開幕、フードファイト!
フードファイターってかっこいいよね!でも本作は嘘ばかり書く予定なので絶対にマネしないでね!
寒風吹きすさぶ秋の日。人通りの少ない寂れた商店街をひとりの少年が歩いていた。
不景気のあおりと郊外のショッピングセンター建設を受けて活気のなくなった商店街。シャッター通りのなか、お昼どきだというのに、開いている店はごくわずか。
少年は、薄汚れた赤い看板を掲げた店のまえで、ピタリと足を止める。
「……へっ、ここか」
口元を歪める少年。
彼は引き戸に手をかけた。
伝説の幕あけである。
人口減少著しいこの街において、若者の存在は貴重である。ランドセルを背負うだけで、老人たちのあいだでは、立派なアイドルになれる。
若き力は、それだけで宝。だが、そのなかでも、ひときわ存在感を誇る少女がいた。
常盤マリー。
今年で十五になる小柄な少女である。
小動物のような体躯に惑わされることなかれ。
彼女の特技はもはや異能の域である。
二年前、十三歳のとき、常盤は腕自慢の屈強な男を、ものの五分でくだした。
一年前、十四歳のとき、常盤は最強の一角、四天王のひとりに辛勝した。
そして、半年前、常盤は引退したとはいえ、かつての全国チャンピオンに競り勝った。
もはや常盤マリーの器はこの小さな町に収まるものではない。高校進学を機に、彼女は都会へ出ることを決めた。
街の者たちは、故郷を背負い旅立つ彼女を、激励した。みなが彼女のいっそうの活躍を確信していたのである。
ただひとりを除いては……。
中華食堂『覇王』。
険しい顔をして鉄鍋を振るう男がいた。
「六番、チャーハンお待ち」
渋い声とともに出されるチャーハン。魅惑的な湯気が立ち上る。
彼は、この店の店主。あらゆる中華に通ずる鉄人である。
頑固一徹で融通の利かない性格で昔ながらの職人気質。人付き合いに難があるため、妻と葉数年前に離婚したが、しかし料理の腕前は本物。
現にチャーハンをすくったレンゲを口にいれた客の老人は、笑顔でコメ一粒一粒を味わった。客の様子から、満足のいく仕事を完遂したことを確認した店主は、ふっと笑ってふたたび鉄鍋を握る。
だが、常盤マリーはつまらなそうに溜息をついた。
「しょうもないとは思わないの?こんな街でくすぶっててさ。なんなら大将も私といっしょに都会に出ない?」
「……あいにくだが、遠慮しておく。そもそも俺はおまえが都会に出ることに反対だ」
店主は常盤からの誘いを断る。振られた常盤は、ふんと鼻を鳴らした。
常盤マリーは覇王の昔からの常連客であった。常盤のからだの二十パーセント超は覇王の中華でできている。また、彼女の異能の原点はここにあるともいえる。
「いいわよ、いまに見てなさい。すぐに『烈火のマリー』の名を認めさせてやるんだから」
「…………」
店主は無言で鉄鍋を振るう。
ふたりは親子より親密な、客と店主の間柄であった。ゆえに店主は常盤の『甘さ』に気づいていた。
だが、それに気づくのは自分自身でなければならない。他人から指摘されて直すのでは効果が薄い。
店主はこう思っていた。
常盤マリーには、敗北が必要だと。
そこで、店主は古い知り合いのツテをたどり、刺客を用意した。
常盤マリーに、勝てる、最強の刺客を、今日ここに呼んだのである。
快活な声とともに、引き戸が開く。
「よう!来たぜ!じいちゃんの知り合いってあんたか?」
常盤マリーはおもむろに視線をむけると、入口に立っていたのは、彼女と同じくらいの歳ごろの少年であった。冬も近いというのに、Tシャツと短パンの肌寒そうな恰好。見ない顔である。この町の住人ではなさそうだった。
店主は皿にチンジャオロースを盛り付けてから、顔をあげる。
「……来たか。まあ、座ってくれ。すぐに舞台を用意する」
少年は、おうよ、と応じると常盤マリーのとなりのカウンター席に座る。そしてバイトに出された水をくいっとひとくち飲むと、常盤に話しかけた。
「へへっ、べとべとしてるな、このテーブル。うまい中華屋の証だ」
常盤マリーは無愛想に、しかしわずかに自慢げに頷く。
「あたりまえよ。この街一番、いえここは日本一の中華屋よ」
少年は楽しそうにほほ笑む。
「へえーそいつは楽しみだ。おすすめは?」
「それは無粋な質問ね。ここはなんだって美味しいわ。あなたの腹の虫に従えば、幸福を享受することができるはずよ」
「そうかい、それじゃあ……」
「待ちな」
店主が遮る。常盤は怪訝そうに店主を見る。
「どうしたの?」
「悪いが今日は、俺に従ってもらう。マリー、お前もだ」
「……?」
いつにない真剣な声色に、常盤は不思議がった。
店主はバイトに命じて暖簾を下ろさせる。
「なに?もう店じまい?わたしまだなにも食べてないんだけど……」
店主は当たり前だ、と額のタオルを締めなおす。
「お前らふたりの戦いに巻き込まれたら、死人がでかねんからな……」
嵐が近づいていた。
フードファイトとは、人間の限界にせまる超人スポーツである。
人間の三大欲求がひとつ、食欲。ひとは時にこれに支配されて身を亡ぼす。
だが、そんな食欲を溢れんばかりの神秘の渇望へと昇華し、肉体も精神に呼応して進化させた超人たち。
ひとはそれを、フードファイターと呼ぶ。
『烈火のマリー』こと、常盤マリーもフードファイターのひとりである。
彼女は、この三年、覇王に訪れた全国の強敵たちを相手に、フードファイトで勝利を収めてきた。そうして得た二つ名が『烈火のマリー』。それは後述する彼女の独特のスタイルに由来する。
本日、それに対するは、覇王の店主が呼んだ謎の少年。ファイトスタイル、経歴、一切不明。その実力、未知数。
チャーハンを食べ終わった老人は、バイトの青年とともに端のテーブル席に座り、戦いが始まるのを待っていた。
「のう、わかいの。貴様はどっちが勝つと思う?」
老人がバイトの青年に語り掛ける。青年は腕を組んで考える。
「そう、ですね。今回もマリーちゃんの勝利は揺るがないと思いますよ」
バイトの青年はこの店で働きながら、なんども常盤マリーの勝負を見てきた。彼女の実力の高さをもっともよく知る人物のひとりなのだ。彼は常盤を信じていた。
同じく、この常連の老人も何度も戦いに立ち会っていた。だが、青年とは違った評価を下した。
「マリーは、いままで下馬評をなんどもくつがえしてきた。前情報など、当てにならんよ」
「…………」
なら聞くなよ、と青年は拳を固める。だがアンガーマネジメントを極めている青年は、数秒で怒りを落ち着け、静かに戦いの火ぶたが切られるのを待った。
店主はカウンターに座るふたりの戦士にルールを告げる。
「今回の勝負はシンプルな大食い対決だ。お前らには、俺の編成した新、満漢全席を食べてもらう。制限時間は三時間。より多くのメニューを食べたほうが勝ちとする」
「「新、満漢全席!?」」
少年と常盤マリーは声をそろえて、聞き返す。
後方でバイトの青年は、はっとする。
「そういえば聞いたことがある……店長は、昔から自分の編成した最強の中華フルコース、新しい満漢全席を作ることを目指していると……!ついに完成していたのか」
老人はほう、と感心する。
「あの男、そんなものを作っていたのか。ただの中華屋ではないと思っていたが…」
店主は厨房に立って用意をしながら言った。
「すでに下ごしらえはできている。料理を出すのが遅くてお前らのペースを崩してしまうというこちらのミスは決して起こさないことを約束しよう。最初の一品を両者に出した瞬間から勝負開始だ。しばし待て」
カウンターで静かに待っていた両者だったが、少年が沈黙を破る。
「…………。あんた、強いらしいな」
常盤マリーは片目を開けて返事をする。
「まあね。私もあなたがナニモノなのか知らないけど、勝負ならば倒させてもらうわ。悪く思わないでね」
挑発的な態度に、少年は楽しそうに笑う。
「ああ、望むところだぜ。俺も高ぶってきたぜ」
数分後、一品目、『熱々鉄板餃子』をふたりの前に出す店主。
その瞬間、戦士たちは箸を手に取って……!
戦いが始まった!!!
たぶん数話以内に完結します。