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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第一章 貴公女と亡霊
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006.異界からの帰還

 リリスがお茶請けを探して、今しがた建てた新築物件の中をうろちょろしている間に、今度は奥の三人が久々の客人に話しかけてきた。


「アーシェリットちゃん、アーシェリットちゃん」

「はい」

「貴女って本当にミリィのご息女さんなの?」

「ミリィ?」

「ミリアシルだよ。あのこっわーいお兄さん」

「でしたら確かにわたくしの父です」


 三人はおぉっと何か感心したように頷き、そのうち一人が密着するほど近くに寄ってくる。そしてほうほう、ふむふむと、アーシェの身体を髪の先から足の先までペタペタ触り始めた。


 残念なことに、アーシェはここにいる住人の文化を知らない。故に別に不快なことをされているわけではないので、リリスが運んでくるお菓子を待ちわびながら、その人の接触を無視するだけに留めていた。


「はぁい、クッキーと紅茶よー……って何してんのよ!」


 お茶請けその他を持って帰ってきたリリスは、身内の過度な接触を目撃すると、アーシェの身体をムニムニと入念に触っていた人を、ポットが乗っているはずの銀の盆で思い切り殴った。


 直後屋敷中にバコォッという音が伝わり、女性の顔は兜を被ったかのように銀盆に覆われ、首周りまでガッチリと固定される。


 しかしアーシェが驚いたのはそこではなく──いや、確かに銀盆が紙のように自在に変形しているのも、それほどの力を受けてもなお、お腹付近にある手がウネウネと動いているのにも驚いているのだが──盆の上に乗っていたはずのポットやカップ、お菓子が宙に浮いていたのだ。


「飛行魔法でしょうか?」

「あら、よく知っているわね。もしかして書庫に来た理由って魔法関連?」

「はい。その通りです」


 的確に目的を言い当てながら、その女性を引き剥がす。


『うぅぅ……とーれーなーいー! ふんむむむー!』


 首周りにピッタリとハマった盆を、自分の首ごと引き抜くのではないかと思わせるほど、力強く抜こうとする女性を見て、少し心配になるが、リリスからはいつもの事と言われて心配する気もなくなった。


「まったく、見境がないんだから。ごめんね、アーシェリットちゃん。気持ち悪くなかった?」

「問題ございません」


 この人がやっていた挨拶は、ここの住人からしても普通ではなかったらしい。


「さてと、返そうと思えばすぐにでも返せるのだけど、せっかく会えたのだし良かったらお話していかない?」

「えぇ、是非に」


 どうやらリリスもこの人たちも魔法の達人らしい。本来ならばあの書庫で魔法の学習をするつもりだったのだ。どうせならこの人たちに助言を授かろうと思う。


 そんな彼女の思惑を難なく見透かしたリリスは、彼女に見えない角度で妖美に微笑んだ。


「それじゃあもう少し突っ込んだ自己紹介をしましょうか。改めて、私の名前はリリス。放浪の悪魔をしているわ。まあ悪魔と言っても別に悪いことしてる訳じゃないし警戒しないでいいわよ」


 差し出された甘い焼き菓子を食べながら、部下でも身内でもない他人の話に興味津々な様子で聞き入った。


「僕はゲラフ、よく女性と間違われるけど立派な男だよ。こっちの無口で超可愛い子は妹のセンシィ」

「……よろしく」

「で、そこの馬鹿が姉の」

『シノイでーす! よろしくー!』


 三人とも全く同じ顔立ちをしていて口を閉じていればほとんど見分けがつかない。

 しかし一度口を開けばその差は歴然としており、シノイは非常に明るく活発かつ前向きで、反対にセンシィは温厚で奥ゆかしい性格をしている。ゲラフはその中間といったところだ。


「ゲラフ様、センシィ様、シノイ様ですね。よろしくお願いします」

「それにしてもミリィとエルからこんな可愛らしい娘が生まれるとは、性格は遺伝しないのかしら?」

「わたくしはお父様とお母様と似ていないのでしょうか……」

「性格は全く似てないわね。でも顔立ちはエルにそっくりだし、その綺麗な青色の瞳もミリィそっくりよ」

「うむ」


 あのころのミリィはとにかく生意気だったとシノイがしみじみ呟く。アーシェのお父様像は常に凜々しく厳格に接する仕事人である。そんな後ろ姿からは生意気な子どもの姿など想像もつかなかった。


「アーシェリットちゃんは自分で親に似てると思ったことない?」

「……わかりません。お父様もお母様も、一緒に食を共にするようになったのはつい最近のことですので」


 そう言い放った瞬間、アーシェは気付いていないが、場の空気が一段と重くなる。リリスらはなんかごめんねと謝るが、何に対して謝られているのか理解できないアーシェであった。


「まったく、こんなに可愛い娘をネグレクトするなんて何を考えているのかしら!」


 その言葉には確かな慷概と嫌悪の色が見えていた。アーシェにとっては日常的な風景も、この四人にとってはあまり日常的なことではなかったらしい。相手を不快にさせてしまったことについてお詫びの言葉をかけると、リリスはさらに機嫌を悪くする。


「あのね、親という生き物はね、子へ与えるべき最低限の贈り物を与えると言う義務があるの。それをしない事をネグレクト、育児放棄と言って知性ある生命にあるまじき行為よ」

「お父様からは数え切れないほどの物を頂いていますよ。お人形やお洋服だって必要な物はすべて買い与えてくださります」

『うーん、そういうのとは違うんじゃないかな? 何ていうかー……』


 言い淀むシノイにセンシィが助言を与える。


「……愛」

『そう、愛! そんな感じのが足りてない気がする!』

「申し訳ありません。よく分からないです」

『もうこうなったら直談判しかないわ! 今すぐにでも文句を言いに行くわよ!』


 そうだそうだと勝手に白熱していくシノイは、今にもミリアシルの元へ向かわんとする。しかしアーシェはそれを許さなかった。


「やめてください」


 シノイの目をじっと見据え、アーシェは無意識に己が魔力を放出する。


「お父様のお仕事の邪魔をするのなら、やめてください」


 アーシェの表情や口調は一切変わらない。しかしリリスたちは一瞬だけ敵意を超えた殺気を感じた。

 明確な殺意という方向性を持った魔力は肉体にすら影響を及ぼす威圧となってシノイに襲いかかる。その威力は三人を怯ませるに充分な力を秘めていた。


「……え?」

『なんかごめんね。アーシェちゃん。確か魔法を覚えに来たんだっけ?』

「はい」


 魔力の威圧が一瞬で霧散する。その変わりように四人は得体の知れない不気味さを感じた。


『それじゃあ幾つか魔法を教えてあげよう』

「本当ですか? それは願ってもないことです」

『うんうん、本当、本当。お手々出して』


 相変わらず銀のトレイで顔を覆われているが、しっかりアーシェの手の位置を把握しているようだ。


『ちょっとムズっとするかもだけど我慢してね。《情報伝達/記憶を伝えよ》』

「ん……」


 左手のひらからモゾモゾと何かが這い登って来る感触に襲われ思わず目を瞑る。そしてその不快な感覚が頭まで達した直後、アーシェの頭に知識が流れ込んできた。


「……《魅了》、《体力回復》、《麻痺》、《精神回復》、《浄化》?」

『うんうん、しっかり送れてるみたいだね。最初に攻撃魔法を覚えると大成しなくなるって統計があるみたいだし、補助系だけにしておいたよ! これで夜もバッチリだね!』

「護身用の魔法ですか。ありがとうございます」

「それじゃあ私からも何かあげちゃおうかな」


 そう言いつつ同じくアーシェの左手に触れるリリス。その艶めかしい仕草にゲラフはため息をつくが、その理由をアーシェが知ることはなかった。


「んっ……《魔力吸収》、《魔力供給》、《生命吸収》?」

「はい、……っと、もうそろそろ時間ね」

「時間?」


 そう言えば、この空間に来てからずいぶんと時間が経っている気がする。もしかしたら昼食の時間を大分過ぎていて、城内の使用人がアーシェのことを探し回っているかもしれない。

 そんなことになれば、お父様はもう二度と書庫への立ち入りを許してくれないかもしれない。


 その途端、アーシェは今まで忘れていた不安を思い出した。


「今アーシェリットちゃんは精神だけが、しかも中途半端にこっちに来ているみたいでね。罠の誤作動か仕様かは知らないけど」

『つまり今アーシェちゃんはとっても無防備な状態ってことだよ』

「……兎に角貴女は今危険。悪い奴に狙われる前に帰らないと」

「身体の方も誰かに襲われてるかもしれないですしね。ミリィさんのお屋敷ならあり得ないと思いますが」


 一応書庫には、アーシェの側にセリアをはじめとする扈従や近衛、右筆がいたはずだ。倒れた体の心配はする必要はないだろう。シノイたちにそのことを伝えると、三人の顔色がみるみるうちに青ざめた。


「……早く帰って」

『エルに知られたら一大事だね』

「もしそうなったら真っ先に姉さんを差し出すから」

「……同意」

『ちょっ! 酷くない!?』

「そもそもアーシェリットちゃんがここに迷い込んだの、シノイのせいじゃない。さて、それじゃあこれからアーシェリットちゃんを人界へ送り返すわよ」

『どうやって? あの罠基本的に一方通行じゃん』

「それはもちろん、こうやって」


 リリスが徐にアーシェの額へ口付けをする。するとアーシェは強烈な虚脱感に襲われ、一切の抵抗を許されずそのまま意識を手放した。


 ◆


 つい先程まで幼女のいた場所を見つめながら、センシィはリリスに問う。


「……どうしてあの子にマーキングしたの?」

「ちょっとした意趣返しよ。あっちだって匂い付けしてきたのだしお相子じゃない」


 挨拶代わりの神への祝福。それは魔力を相手に送り自分の魔力の波長を刻み込む行為だ。そんなことを繰り返せば送られた相手はやがてその者の魔力の影響を強く受け、好印象や好意を植え付けられることになる。悪い言い方をするのであればアーシェは無自覚に相手をたらし込んでいるのだ。

 そんなイケナイ子ならば少しくらい仕返しをしても罰は当たらないだろう。


「神、ねぇ」


 そう呟いてリリスはアーシェの異常性を振り返る。


 あの現象、まるで身体が精神を引き戻していたような、とても罠の誤作動で済まされる話ではない。

 それに《情報伝達》は双方の魔法の技術があって初めて成立する魔法だ。いくらシノイの技術が高いと言っても、初見で成功出来るような代物ではない。

 極めつけにあの殺気、無意識とは言え普通の子どもがあんな物を放てるものなのだろうか。


「ミリィは生体兵器でも作るつもりかしら」


 考えれば考えるほど彼女の才能が恐ろしくなっていく。どれだけ両親の才能が高かろうと、良いところのみ受け継ぐ事など不可能に近い。しかし、確率的には零ではない事もまた事実。

 あんなに小さな子どもが大人顔負けの魔力を放ち、成熟した知能で口を開く日常。そんな光景を目の当たりにしたら、きっと恐ろしくてその場にはいられない。あの子が受けた洗脳まがいの英才教育は一体誰が何の目的でしたものなのだろう。

 近い未来、熟した果実となるか、刺激的な香辛料となるか、想像するだけで体が火照る。


「嗚呼、気持ちが悪い」


 リリスは未来への期待を胸に、面白くなりそうだと妖しく笑った。



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