おはようから 1
どうにも落ち着かない気分。
ジョゼフィーネは、戸惑いまくっている。
なにせ「愛」なんていう言葉が、王太子の口から飛び出してきたからだ。
愛し愛される関係。
はっきり言って、まったく、まるきり、全然、想像できずにいる。
2度の人生ともに、愛とは無縁。
今度こそと思った今世でも、結局は、与えられなかった。
(私が……愛される、はずないし……愛するっていうのも……)
怖い。
心をあずけたあげく、見捨てられる。
その際の、心に受けるダメージが、ひどく怖かった。
アントワーヌのことで、ジョゼフィーネは、いよいよ臆病になっている。
あんな思いは2度としたくない。
懲り懲りだ。
言葉でなら、なんとでも言える。
言うだけなら、タダ。
世の中には、口だけ大将が大勢いる。
ジョゼフィーネは、臆病で後ろ向き。
さりとて、少し毒舌なところもあった。
常に、引きこもっての1人きり。
誰に聞きとがめられる心配もないのだから、毒を吐くこともある。
(信用、できない……だって、これ、政略結婚だし……愛し愛される、なんて……無理に決まってる……)
王太子の言葉も、ジョゼフィーネには通用しない。
彼は30には見えないほど、見た目に優れている。
漫画に出てくるような王子様チック。
キリッとしていて、頭が良さそうで、逞しくもあった。
(こ、この人なら……もっと美人で、大人な女の人のほうが……似合う……)
政略的な意味がなければ、自分なんて相手にされていないはずだ。
それに、ジョゼフィーネ自身、相手にしてほしいとも思っていない。
誰であろうと、人とは関わりたくないのだから。
「お前は、細っこいな」
隣で寝転がっている王太子が、ジョゼフィーネの手首を掴んでくる。
完全に王太子の手に握りこまれていた。
(ひ、貧相ってことは……わかってる……お姉さまたちみたいな、魅力的な体つきじゃないし……)
姉たちの体は、出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる、とても女性らしい体つきをしている。
男性は、ああいう感じを好むのだろう。
前世の記憶にある小説や漫画、アニメ、ドラマの中には、必ずといっていいほど男性が「大きな胸」に、こだわるシーンが出てくる。
巨乳に貧乳。
自分は、どちらかと言えば、後者だ。
ドレスから、迫り出すような胸の持ち合わせは、ない。
今さら、大きくすることだって、できないし。
「好き嫌いはあるか?」
おそらく食べ物のことを聞かれている。
察しはついたが、どう答えるべきか、悩んだ。
前世での引きこもりでは、好きなものしか食べていない。
叱る者はおらず、たいていはデリバリー。
さすがに、あえて嫌いなものを注文するほどの、自虐趣味はなかった。
今世は今世で、好き嫌いできる立場ではなくなっている。
残せば嫌味の雨が降ってくるのだ。
そして、ジョゼフィーネは、傘を持っていない。
ザンザン降りしきる嫌味の雨がやむまで、待つのみ。
こんな調子なので、好き嫌いはあれど、言っていいのか判断がつきかねている。
正直に言えば、嫌味が降ってくるかもしれない。
ジョゼフィーネは、警戒心を解くことができずにいた。
「俺は、人参が嫌いなのだ」
王太子の言葉に、ジョゼフィーネの耳が反応する。
ジョゼフィーネも、ニンジンが苦手だったからだ。
「あの甘いのだか、苦いのだか、よくわからん味が、好きになれん」
嫌いな理由も、似ている。
知らず、こくこくとうなずいた。
すると、王太子が、目をわずかに細める。
手首から王太子の手が離れ、頭を撫でてきた。
「そうか。嫌いなものが一緒というのは、相性が良いのであろうな」
そういうものなのかどうかは、よくわからない。
ただ、王太子が嫌いなものなら、食べずにすみそうではある。
屋敷では、嫌でも口に押し込んでいたので、気持ちが楽になった。
小さい頃は、本当に嫌で、涙を浮かべながら食べていたものだ。
「俺は、嫌いなものは、なるべく食べぬようにしておる。晩餐会などでは、いたしかたがないが。日頃は、無理はせぬのだ。ジョゼも無理をすることはないのだぞ」
こくこくと、うなずく。
その意見には、大賛成だった。
が、すぐさま、ジョゼフィーネのハイパーネガティブ症が顔を覗かせる。
すっかり定着しているため、おとなしくはしていないのだ。
「で、でも……残したら……」
料理人たちに、何を言われるか、されるか。
それが、怖い。
次に出される食事に、香辛料を山ほど入れられるかもしれないし。
水のように薄いスープを出されるかもしれないし。
実体験だ。
そんなことがあって以来、ジョゼフィーネは文句を言うことをやめ、残すこともやめている。
料理人たちが、あえて彼女の嫌いなものばかり出してきても。
「残したものは、洗って乾かし、粉とする。肥料や、家畜の餌にしておるのでな。もったいないと思うことはない」
とくに、嫌味は言われなかった。
それどころか「質素倹約」を、王太子は説いている。
屋敷では、大量の料理と大量の残飯は、めずらしくなかった。
貴族にとって、質素倹約は美徳ではない、と思ってきたが、この国では違う思想らしい。
「そろそろ朝食とするか。良き時間だ」
時間の感覚はないものの、起きてから、割と時間が経っているのはわかる。
何時かはともかく、朝食の時間なのだろう。
「起きられるか?」
こくりとうなずくも、王太子は、ジョゼフィーネの背中を支えてきた。
気遣い以外のなにものでもないのだが、彼女は、そうは思わない。
(昨日、倒れたし……細っこいって言われたし……貧弱だと思われてるよね……)




