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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第三章 二つの防衛戦
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091.他領よりも派閥の将来

 時は過ぎ、冬期四半期会議。

 この季節は他の何よりも増して重要な時期である。


 秋の内に取れた収穫量の報告。今年一年の歳入出の概算発表及び前年度比。今年中に生まれた子どもの数を家格ごとに分けて、そこから七年後の魔力量を予測する。


「ローレンツ子爵の経営安定により、派閥内の領主らは既に、水子病の猛威から回復したと言って良いでしょう」

「五年か。皆、よくぞ働いた」


 彼等から一斉に、安堵の声が漏れ出た。


 あの大災厄で、経営難に陥った領地は数知れない。

 それまでは比較的安定した地位にいた伯爵領ですら、その後の運営が立ちゆかなくなり、そのままでは緩やかに滅びの道を歩む領地すらもあったのだ。


 領地の経営とは、偏に魔力の収穫量に左右される。

 その魔力の源である貴族、そして貴族の胎児と母体を危険に曝すあの疫病は、大国貴族にとってまさに天敵と呼べた。


 小国貴族は最悪替えがきく。

 有能な者が他界した場合でも、再び根気よく育てれば、ある程度の代役を生み出せるだろう。


 しかし大国貴族、特に公族はその限りではない。

 一度廃れた家の復興は難しく、一定のラインを超えると外部の力を借りても不可能だと判断される。

 数が減った貴族の復興は何十年、何百年かかるときだってあるのだ。


「領地の併合を検討しているところもあるとか……」

「なんと。合併すらできまいか」


 その土地は男爵領だ。

 男爵領同士の合併で、子爵領や伯爵領にのし上がった領地は過去に幾つか前例がある。

 しかし、そのどれもがある程度繁栄し、互いの領地が歩み寄った結果、当時の君主が功績を認めて、その領主らの子に新たな爵位を授けたものである。

 現状では領地同士の合併をしたところで、仕事が増えて、より悲惨なことになるだけだろう。


 となると、やはり上位の持ち直した領地に併合する形で復興することが妥当であるか。

 しかし、彼の地の公族らは、一体どんな思いで併合に踏み切ったのだろうか。


 男爵領でも、数百年の歴史を誇る領地は数多く存在する。

 魔力と信仰による統治という、安定した支配を可能としたこの社会においても、やはり数百年の歴史というのは、誇る価値のある重みだ。

 その歴史を今代で潰えるその重圧は、誰であろうと決して背負いたくなどなかっただろう。


「閣下。我々も怠けている暇はございません」


 アーシェは父を通してこの場にいる全員に忠告する。

 痛ましい事件とは言え、今はまだ身籠もった女性が少なくなった()()であるが、二年後、アーシェが入学するときになると、今度は社会全体に魔力不足の波がやってくる。


 奉還の儀に初めて参加する年は学院生一年目であり、アーシェが入学する年から数年に亘り、子どもの数が激減する。

 それは即ち領地全体の魔力が長期間低下することを意味していた。


 そして、その八年後には大規模な人手不足の時代がやってくる。

 彼等が卒業した年は卒業者数が今の一〇分の一未満となり、新卒が誰一人としていないと言う領地も出てくるだろう。

 その時までに、必要なことは全てやりきり、多くの事業を凍結し、人手不足に備えなければならない。


 それは全ての領地に言えることであり、下位領地を心配している余裕など、どの領地にもないのだ。


「閣下。存じていらっしゃると存じ上げますが、決して派閥外の弱き者の手を取ってはなりません。我々は厄災後の第二波に備えねばならないのです」

「無論」


 そこでアーシェは手書きの資料を全員に配る。

 そこには家格毎貴族子女育成指導要領と表題が書かれており、現状の問題点と、それについての緩和策が概要として書かれていた。


「量が足りないのなら、学院にいる間に、全貴族の質を向上させる必要があります」


 たとえば、学院にいる間、例年以上に魔力を捧げる機会を増やすとか、学院のカリキュラムを変更して、より実践的なことについて学ばせる、などだ。


 学院の指導要領変更は、国がやるべき事と思われるが、半分ほどは領地毎に決められている。

 それは偏に学院と言っても、領地毎に校舎が別れているからだ。


 たとえばセルヴ校舎とウリナトル校舎では、その学習内容に一部異なる部分がある。

 国が定めるのは、国史や言葉遣い、魔力の扱い方、貴族の常識、三官と公族の仕事内容などの一般教養であり、それ以外の領史や領固有の役職、それだけでは足りない踏み込んだ教育などは各領地が決めている。


 前者は共通科目、後者は地方科目と呼ばれ、共通科目は全ての学院生が、地方科目は校舎毎に定められた規則に従って合格しなければ、学院を進級、卒業することができない。


 今回アーシェが変更するようにと提案したのは、後者の方だ。

 あくまで国が定める由緒正しい三官の歴史は残し、領地毎の指導教官には補佐として実戦経験を多く積んだ熟年の城官を据える。

 そうすることで、今の時代に合った合理的な教育ができ、それでいてなお、昔から今での変遷を知ることで、その合理的変化を、理屈を以て理解させる。


「教材の追加も考えた方が良いでしょう」


 今までは、初等部の授業は悉くが座学だった。

 実習が始まるのは中等部になってからであり、それまでは兎に角教科書とにらめっこだ。

 もちろんそんなことでは学院生たちの集中力は続かず、教育課程の冗長化や、不良生徒の出現、さらには進級が危うくなる領地もいたのだとか。


「これは推測ですが、わたくしの世代はそれが特に顕著になるかと存じます」


 アーシェの世代は、とにかく大事に育てられ、ことある毎に煽てられて育った時代である。

 周りの大人には悪意はないのだが、そんな甘やかされて幼少期を過ごした人間が、学院に入った途端、勤勉になるだろうか。


 セリア曰く、このアーシェですらある日までは我が儘で、すぐに泣き、嫌なことからはとことん逃げる性格だったと言う。

 茜に言わしてみれば、そのどれもがまったく改善されていないように見えるのだが、現時点で凄まじいほど改善されたと言われているので、当時は相当なものだったのだろう。


 ――その顔はとても失礼なことを考えている顔ね?

 ――わかった?


 大きな椅子に座り、茜の股に入り込むようにアーシェも座って、彼女の顔をのぞき込んでいる。

 ふんっとそっぽを向いていじけるアーシェに、茜は優しく髪を摩って弁明を図った。


「理想としては楽しめる教育、興味を引ける教育を掲げたいと存じております。具体的には座学だけではなく、それがどのようなものへと繋がっていくのかを、子どもたちに分かりやすく理解させるのが良いでしょう」


 茜の世界でたとえるのなら数学の必要性。


 複素数平面はプログラム上で扇形の範囲を指定するときに用いられる。それはゲームであったり、衛星観測システムだったり、レーダーだったり、様々な分野で用いられている。


 懸垂曲線は工学の分野、特に構造力学などの建築分野で良く用いられる。多くの数式は構造の耐久値を計算する際に必須のものばかりであり、何一つ無駄になってなどいない。


 微分積分は画像処理やフィルタ回路などに使われる。画像を微分すれば、色の変化値が残り、輪郭が現れる。積分を用いてデジタルフィルタを作れば、音声から映像まで幅広く応用ができる。


 そういうことを知らないで学習すると、非常に目的が見つけ難くなるのだ。

 それでは当人のやる気がそがれてしまい、全力を出すことができなくなってしまう。


 ――何故そんなにハキハキしているのよ……。

 ――いやぁ、今まで統治とか都市計画とか、専門外の助言ばかり求められてきたから、あんまり役に立っている感じがしなかったんだよね。現場教育論なら半世紀くらい携わっていたし、主専攻ではないけれど、自信あるんだ。


 その熱意もあり、三〇人分の資料を用意する際に、新しいとは言えないが、既存の魔法――ご多分に漏れず《異嚢》――を応用して文書の複製を実現した。


 思えば簡単なことだった。

 まずはインクを異嚢で取り込み、精神空間内で文字を書く。その後、そのインクの配列情報のみを抽出し、保存。後は紙とインクを取り込んで、その情報を適応させたインクを紙の上ぴったりに配置し、その二つを同時に現実世界に戻す。


 現実世界に戻った瞬間のインクは液体のままで、そこから紙へと張り付き乾くことで複写が完成する。

 何回かぐちゃぐちゃにインクが滲んだり、位置がずれて紙の下にインクが出現し、床が大変なことになったりしたが、些細な問題である。何せ掃除するのはセリアなのだから。


 両面三枚の資料を三〇部。失敗作も併せて二〇〇枚近く消費したおかげもあり、今ではもう呼吸をするように製造できるようになった。


 ――あーちゃん。海ってしょっぱいんだよね?

 ――そうよ。

 ――海水を飲んだことはある?

 ――あるわけないじゃない。


「閣下。一つ質問させてくださいませ」

「差し許す」

「海水をお飲みになったことはございますか?」


 一瞬の間が空き、無いと応えられた。

 他の領主たちにも聞いたが、やはり無いと応える。


 味覚の一つである塩味は、厳密に言うと塩、NaClだけでは無い。

 あまりにも塩が代表的すぎて、しょっぱいと言うと塩を想像するのだが、ナトリウムイオンが舌に刺激を与えることで発生する化学現象なので、化学物質で言えば塩味を感じる物質は他にいくらでもある。

 しかし、もしこの世界の海に多量の塩化ナトリウムが含まれているのなら、魔力を使わずに質の低い紙を生産できるようになるかも知れない。


 現代社会の植物性用紙は、多くのものが一〇年も経てば目に見えて劣化してしまう粗悪品だ。

 しかし、現代における紙の利用目的は長期保存では無いため、それで事足りてしまう。


 ならばこちらであっても正式な文書を作成するのでは無く、子どもの習字、覚え書き、文書作成の練習などで使用するのであれば、この紙の耐久値で十分だ。


 ただ、この場合、一つ大きな問題あり、それは平民への技術流出である。


 茜は正直なところ、このまま封建社会を続けるのであれば、平民には無知なままでいて欲しいと思っている。

 中途半端に知識を付けた者は、本当に全体が見えているものより質が悪い。今の平民が、もしも貴族に飼われていると自覚してしまったら、それより前の未来が茜には想像できないのだ。


 この世界の平民と貴族は、茜がいた世界の過去よりも隔たりが大きい。

 大衆は貴族の代わりには決して成れない。平民が貴族の真似事をしている小国は、退廃の一途を辿り、同じ人類なのに共存を望まず、小鬼などの絶対的な脅威がいるにもかかわらず、小競り合いを続けている。


 その事実を知っているからこそ、大国貴族は平民を匿い、魔力によって外敵から守っているのだ。

 それを共存では無く、隷属と捉えた者たちが、王家に刃向かい国を追放された。それらが集落を作り、子をなして、増え広がった末裔が今の少国民だった。


 ――人間の領域は大海と大樹海、そして大砂海に囲まれているらしいから、硝子もたくさん作れるね。

 ――……勝手にやってはダメよ。しっかりとお父様に報告しなければ。


 現実の会議と精神世界の思案。

 二人は既にその乖離に完全に慣れてしまい、二つの並列思考をモノにしていた。


 会議は進み、思考は深みへと下る。

 アーシェは幼いが故に、それが行える異常性に気付いていなかった。



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