞こえた。

 ほんのわずか「ん?」と思ったが、その疑問は無視する。

 ジョゼフィーネの仕草は、とても可愛らしかった。

 

(俺の嫁は、愛らしい……いや、愛らしい者が、俺の嫁になったのか?)

 

 思いつつ、ディーナリアスは彼女の差し出したタラを、ぱくっと口に入れる。


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