イッパイのかけそばを食らう!
フードファイトの会場となったこの駅そば屋の店内は比較的ひろく、マリーとロノミーが座っているテーブル席にも普通の食事をとるのであれば充分なスペースがあった。
店員によってテーブルの上に置かれた二つの寸胴。マリーは行儀が悪いと知りながらも、椅子の上に立って、上から寸胴を覗きながら蕎麦を食べていた。
ズルルルっ!ズルルル!ズルルル!
マリーが発する、蕎麦を啜る粋な音も、顔を寸胴に突っ込んでいる関係で外には漏れない。
駅そばで軽食を済ませにきた通りすがりのサラリーマンは、まるで寸胴に落ちそうになっているかのような少女を心配そうに一瞥するも、電車の時間が迫っているため、すぐに視線を自分の器に戻した。
ズルルルッ!ズッゴホッ!ズルルッ!
マリーは、音が遮断された世界で大食いをするのは初めてであった。一切を自分の食事に集中できるため、麺料理の大食いとしては、かなりの好ペースを維持できている自覚があった。
しかし、ここで気づく。対戦相手の様子が見えないことに。
今回は出された寸胴に入った10キロ越えの蕎麦を先に食べ切った方の勝ちというルールで始まった。
早食いの勝負は、自分のペース配分も大切だが、対戦相手の進捗状況も逐一機にする必要がある。
マリーはおよそ3キロほどの蕎麦を食べた時点で、一度寸胴から顔を上げる。立ち上る湯気により、彼女の顔はすっかり赤くなっていた。
コップの水をぐいっと飲み、そして対戦相手であるロノミーを見る。
「……!?いないっ?」
勝負が始まった時、ロノミーは通路では邪魔だからと、マリーと同じくテーブル席の椅子の上に登った。そして寸胴に向かって、胴から伸びるロボットアームを伸ばしたところで、マリーはロノミーを視線から外した。
そしてマリーが自分の蕎麦に集中することおよそ10分である。その10分間の間に、姿を消したロノミー。
一体何があったというのか!
逃げたか?否、一流のフードファイターが、対戦中に席を外すことはない。席を外している間に、対戦相手の皿の食物を自分の皿に移されるリスクがあるからである。
では一体どこに、そのときマリーは驚くべきものを目撃する。
対面に置いてある寸胴。その縁より上に黒いタイヤが飛び出ているではないか!
マリーはすべてを察した。、
寸胴のサイズはロノミーの2/3ほどであった。
猫型配膳ロボのロノミーは寸胴と同じく円柱型の体格をしている。
そして胴回りの大きさは同程度。
つまり、ロノミーは逆さまになって、寸胴にからだを突っ込み、すっぽりとハマっているのである!
マリーは、目を疑う光景に戸惑うが、しかしすぐにまた自身の寸胴に集中する。油断して勝てる相手ではない。
武者小路コウジも、末堂スエヒコもそうであった。プロのフードファイターは実力がチガウ。油断すれば喰われるのはこちらである!
マリーは再び寸胴に顔を突っ込むと、箸で重たい蕎麦の束をぐわっと掬い上げた。
湯気が熱い。蕎麦が重たい。次第に体力が奪われていく。
蕎麦の量が減るに従って、湯の割合が多くなっていき、寸胴の底を漂う蕎麦を捉えるのが難しくなっていく。濁った蕎麦湯は蕎麦の位置を隠し、奥深い寸胴は箸をとどかせない。
そしてなにより味に飽きる。マリーは随時、七味唐辛子をかけながらなんとか蕎麦を一本一本食らっていった。
蕎麦湯もかなり飲み、箸で底をかき出しても、蕎麦が残っていないことを確認し、マリーは顔をあげた。
「完食……よ!」
ロノミーがハマっている寸胴は、以前としてそのままであった。
タイヤはグルグルと滑走しており、時折、寸胴がカタカタと動く。
食べすすめている最中なのか、あるいは抜け出せなくて困っているのか。
マリーは迷ったが、しかし前者であろうと後者であろうと自分は完食しきったのだから、ロノミーを寸胴から引っこ抜いても良いだろうと判断を下した。
店員さんにも手伝ってもらい、すっぽりハマったロノミーを寸胴から引っ張り出す。
「せーの!よいしょー!」
すぽんっ!
「(=^ェ^=)」
寸胴から出てきたロノミーの顔は、久しぶりの光に喜んでいるように見えた。
ロノミーの寸胴にも、蕎麦は残っておらず、どうやらマリーとほぼ同タイミングで完食したようであった。
ロノミーはロボットアームを、マリーに差し出す。
「実力を認めるにゃん。一緒に来るかにゃん?」
「…………」
過酷な戦いであった。この先待ち受けるのは、さらなる強者たちであろう。
しかし、彼女はフードファイターとして生きていくことを決めたのだ。後退は決してしない。
「望むところよ!」
マリーは先が3本指に別れているロボットアームのうち一本の指をつまんで、握手をしたことにした。
その後、警察から解放された末堂スエヒコも合流し、常盤マリー、ロノミーらは次なる戦いの舞台へ向かうのだった。