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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
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076.小鬼

 ルーラシオは部下からアーシェの手巾を受け取ると、衣嚢に入れて獣車の屋根を強く蹴る。同時に飛行魔法を発動し、人の頭ギリギリの低空飛行で目の前を疾走する馬を追跡する。


 南門を抜けると彼等はそのまま南の森へと馬を走らせ、迷わず森中の街道を駆け抜けた。隊長である彼女は長期戦を悟るや否や、異空間から自身の血液が入った小瓶を取り出して一定の間隔を開けて地面に垂らす。

 恐らく我等が主は、自身の安全を確保したら、万が一の状況に備えて増援を送るだろう。その際に少しでも後続の助けになるために、こうして道標を残しておく必要があった。


 平民がこの季節、この時間から森に入るのはあまりにも危険だ。魔物たちは冬眠に備え多くの獲物を狙っているし、そもそも日が落ちかけている中、魔法も無しに月明かりが遮られる森に入るのは自殺行為である。


 咄嗟に魔力的攻撃が行える貴族は問題ないが、夜には亡者や夜行性の魔物が鬱陶しいほど現れる故に、パール王国では魔術具を所持していない平民は、基本的に夜間の外出を禁止している。城郭都市なら壁内であれば問題ないと定めているところも多いが、そのようなところは大抵魔術具を持っていても壁外への外出は禁止している。


 その危険性を知っていてもなお、森の中へ入るというのであれば、彼等は自衛の手段があるのか、または近くに安全な場所があるのかの二択であろう。

 これが大国であれば魔物の体力によっては何日も走り続け、敵に遭遇する前に森を抜けることも出来たかも知れないが、幸か不幸か馬にはそのような体力は無い。


 そして案の定、彼女の予想は的中する。

 空の色が緋から黒に変わる頃、一つの山を越え、カスタレアから見て山の裏側にあたる場所に差し掛かったところで、突如馬を下り、街道を外れて辛うじて獣道と判断できるような脇道へ逸れる。


 そして馬を引き、歩くこと数分、山の一部が禿げている場所があり、そこには人工的な洞穴があった。

 洞窟には見張りが二人、アーシェたちが見てきた冒険者よりも品が無く、何日も水浴びすらしていないのか、ポリポリと体表を掻く際に見える素肌は茶色く土砂で汚れている。二人は人攫いの顔を目だけで追うと、すぐに興味を無くしたかのように見張りを続けた。


 ちょうどそこへアーシェが派遣した後続部隊が到着した。

 浄階貴族の黒装束が一〇人も。随分奮発して頂いたようで、主人がどれほど事を重く受け止めているのかが見て取れる人選である。

 決して失敗するわけにはいかない。ルーラシオは再び固い決意を胸に秘めると、アーシェと同じく小さな魔法人形を生み出して、彼等の塒へと足を踏み入れた。


 ミリアシルは茜が不可解な魔法を発明して以来、その魔法を空いている時間に研究し、有用性を見いだしたら暗部の高官へと叩き込んだ。


 そして二ヶ月かけて検証させた成果は、たったの六人。まず大前提としてこの魔法は祭神六柱全てから寵愛を受けていなければならない。その時点で夫人二人が落ちた。彼女たちは六属性を持っているが、祭神六柱全ての加護を持ち合わせていると言うわけではない。


 それに加え土神の配神、造神の加護を授かることで初めて魔法の発動が可能となる。今まで発見された魔法の九割九分が、主祭神により代行可能であったのだが、珍しくもこの魔法は代役が効かないという特殊な魔法だ。そしてこの時点で候補は一七人に絞られた。

 それはセルヴ家歴代の御方々と太古の時代にセルヴ家から派生したダウス家の御歴々だ。


 そしてそれだけでは終わらない。神に選ばれた彼等は、魔法が発動したは良いが、精神空間に、明確に自分と独立した精神が無ければ、片方の肉体を動かすだけで精一杯という壁にぶつかった。

 これはミリアシルも例外では無く、人形を動かせば本体の制御が離れ、本体を動かせば人形の制御が離れ、人によっては人形の身体が保てず消滅してしまう事もあった。


 そして極め付きは消費魔力量。茜は効率良く魔力を浪費できると喜んでいたが、一般貴族からしてみれば堪ったものではない。魔力の奉納は美徳であるが、命を賭して送って良いのは神祇伯のみである。

 貴族には魔力税もあるし、そもそも生命維持に必要な魔力は温存しておかねば自殺してしまう。


 その結果、まともに魔法人形を扱えたのはセルヴ家先々代、先代、エリザベート、ダウス家先代、当主、その双子の妹と、ミリアシルとアーシェ含めて領内に八人のみだった。

 それでもアーシェと茜以外は全員片方の身体しか動かすことは出来ないのだが、それを差し引いても実に諜報向けの魔法である。


 公室の中核から外れるのであれば他にも候補はいるのだが、この魔法の危険性は計り知れず、茜を含めた首脳陣全員が秘匿すべきだと考えている。


 そして現ダウス家当主の双子の妹、ルーラシオは、部下に身体を預けて指先大の人形を送り込んだ。


 洞窟内は明らかに人の手が加えられた形跡があった。

 迷路のようにうねった通路の脇には、矢印の様に不用意に進んだ敵を襲撃する隠し部屋がある。行きは岩陰に隠れて見えないが、いざ振り返ると奇襲場所が設置されていることに気付くことができ、そこからこの洞窟を作った者は襲撃慣れしていることが伺える。


「――! ――!」

「――?」


 ここより更に奥から人の声が聞こえ、壁を伝ってこだまする。反響が酷いせいか聞き取りにくいが、声の主は先ほど入っていった六人よりも多そうだ。

 万が一の時は遠慮無く捨てられる身とは言え、見つからないことに越したことは無い。周囲に気を配り、姿を消し、気配を断ち、魔力も可能な限り押さえつける。

 極小の身体の真なる脅威は狭い屋内でも飛行魔法が継続できること。それによりまず音が伝わる心配が無く、足跡を残すことも無い。


 素早く移動し目的の区域へと到着する。

 半開きになっている木製の扉から侵入したルーラシオは、そのあまりにも悍ましい光景に思わず眉を顰めた。


 その場所は、慰安所とも呼べない慰み者たちが置かれた強姦所だった。その大部屋の中にいる強姦魔は二桁に上る。ルーラシオはざっとその顔を照合し、現行犯がいないことを確認すると、泣きわめく少女らを助けるわけでも無く、壁際に座って酒を飲んでいる半裸の集団に近付いた。


「――は上手くやったんだろうな?」

「あぁ、後は被害者ヅラして逃げた奴らァ捕まえて西へ逃げるだけだ」

「神殿の奴らとっ捕まえて連れてくりゃあ上級市民なんざ、ウメえ話だぜ」


 酒が入っているせいか、彼等の舌はよく回る。

 彼等が吐き出す臭穢に満ちた言葉を整理し、辛うじて動く本体の口から部下と主に伝言する。


 曰く、三大国が一つ、アクアマリン王国の貴族が彼等盗賊に依頼し、カスタレアを襲撃した。

 曰く、その内容は、神殿関係者を何人か拉致して、指定した場所へ送り届けること。

 曰く、拉致が無事成功した暁には彼等に全員市民権を与え、下層の中でも一等地に個別で屋敷を与える。

 曰く、万が一しくじったとしても、国境を越えたのなら組合連合が引き渡しを要求しようとも応じない。

 曰く、この場所も用意したのはその貴族らしく、女らも前金としてその貴族が用意した奴隷。

 曰く、薬物で精神に異常を来し、娼婦としてはやっていけないが、未だ美貌は保っている安物。

 曰く、前の爆発は魔具を大量の魔石粉末に浸し、大量の魔力を持って暴発させたもの。

 曰く、その魔具などは全部使い切ってしまったので、戦力が大幅に減り、あまりこの場にも長居できない。

 曰く、――。


 暗部の高官である彼女にも、いや、アーシェの乳母である彼女だからこそ、女が慰み物になっているあたりの情報はぼかして伝え、それを受け取ったアーシェ人形は更にロベルティーネへと伝える。

 伝言ゲームではあるが、情報の精度はしっかりと保持されている。ルーラシオはアーシェに対してたくさんの殿方と、たくさんの奥方がいると伝えたが、どうやら真意はロベルティーネにも伝わったらしい。


 ついでに茜にも伝わっており、分からないのはアーシェだけで、お薬を飲むほど体調が優れないのに、何故こんな僻地で男女混合のお茶会をしているのかと呆れていた。


 酒瓶が空になり、暇を持て余した下衆共が、再び乱交へと身を投じる。

 これ以上得るものが無いと判断したルーラシオは、彼等の横を通り抜け、入ってきた扉を出ようと近付いた。


 ちょうどその時、不意に半開きだった木製の扉が開かれ、ルーラシオの記憶に新しい、実行犯の男が姿を現す。


 間近にいた彼女だから分かる。彼の様子は明らかに異常だった。彼が貿易都市の城門を掻い潜ったとき、もっと言うなら洞窟に入ったときには、彼等は殆ど無傷と言っても良い姿で、あまり目立つような傷も付いていなかった。

 しかし今の彼はどうだ。服は破れ、身体の至る所に切り傷があり、一部露出している箇所は紫色に変色している。


 これは毒物の塗料が塗られた刃物でやられた傷だ。領地の闇を担うダウス家だからこそ、慣れ親しんだ武器だからこそ分かる、毒という名の兵器。貴族に用いる毒と、平民に用いる毒は多くの場合異なるが、彼女は職務上、そのどちらも使用したことがあった。


「……えら……に、げ……」


 突如背後の闇から鎌が現れ、彼の喉元を掻き切った。

 強姦に興じていた下衆も、そこでようやく気付く。しかし彼等は半裸の集団だ。女を怖がらせ、暴れる奴隷の手足を切り取るための、錆びた粗末な剣はあるが、ここまで侵入してきた実力者の相手にはならないことくらいは理解している。


 小賢しい彼等は考える。穏便に逃げ延びる方法を。


 しかし、しかしその全てが無駄だった。


「「■■■――!」」


 現れるのは人の腕。否、緑がかった異形の腕だ。

 現れるのは成人の身体。否、小人のような小さき身体だ。

 現れるのはたった一人。否、通路を埋め尽くさんばかりの緑の魔物。


 その姿は子どもの躾に言われる通りの奇怪な姿。肉らしい肉は無く、顔は醜い。子どもの姿で現れては、悪い子どもを攫い食らう。鼻と耳は尖り、不規則に並ぶ歯牙の隙間からは、鼻弾く不快極まりない匂いを漂わせる唾液を垂らしていた。


 その魔物の名は――。


「こ、小鬼だ!」

「何でこんな! 冒険者のお膝元だろ!」

「うっうわあああ! 来るなッ来るなァ!」


 躾で伝え聞く内容で、唯一違う点があるとすれば、それは、小鬼が喰らう対象は、子どもだけでは無いと言う点だった。



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