独立と外交(4)
フレニオン通信パネルに投影された相手は禿頭の初老。しかし、衰えよりは覇気を感じさせる瞳をしている。決して与しやすくはなかろうとトルメア・アディドは思う。
「驚きましたぞ、政府広報用の意見箱に貴女のお名前でメールが入っていたと聞いた時は。確認に手間取りました」
確かに差出人は彼女だ。
「仕方ありませんわ、ノイスマー首相。わたくしは貴国への外交ラインを持っていませんもの」
「そうですな。終戦以降、我が国バファレントとゼフォーンは繋がりを断っておりましたからな」
「不幸な事実です」
微笑みを絶やさずトルメアは認めた。
「急な申し出にお時間をくださり、感謝しております」
「無視するわけにもまいりますまい。それで、どういったご用向きですかな? 敗戦時の強制的な措置とはいえ、あの不平等な同盟条約は両国の合意の元破棄されたはずですが、まさか履行を求められるのではありませんでしょうな」
「もちろんですわ。既に破棄された条約の履行を求めるなど、国際社会の非難を免れないような強引な申し出はいたしません」
三星連盟支配下で結ばれていた各国間の同盟条約は、ゴート軌道上で行われた講和条約で破棄を宣言させられている。ゴートの惨状を眺めながらの条約締結はかなり強制力を伴っていただろう。
締結を迫るゼムナ、アルミナ、ガルドワの三者は、ゴート、ゼフォーン、バルキュラの代表三者から支配の根拠となる各種条約を全て破棄させ、三星連盟の時代を終わりに導いた。それがのちにゴート講和条約と呼ばれる六者会談の結果である。
「ですが、ゼフォーンは力を取り戻しているというのは常識に変わりつつありましてな、警戒しないわけにはいかないのですよ」
多少の誇張は混ざっていようが、注意しているのは本当だろう。
「まさか。現状、公的には独立も認められておりませんのに?」
「アルミナはゼフォーンの独立を認めておりましょう。ただ、倫理統制を敷いているだけで」
「かの国の思惑を議論しても詮無いこと。ですが、ゼフォーン臨時政府は自立の道を歩みたいと考えております。まずはジャンプグリッドで繋がる隣国のご協力を仰ぎたいと願っての申し入れです」
距離よりは、ワームホールで繋がっているかどうかが重要なのは人類圏の常識である。
「支援をお求めでしたか」
カーク・ノイスマーの面持ちには変化が見える。
「お気持ちは分かります。私とてゴート講和条約の範疇と言えるのかどうか怪しいアルミナの矯正統治の是非は微妙だと思っておりますとも。ですが、ゼフォーンが以前の力を取り戻した時、連盟時代の再来とならないか懸念もしておるのですよ。ならば力を削ぎ続けるアルミナの措置を一概に否定するのもどうかと」
「お察しします」
言外に怖ろしい相手の手助けはできないと言ってくる。
「意図の読めない相手のすることなど予想もできませんものね。不用意な行動などできないお立場。なので、わたくしたちはこれから姿勢で示していかねばならないと思っておりますのよ?」
「もしや、大国アルミナを自力で撃退した武力を我が国にも示されようと?」
「いいえ、求めているのは普通の外交です。国交正常化の申し入れですの」
すぐには返事がない。相手は迷いと混乱の中にいるのだろう。トルメアの申し出の先に何があるのか読めないのだ。
「同盟……、ですか? アルミナの圧力に対抗するために」
自国の利を考える人間は、相手も同じだと思うものだ。
「それは嬉しいお話ですけど、いきなりは無理でございましょう? まずは交易からお願いできませんでしょうか」
「交易とは? 貴国はほとんど外貨をお持ちではないでしょう?」
「恥ずかしながらおっしゃる通りですわ。ですからまずは買っていただけませんか?」
納得の色が僅かに浮かぶ。経済立て直しは力を取り戻すには必要な手順だ。
「困難な状況でしょうに、我が国にとって魅力と感じられるものが有ればよいのですが」
「有りますのよ。アルミナ統制下でわたくしたちが作ってきていた物。特に贅沢品に分類される食料品の類ですわね。利ザヤの大きい」
「……ほうほう!」
露骨に顔色が変わった。
中間マージンも大きな贅沢品はそう大量に流通するものではない。しかし、取扱量が少なくとも単価が高ければ経済効果は大きいのだ。経済は活性化する。
「大国アルミナが求めていた品質の物。お気に召していただけると思いますが」
トルメアの視線に狡猾な色が灯る。
「確かに。それは立派な交易品ですとも。それを我が国に輸出していただけると?」
「良いお返事を期待しております。もっとも、これから他の隣国の方々ともお話しせねばなりません。取扱量にも限りがございますので、お売りできなくなった時はご容赦ください」
「ううむ……」
早い者勝ちだとけしかける。
「他に輸出できるものといえば軍事技術くらいしかございませんのよ。アルミナを撃退できたのはそれのお陰ですので」
「そ、それも交易の対象品だとおっしゃるのか!?」
大国に抗し得る力を目の前にぶら下げられたノイスマーは息を飲んでいる。目の前にいる女性の後ろにあるのは、がれきの山だと思っていたのが宝の山だったのだ。
「特使を派遣するのでお話を伺えませんでしょうか? 今後は貴国とも良い関係を築いていきたいと欲しております」
「感謝いたしますわ。本来はこちらからと申し上げたいところですけれど、困窮しているのは人的資源なものですので」
トルメアは少し本音をチラつかせておいた。
次回 「あなたの期待には応えられませんか」




