風変わりな次期君主 2
ジョゼフィーネは、目を開いて、固まる。
目の前に、次期国王の姿があったからだ。
王太子は、ジョゼフィーネの隣で、横向きに半身を起こしている。
肘をつき、手で頭を支えていた。
さらに、ここがベッドの上だと、ジョゼフィーネは、気づいている。
ふかふかだった。
「目が覚めたようだな」
目が覚めたばかりなのだが、永眠したくなる。
実のところ、ジョゼフィーネは、自分が「死んだ」と思っていた。
意識が途中で、ふっつりと切れたせいだ。
走馬灯らしきものも見ている。
まだしも良い思い出として残されている記憶。
ジョゼフィーネの中にある、たった1つの良い記憶とも言える。
前世でも、良いことの1つくらいはあったはずだが、覚えているのは、悪いことばかりだった。
「体に大事はないか?」
なでなで、なでなで。
王太子は、相変わらず、ジョゼフィーネの頭を撫でくり回している。
意味はわからなかったが、やめてくれとも言えない。
そして、それほど嫌な感じもしなかった。
「お前は、この国の言葉に、慣れておらぬらしい。話せる時だけ、話せ。ほかは、うなずくか、首を横に振るだけでよい」
誤解されていると、わかってはいた。
が、王太子の提案がありがたかったので、あえて誤解は正さず、うなずく。
人と話すのは苦手なのだ。
話さずにすむのなら、できるだけ黙っていたい。
ジョゼフィーネには前世の記憶がある。
そのせいなのか、周囲の言葉が「理解可能」なのだ。
自動翻訳機日常会話機能搭載、といった感じ。
ゆえに、言語の違いなど、無意味だった。
今なら英会話教室に通わなくても、ペラッペラに話せるだろう。
ジョゼフィーネのハイパーネガティブ症が治れば、だけれども。
「昨日は、驚かせてしまったな」
昨日、と言われて気づく。
気を失ったあと、そのまま眠ってしまったらしい。
が、すぐに、なぜ「気を失ったか」を思い出して、思考が止まった。
王太子とのキス。
なぜ、あんなことになったのか。
まったくもって、わからない。
そもそも前世でも、中学1年から引きこもりをやっている。
キスなんて漫画やテレビの中の出来事でしかない。
前世の記憶が途切れているのは、24歳。
だとしても、部屋から出ない生活をしていたため、彼氏だっていなかった。
(わ、私が……黙ってたから……い、嫌がらせ……??)
ジョゼフィーネは、ブレない。
ブレない後ろ向きさ加減を維持している。
王太子が、ジョゼフィーネを「嫁」として扱っているなどとは、いっさい考えていなかった。
(私に、キ、キスなんて……したくなるわけないし……)
キスだというのは勘違いで、口を塞がれたと考えるのが妥当。
そんなふうにさえ思っている。
「良いか、口づけというのはな、している間、息をするのを、忘れぬようにせねばならんのだ」
王太子の言葉に、眩暈がした。
よけいに混乱してくる。
(か、勘違いじゃ、なかった……き、キスだった……なんで、私なんかに……)
キスなどしたのか。
王太子の思考が、理解できない。
なにしろジョゼフィーネは、とても後ろ向きなので。
ジョゼフィーネは、アントワーヌと婚姻を誓い合っていた。
けれど、それはひそかな口約束であり、実際的な親密さはなかったのだ。
アントワーヌとのスキンシップは、ごく浅いものだけ。
手を繋ぐとか、肩を抱かれるとか。
キスなんてしたこともない。
興味がなくはなかったし、アントワーヌが望めば、拒否しなかっただろう。
さりとて、アントワーヌは望まなかった。
今では、その理由を知っている。
「口と口をくっつけるのだから、ちゃんと鼻を動かす必要がある」
言って、王太子が、ちょんっとジョゼフィーネの鼻をつついた。
なんとも言えない親密さに、ジョゼフィーネは、戸惑う。
アントワーヌにも感じたことのない、距離の近さを感じた。
「では、練習だ」
え?と、ジョゼフィーネは、体を硬くする。
それに気づいたのか、王太子がジョゼフィーネの頭を撫でてきた。
「案ずるな。お前が慣れるまで、舌を入れたりはせぬのでな」
そういう問題ではない。
ちらっと頭に浮かんだ突っ込みの言葉。
だが、ジョゼフィーネに、それを口にする勇気はなかった。
身動きはできないものの、頭の中は、パニック状態なのだ。
「良いな? 鼻を使うのだぞ?」
言うなり、王太子が、ジョゼフィーネの顎を掴む。
掴むというより、手のひらに乗せるというか。
顔が近づいてくることに、ぎょっとして、思わず目を伏せた。
王太子は本気だ。
本気でキスしようとしている。
パニックに拍車がかかっているジョゼフィーネの唇に、王太子の唇がふれた。
軽く押し当てられ、くらりとする。
が、すぐに唇は離れていた。
わずかにホッとして、そろりと目を開く。
なでなで、なでなで。
王太子に怒った様子はない。
それでも、ジョゼフィーネは安心できずにいる。
言われたことが、できなかったからだ。
(私は、お、お姉さまたちみたいに……できないし……き、期待はされてないと、思うけど……怒られても……しかたないけど……)
夜会にも、ジョゼフィーネは呼ばれたことがない。
男性のあしらいかただって知らなかった。
ましてや、キスなんてハードルが高過ぎる。
「まだ難しいか? おいおい慣れてゆけばよいことだ。案ずることはない」
目が覚めてから、ジョゼフィーネは、1度も王太子と口をきいていない。
なのに、彼は少しも気にしていない様子でジョゼフィーネの頭を撫でていた。




