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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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007.突然のできごと

 時は少し遡り、アーシェが書庫へ立ち入った直後、突然肉体から彼女の意識が消えた茜は、盛大に顔から転んでしまった。


「ぎゃ!」

「姫様!」


 ──いてて……ちょっと、急になにさ。


 心の隣人に問いかけるが、如何せん応答がない。もしやアーシェの得意技は神速の寝入りだろうか。そんな馬鹿なことを考えながら、彼女を呼び続けた。


 ──あれ、あーちゃん。アーシェさんやーい。……反応がない。


「お怪我はございませんか、姫様!」

「姫様……ですよね?」


 咄嗟にアーシェの体を支えたセリアと近衛のメリッサが戸惑いの声を上げる。


「どうしたの?」

「いえ、その、姫様、わたくしたち何か姫様のお気に障ることを……」


 ――二人の様子がおかしい。もしかして私が住んでいるのに感づいたのだろうか。


 そんな不安が頭をよぎり、内心冷や汗が流れる。

 殺されたりしたらどうしよう。そんなことを考えながら恐る恐る理由を尋ねると、セリアが思っている事は茜の憂慮とは全く別のことだった。


「姫様。魔力を抑えてくださいませ……!」


 彼女によると、今のアーシェ――の皮を被った茜――は有り余る魔力が壊れた蛇口のように、抑えの効いていない状態であるらしい。

 歯止めの利かない魔力は周囲の者に多大な影響を与え、今回の場合は肉体的にも、精神的にも、抗えない圧力をかけてしまっているようだ。


「もうっ……息がっ」


 その圧力は近づけば近づくほど影響が出るのか、少し離れている近衛より、近くにいる扈従の方が息苦しそうだった。セリアの顔には異常といえるほどの汗が浮かび出て、呼吸が乱れ、血の気が引いている。


「レオノーラ、セリアを引き剥がしなさい」

「はっ!」


 自らが苦しんでも、なおアーシェの介護をしようとするセリアを、近衛のレオノーラに命じて引き離す。なんとか自力で立ち上がろうとする茜だが、前世との体格差に体が追いつかず、地に着く足が震えていた。

 全身に痺れが走り、感覚が覚束ない。本棚に支えながら立とうとしても、またすぐに倒れてしまう。


「姫様!」


 咄嗟にメリッサがアーシェを支える。その表情は苦痛に歪んでいたが、それでも無理矢理にでも笑顔を作り、主人を安心させようとしているのは、忠義があるからこそなせる業なのだろうか。


「姫様。ご無礼をお許しくださいませ」


 言うが早いか、床へ直接へたり込んでいたアーシェの足と肩に手を回し、あっという間に抱き上げる。


「わっ」


 若干体勢を崩しそうになった茜は、咄嗟にメリッサの首へ手を回し、必然的にお姫様抱っこの形になった。


 ──うーん、介護生活時代を思い出すなぁ……って、そうじゃなくて。


「メリッサ、無理しちゃダメよ」

「いえっ……このくらい……はぁっ……」


 メリッサの息が荒くなっているのはアーシェの体重のせいではないだろう。そんな事を考えながら、私はメリッサにされるがまま運ばれてゆく。

 そして割れ物を扱うように、繊細にアーシェを椅子に降ろし、メリッサはアーシェの言い付け通り、再び魔力の影響を受けない場所まで戻った。


「ありがとう、メリッサ。二人もね」

「お役に立てて光栄です」

「姫様に代わり書籍を見繕って参ります。ご所望の分野をお教えくださいませ」


 確かに今の身体では禄に本も取れないだろう。そう判断し、少し気が引けるが二人に幾つか本を見繕ってもらい、レオノーラには少し離れたところで護衛についてもらった。


 二人が本を持ってくる間、暇つぶしに現状の整理をする。

 アーシェの言動を見る限り、この世界の住人と魔法には密接な関わりがある。現にアーシェは挨拶にて不思議な光を発し、彼女の父は満足げに頷いていた。

 内に秘めた魔力を使い、外の世界に影響を与える不思議な技術。それが才能によるものなのか、どのくらいの力を発揮するのか、彼等はどれくらいのことができるのか、しっかりと見極めて正しく理解しないと大事になりかねない。


 まだ何もわかっていない魔法についてはこれ以上考えても仕方がないだろう。

 ふと茜は目の前の書斎机に目をやって、その芸術的な作りに息をのんだ。


 ──これ現代に持っていったら骨董品だよねぇ。


 芸術には疎い私だが、素人にもなんとなく高そうと思わせるような机だ。更に濃い目の茶色が書庫の雰囲気にも合っていて、読書をするのに最適な環境を作り出していた。


 ──……さて、物思いに耽る前に色々確かめておかねば。


 まずは自身の力である程度自由に動くのを確認すると、次に腕を大きく振り回したり、手足の長さや身長を測ったりして、アーシェの身体を把握することに努める。


 ──ふむ、全体的な質量は人間の子供と同じくらいか。


 この子の身長は家具との対比で一メートル未満と推測。現代の五歳児にしては随分と小さいが、明治以前の幼児としては珍しくはないだろう。力は微弱。肉付きは少し痩せ気味。


 この世界に来たばかりで、接触した人間も決して多くないが、今のところ見た目はこの世界の人間と元いた世界の人間で大差無し。

 父君の肌は白寄りの黄色人種気味だが、アーシェの肌は純粋な白色人種の如く白い。髪は金と白人の特徴を持ち、父君の瞳は碧色だった。母君にもよるが遺伝している可能性が高い。


 セリアと父君を見る限りでは目や鼻の彫りは深く、顎付近の顔立ちは日本人に近い。これは長いこと日本語を喋り続けてきた事による筋肉と骨格の変化だろう。臓器は今のところ不明。要検証。


 科学技術の度合いは、羊皮紙に類似した紙の本があることから、少なくとも古代エジプトよりも上と言う事になるだろう。こういった木製の家具もある事だし古代ローマ時代くらいはあるかもしれない。


「む?」


 目の前の書斎机に伏せながら、指を走らせ、机の匂いや感触を確かめていると、その机には塗料が塗られていないことが分かった。


 ──塗料も無しによくここまで品質を保てているなぁ。いや、見かけが古いだけで実はごく最近出来たものなのかな。ささくれも一切ないし、よほど良い木を使っているのかな。


 この世界にはどんな素材があるのだろうか。そもそも元素は同じものなのだろうか。いや魔法というものがあるのだからきっと全く違う理があるのだろう。


 そしてしばらく経ち、興奮の発散と身体の運動も込めて足をぷらぷらしていると、セリアとメリッサが本を大量に抱えて持って帰ってきた。


「閣下が仰った書籍もお持ち致しました」

「ありがとう」


 セリアが持ってきたものはどれもが辞書並みに分厚いが、紙一枚あたりがかなり厚いものであるため、実際の内容は見た目ほど多くはない。


 そのうちの幾つかに赤く発光した鎖が付いているのが見て取れた。重さを感じさせない動きで、書庫の中央の天井あたりから垂らされている赤い鎖は、おそらく魔法的な力によるものだろうと察せられる。


「今は使われていない文字もあるので、そちらはこちらを参考にしてご解読ください」


 そう言って大きな巻物を数枚広げる。そこに記されているのは日本が戦前によく使っていた漢字とその意味だった。


「これは……ふむ」


 ──まあ喋っている言語からして大体察してはいたけれど……。


 茜はそっと巻物に書かれている文字を撫でた。


「人間が使う言語って何種類あるの?」

「訛りのことでしょうか。田舎に行けば独自に生み出さされた言葉はたくさんあるそうですよ」

「素晴らしいわね」


 側近たちが疑問符を浮かべている中で茜は大変素晴らしいと何度も頷く。


 ──まあ、それでも争うのが人間なのだけれど。……それにしてもあーちゃん、どこに行ったんだろう。消滅とかしちゃってたら少し申し訳ないな。


 ただなんとなく、アーシェが消滅したとは思えなかった。言葉で表すなら「繋がり」のような感覚がアーシェと茜の間にあった気がしたからだ。


 ──うーん、この見られているというか不思議な引力に体が引っ張られているような感覚は相変わらず慣れないなぁ。


 しかし、このままずっとアーシェの帰還を待っていても時間の無駄なので、茜は茜のやりたい事をやる。それすなわち、魔法技術の習得であった。


 アーシェの身長の三分の一ほどある書物を開けると、これでもかと言うほど所狭しと文字が詰まっていた。紙の質は低品質で、一枚一枚が厚く、現代では既に見かけなくなったような紙だが、それもまた心地よい。


「過去にわたくしも使用していた教本故に、恐れながら幾許かの助力は可能かと存じ上げます。分からないことがあればお聞きください」

「えぇ、その時はお願いするわ」

「はい」


 ──まあ、今の状態だと迂闊に呼ぶこともできないが。


 どうやら気迫の効果範囲は私を中心に半径三メートル程度のようなので、セリアもそれほど離れる必要もなかった。


「ふぁ、んっ……」


 欠伸を噛み締め頁をめくる。


 ──ねむい。


 先程、書庫でこけたあたりから急にやって来た眠気を振り払い、魔導書なる物を読み始めてから半刻が過ぎようとした頃、頭の中に懐かしい声が響いた。



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