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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第三章 二つの防衛戦
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097.組合連合との交渉・後編

「もう少し、援助していただくことはできませんか」

「これ以上は自己防衛の範疇を超え、予測される危険に対して相応の追加報酬を頂かなくてはなりません」


 組合連合が求めているものとは結局のところ魔力という絶対的な戦力だ。

 しかし貴族が平民のために魔力を使うというのは貴族社会において忌むべき使い方である。それどころか私利私欲のために使うことすらあまり褒められた行為ではないのだ。

 魔力は神のために。神に捧げられない魔力は倫理的によろしくなく、貴族たちは魔力が神に届きにくい小国の土地で魔法を使うことに抵抗がある。


 そんな貴族を乗り気にさせるには公室側から貴族が欲しがるようなものを与えなければならず、大抵それは魔力の塊であるアルテだった。


「統括。現時点でわたくしの部下全員に臨時報酬を出すとしたら、どれほどになりましょうか」

「武官ならまだしも、本来戦闘員ではない文侍官も動員するのであれば一日あたり一五〇アルテは必要でしょうか」

「……わたくしの予算では難しいですね」


 アルテ通貨をモネ通貨に換金するのは簡単だ。商人に魔力が入った魔石を渡せば良いだけなのだから。

 しかしその逆は非常に難しい。貴族――それも公爵領の公都に住まう最上流階級は基本的にモネ硬貨に困っておらず、アルテ硬貨を手放すかどうかは貴族の気分による。それ故に普段は一〇〇モネ一アルテとされていても、その日のレートによっては二〇〇、三〇〇と膨れ上がるときがある。


 ――と言うことは二年後、結構深刻なデフレが起きそうだね。

 ――でふれ?

 ――通貨の廻りが滞って給料が安くなり、物価も安くなることだよ。

 ――物価が安くなるのなら良い傾向ではないの?

 ――うーん、また今度お勉強しようね。


「モネ硬貨で支払うことは……」

「お断り致します」


 セルヴ商会にはモネ硬貨が腐るほどあり、公族にとってはそんなものは何の魅力も無かった。


「しかしアルテ硬貨で支払うなど我々には……」

「……物品では如何でしょうか」


 アーシェがエリザベートに代案を出す。

 もちろんこれも事前に打ち合わせした通りの展開である。相手が経済的にではなく物理的に報酬が払えず、エリザベートが渋ったところでアーシェから救いの手を出す。


 しかし貴族が欲しいものとなると、それには大抵アルテが必要になると言う循環に陥る。

 ならばとアーシェは更なる代案を繰り出した。


「出資者となり得る人物。たとえば閣下を納得させられるものはないでしょうか」

「弟上の求めるものとなると、現物よりも技術や理論の方が良いでしょう」


 現物になるとそこまでだが、技術は場合によってはアルテに繋がるかも知れない。

 それを見越して製品になる前の技術を手に入れたいと思うのは貴族の中でよくある思考回路らしい。


「となると、わたくしとしては組合証の製造方法が知りたいのですが」

「組合証の……? よろしければ利用目的をお聞かせ願えないだろうか」

「全ては内政のためですわ。とても便利ですもの」


 これがミリアシルと交わした契約。

 茜の提案により彼が欲した技術は組合証の製造方法。それを全臣民に配布すれば民の管理がよりしやすくなる。

 戸籍から病歴、犯罪歴まで全てを詰め合わせた管理票は政府にとって非常に都合の良い結果を生み出す。多少載っている情報量が多すぎることが白璧の微瑕ではあるが、情報開示を魔力やら生体認証やらで何重にも管理すれば問題ないだろう。


「決定の権限はおありですよね?」

「いや、しかし……」

「ではこうしましょう。我々は戦力を貸し出せない代わりに、一部復興支援をして差し上げます」


 ――もちろん物資でね。

 ――お金ではないの?

 ――お金をあげちゃうと本来の使い方では使われないかもしれないから。

 ――復興支援であげているのだから、復興以外に使う人なんていないでしょうに。

 ――そうだねぇ。


「仕方がありませんね。ならば私兵ではありますが――」

「おやめなさい。アーシェリット様」


 私兵の投入はエリザベートに止められた。

 彼女曰く、側近たちはアーシェの側に仕えることを望んだ従者たちであり、主人の側を離れて戦地を駆けるというのはあまりにも彼女らがかわいそうだという。

 側近の本懐は主人を守ること。右筆は気品を、扈従は生活を、そして近衛は安全を守ることで主人を支えているのだ。


 アーシェにできることは支部間を繋ぐ伝令役をあてがうことであり、直接戦闘に介入することは統括であるエリザベートが許さない。

 そう目の前で断言された組合連合は、その意思の固さを目の当たりにしてようやく心が折れたのだった。


「ただ、その条件であれば祈祷師もお付け願いたい」

「何故でしょうか」

「もちろん負傷した戦闘員を癒やすためです。現在神殿には一人も祈祷師がおらず、我々の戦闘能力は大幅に減少していますので」

「……でしたら祈祷師では無く、屋敷の医師を幾人か公開しましょう」


 医師は光神や癒神の加護を授かった治癒師がさらに基礎医学や社会医学などを学び、専門的な知識を身につけた公務員である。

 国が定めた最低限の知識と領内特有の風土病やら害虫害獣、有毒植物など領毎に定められた項目を網羅して初めて見習いとして現地に派遣される。


 特に公爵領のような観光客や輸出入品が多い領地ではその項目は厳しく、偏に医師と言っても領地によって扱いが異なるのだ。


 その医師が適切に判断し、しかるべき処置を行った後の魔法の効力はただ祈りを捧げたときのお零れとは比較にならない。外科に関してはもはや神の領域にまで達しており、最高峰の魔法では首から下が消し炭になっても数秒以内なら元に戻せる奇跡の技すらある。


 ただ、もちろんそんな魔法は平民には使えない。


 治癒系の魔法は多かれ少なかれ対象者本人の魔力も使用するため、平民では魔力が足りないのである。アーシェが唯一使える治癒魔法、《大治癒》なんてものを瀕死の平民にかけたら、体内の魔力が枯渇し癒やすどころか傷口が炭化してしまうだろう。

 しかし《小治癒》などの傷を防ぐ程度の魔法であれば短期間で連発などしなければ、特に悪影響を与えることも無く発動できる。


 ただそれも条件があり、周囲が弱い魔力で満ちあふれている空間でなければ、一番弱い魔法であっても確実に魔力欠乏に陥ってしまう。

 元々は使用者の強い魔力で大気の莫大な弱い魔力を制御し、相手の身体に送り込んで相手の強い魔力と同調させ驚異的な治癒能力を発揮させる魔法である。

 もしも周囲に魔力の無い状態でその魔法を放てば、足りない魔力は術者と対象者から補う形となり、大惨事となりかねない。


「そのため医師は特定の範囲から出ることができません」

「その特定の範囲とは?」

「この屋敷の敷地内か、神殿、そして三大国の大使館です。もちろん大使館に負傷した冒険者を入れることはできません。神殿も今は警備が心許ないので許容致しかねます。また、この屋敷の内部は非常に危険なので平民が入ることはできません」

「危険?」


 アーシェの一言に本部長が訝しむ。

 街の治安を守る者としては、大国貴族ですら危険と言わしめるほどのブツを持ち込まれては堪ったものではないのだろう。

 しかしアーシェが危険と言ったものは物ではなかった。


「幾つかございますが、一番の危険はわたくし自身でございましょう」

「と言うと?」

「お恥ずかしい話なのですが、朝起床するとき、大抵の人間は気が緩んでしまいますでしょう。目をこすり、背伸びをし、少ししたら目が覚める。凡そ多くの人々は貴族平民関わらずその間は気が緩んでいるはずです」


 そして貴族の場合、その際に自身の魔力がダダ漏れになる。

 特に公族の場合はそれはもう凄まじい物で、周囲に貴族がいた場合思わず身構える勢いで魔力が迸るのだという。


 そのため朝の寝室はある種の閉鎖区画となっており、浄階貴族以外は入ってはならないことになっている。そしてお世話担当の公族が起床したことを告げられると、ようやく明階貴族らも入ることが許されるのだ。


 アーシェの場合は特に酷く、その寝起きの癇癪は寝室の壁を通り越してミリアシルの寝室まで届いてくるほどなのだが、その事実はすべからくアーシェの耳に入るものではない。


「……寝起きで人が殺せると?」


 当然そんな話は平民には信じられないものだった。

 やれるものならやってみろと言わんばかりの呆けた表情は、一度実演して見せた方が良いのだろうかと二人に思わせ、結果合意のもとで殺さない程度の体験をさせてあげることとなる。


「あくまで攻撃ではございませんことよ」


 仮面を少しずらし、ほんの一瞬、平民との面会を許される一線を越す。

 貴族にとっては特に何も感じない。むしろ普段の貴族街の方が魔力が充満しており、アーシェの放った魔力に心地よさを覚えるほどだ。それはそよ風のように部屋を通り抜け、エリザベートにひとときの快感を与える。


 しかし平民二人は真っ青な顔をしていた。

 平衡感覚の消失、頭を強打したかのような頭痛、音が直に聞こえるほどの激しい動悸、全身からは汗が噴き出し、胃酸が喉を焼いて鼻奥に異臭を漂わせる。手が震えて焦点が定まらない。肺に入った空気が上手く取り入られずに、それでも身体は酸素を欲して過呼吸となる。


「神に祈りを――」


 アーシェが合掌し、天に向かって祈りを捧げる。

 その祈りは癒神へと届き、その恩恵に少しばかりの安らぎを周囲に齎した。それ以上の効力を知っている二人にとっては微々たる効果量だが、平民にとってはこれこそが魔法だ。


「かはっ……」


 ようやく呼吸が元に戻り、目の前を見ると、そこには既に仮面を付け直した少女が何事も無かったかのように座っていた。


 実際彼女にとっては何事も無かったのだろう。


 本当の意味で貴族と会話をしたことが無い二人は、この時貴族という存在に恐怖した。

 こんな恐ろしい力を持った存在を人間と呼んで良いのか。


 人の生き死にを操る存在。いや、操ろうという気さえしないで無意識のうちに全てを終わらせる存在が人間であるはずが無い。

 これを知ってしまったからには、組合連合は二つの選択肢を選ばねばならなくなる。


 従属か対立か。

 この会談は、アーシェの思惑とは裏腹に、全世界の国家を左右する会談へと変貌していった。



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