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激闘!あつあつ新満願全席!

喰らいMaxファイターズ

 熱々鉄板餃子。


 中華食堂『覇王』の人気メニューのひとつである。熱々の鉄板のうえにのって出される焼き餃子は、野菜と肉が生み出す旨みを熱とともにぎゅっと押し込めた絶品である。


 これを注文する客には、ひとつバイトの青年から忠告を受ける。


「お水、ピッチャー満タンにしておきますので、無理せずお飲みくださいね」



 そう、この餃子は尋常でなく熱い。



 不用意に一口で放り込んだならば、火傷は必須。あふれ出す肉汁の代償に数週間にわたる大やけどを負うことになるのだ。



 推奨される食べ方は、小籠包形式。すなわち、取り皿あるいはレンゲ上で開封し、熱気を外に逃がして冷ましてから食べる方法である。



 フードファイトにおいても、時間ロスが少なく、効率的かつ合理的な食べ方である。



 だが、常盤マリーは、箸であっつあつの餃子を掴むと、大口を開けて……。



 そのまま口に放り込んだ!!!



「ま、まじかよ……」


 隣で冷や汗を垂らす対戦者の少年。



 じゅわああああと熱い肉汁がマリーの口のなかにあふれ出す。口の端からは湯気がほとばしる!



 観戦していたバイトの青年は、凄惨な口内を想像して、思わず目を隠す。



 口の粘膜が焼け爛れる悲劇が!少女を襲う!!!





 ……かに思えた。


「若いの、目を開けてみなされ」

 

「……?」


 老人の声に、目をゆっくりと開けるバイトの青年。


 カウンターには、口いっぱいに餃子を蓄えながらも、平然とする常盤マリーの姿があった。


「何だって!?」


 

 声をあげて驚く青年。


 そう、悲劇は、起こらなかったのだ!


 ごくん、と喉を鳴らす常盤マリー。そして笑顔を浮かべる。


「やっぱり美味しいね、覇王の餃子は」


 常盤は、少年に向かって、ペロリと挑発的に舌を出す。その舌には、一切の火傷がなかった。


 少年は、冷や汗を垂らして、苦笑する。


「へへ、とんだバケモンだな、嬢ちゃん!」

 


 常盤マリーは得意げに、二個目の餃子に箸を伸ばした。





 ここで解説しよう。


 常盤マリーの特殊体質を。




 彼女の異能は、『熱の急速吸収と急速放射』である。




 常盤マリーは摂取した熱量を即座に代謝し、生命活動に余分な量のエネルギーを体外に放射することができるのだ。


 これは、いくら食べても太りにくい体質などと、簡単に片づけられるものではない。


 彼女の能力の真の恐ろしい所は、この代謝能力を、口から胃までのすべての消化器官の細胞が有している点である。


 先ほどの熱々鉄板餃子を例にとろう。


常人ならば、餃子が胃に到達してからようやく分解、そして腸に到達して吸収が始まる。


だが、常盤マリーの場合は違う。


口に入れた瞬間から、熱量を体内に吸収し、すぐさま体外に放散できる。


すなわち、口で餃子を吸収してしまうのだ!


いわば全身が胃腸!


常盤マリーは全身が胃腸なのだ!!!


 

 また、この能力を使用すると、体外に熱が放射される。あまりの熱さに、周囲の観客は大汗をかくし、隣の対戦相手などは露骨に体力を奪われる。


 自身だけでなく、他人にも影響を与える恐ろしい能力である。


 そうして、ついた名が、『烈火のマリー』。


 これが、新時代の大食いファイターである。






 鉄板を空にした常盤マリーのもとに、次の料理が届く。


『激辛!マーボー豆腐』


 舌なめずりをする常盤マリー。彼女の大好物だった。


 レンゲを持った彼女は、意気揚々と皿を持ち上げ、一人前の麻婆豆腐をあっというまに平らげる。


 間髪いれずに出てきた三品目は『とろとろ天津飯』。半熟卵の美しいメニューではあるが、侮るなかれ、餡は熱をこめる性質がある。急いで食べれば、あちちのち!


 なのだが、常盤マリーにとってはまったくの無問題。モーマンタイ!オールライト! 

 躊躇を知らぬレンゲの舞!一分もかからず、これも平らげる!


 まさに快進撃である!



 観戦していた老人がたちあがる。


「これ以上は見ても無駄じゃ。家に帰って相撲でも見るとするかの」


 バイトの青年は、悔しそうに老人を睨む。


「どうした?貴様が応援していたのは、おなごのほうではなかったのか?」


 不思議そうにする老人に、青年は内心毒づいた。


(あんただってわかってるんだろ!この部屋!マリーちゃんの発する熱でサウナみたいに熱いんだよ!あんたは帰れるけど俺はバイト終了時間まで帰れないし!あーもう!)


 青年は、老人を見送り、独りピッチャーの水を浴びるように飲んだ。





いつのまにか、時計の針は一時間を経過しようとしていた。


 積み上げられた常盤マリーの皿は、崩れかけのジェンガのごとく、ぐらぐらに立搭している。食べた量は成人男性の二日分に迫るだろう。


 対して、名も明かさぬ謎の少年は……。


 いままで脇目も降らず喰い漁っていた常盤マリーが、顔をあげる。少年の様子を見て、はあ、とため息をだす。


「……あと二時間もあるわ。降参するなら、いまのうちよ?」


「へっ、俺はスロースターターなんだよ」


 少年は苦しそうに顔をゆがめていた。


 彼の傍らに積まれた皿は、わずか五皿。一般人の食事量としては多いほうだが、常盤マリーの半分にも満たない。


「……そう、ま無理はしないことね」


 過剰な情けは、戦士には侮辱となる。常盤マリーは再び自らの皿に戻った。


 横目に、苦しそうにレンゲを振るう少年の姿を映しながら。



 だが、それからさらに一時間半が経過。勝負時間残り三十分と迫ったとき。


 常盤マリーには限界が迫っていた。

 

 彼女の能力『烈火』は、カロリーを必要以上に吸収しない能力であるが、それでも少しずつ摂取したエネルギーはからだに溜まっていく。


 ゆえに、短期決戦ならともかく、このような長期決戦においては、蓄積されたカロリーが、「おなかいっぱい」を誘発するのである。


ここで常盤がはじめて、コップの水を飲む。


そして、重たくなった手を休め、苦しそうに息を吐いたのに対し……。


 少年は、いまだペースを落とすことなく、中華を喰らっていた!


 『シャキシャキチンジャオロース』の最後のピーマンを口に入れたとき、少年と常盤マリーの皿の数が並んだ。


 ごとん、と皿を置く少年。やんちゃにも、口元にはソースがついていた。


「どうだ、俺だって、やれるだろ?」


「…………やるね」


 常盤と同様に、少年も苦しそうではあった。満腹中枢はびんびんに刺激されているはずだった。


 それなのに、少年は新たに運ばれてきた『ながっ!ロング春巻き』を半分に箸で割ると、ゆっくりと、だが確かにしっかりと口にいれた。その表情は、春巻きの美味を感知して、微笑むくらいに余裕もあった。


 常盤マリーも、春巻きを箸で持ち上げようとするが、皿から春巻きが離れない。まるで接着剤でくっついたかのように、春巻きは動かなかった。


「くっ……!」


 悔しそうにうつむく常盤マリー。ばりぼり、と春巻きを粗食する音が隣から聞こえ、彼女はおおいに傷ついた。


 自分はなんて無力なのだと!




 そして、そのまま少年の独走状態が続き……、三時間が経過した。


 常盤マリー、新満願全席 二十八皿完食。


 少年、新満願全席 三十四皿完食。


 大将が勝敗を発表する。


「勝者は、武者小路コウジくんだ」


 少年は立ち上がると、うなだれる常盤マリーに、礼を言った。


「ありがとな、楽しかったぜ!また機会があったら、戦ろうぜ!」


 そうして、謎の少年、武者小路コウジは 中華料理『覇王』から去っていった……。

 戦いが終わり、残されたのは大量の皿と、敗者の少女、そして熱さでぐったりしたバイトの青年のみ……。


 大将は、皿を洗い桶に入れ始めた。


 水の音を聞きながら、カウンターに顔をつっぷした常盤マリーは敗因を分析する。


「中華はあたたかい料理が多い。メニューで言えば、私に優利な勝負だったはずなのよ」


 べとべとに油の染み込んだカウンターに、悔し涙が落ちる。


「でも……大食いでは、私はまだまだだった……!いままで早食いで勝利してきて、調子に乗ってしまっていたのよ……!」


 少女は自らの驕りに気が付いたのだ。ちなみに、今回の勝負で出た料理はすべて大将のおごりである。


「ちからが、足りない……!私は、弱い!」


「…………」


 コトン。


 涙を流す少女に、大将はデザートとして杏仁豆腐を差し出した。


「……ぐすっ……ありがと」


 泣いた子どもも黙る、覇王の『あま~い!杏仁豆腐』。


 デザートはベツバラである。



 

「ナニモノなのよ、あいつは」


 頭におしぼりを当てて、からだを冷やすマリー。勝負を終えた肉体は火照っていた。


 後片付けをしながら、大将は答える。


「裏のフードファイターだ」


「裏の……?」


 疑わしそうに聞き返すマリー。しかし、大将はいたって真面目だった。


「この世界には、テレビで活躍するタレントだけじゃなく、裏の世界で駆け馬としてフードファイトを行うやつらがいる。あいつは裏で賞金稼ぎをして生きている地下ファイターだ」


 固唾をのむマリー。彼女には想像もつかない世界であった。


「あいつは、今回の勝負で、裏のフードファイターならだれでも使えるような基本技術しか使わなかった。マリー、それでも技術的鍛錬を怠ったお前には十分に強敵だったはずだ」


 大将の言葉を噛みしめるマリー。


「料理だけじゃない、技術を吸収してこそのフードファイターってことね……。能力に頼りっきりの私に、それを教えてくれようとしたのね、大将……」


寡黙な大将は厳かに頷く。


 少女はおしぼりを額から取ると、深呼吸した。昔馴染みの店内の臭いがからだ中にいきわたり、それは英気へと変わった。


 この店の思い出だけは、放射しない、と心に刻み。


 常盤マリーは、カウンターから立ち上がる。


「大将。私、やっぱり都会に出るわ。そして、いまより強くなってみせるから」


 彼女の眼は燃えていた。『烈火のマリー』の名に恥じない、灼熱の炎である。


 その眼を見た大将は、一瞬おだやかな表情を浮かべると、背を向けて皿洗いに戻った。


「……ああ、楽しみにしているぞ」


「じゃあね……!ごちそうさま!」


 常盤マリーは、少年のあとを追って、店を飛び出した。


 おなかいっぱいだったので、杏仁豆腐を二口ぶん残して……。




新時代フードファイトストーリー、ここに開幕……!




杏仁豆腐の残りは、大将が食べました。

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