アルミナ侵攻(11)
「何考えてやがる。エムストリっつったらまだチビじゃねえか」
記憶の中の王子の姿はほんの子供のそれだ。
「ええ、記録上も進宙歴488年生まれになっているわね」
「えっと、前に中継で見た時は九歳でいらしたから、今は十一歳になられたのかな? どっちにしてもまだ表舞台で発言するお年じゃないかも」
フィーナは自分も大差ないのは棚に上げている。
そんな子供を戦場に引き摺り出す意図が知れない。本星のアルミナ軍と当たるのは初めてだ。侮られているとしか思えない。
(公にしてねえってことは戦意高揚のための王族観戦か。まったく、どこぞのおっさんじゃねえが、チビを戦場に連れてきてどうする。トラウマになっちまうぞ、次期国王がよ)
王子は好んで親征してくるようなタイプじゃなく、普通の子供に見えた記憶しかない。
「ちっ! フィーナ、探せ、キングスフォートレスだ」
厄介でも気になるのは事実である。王子の前とあっては、この敵も退かない可能性が出てきた。
「あの豪華な戦艦だね。後ろのほうだと思うけど……、あ、はい。ありがとうございます。正確な位置をもらったから送るよ」
「これか。深いな。なんつー面倒なことやってくれやがる」
観測員から受け取ったデータが転送されてくる。
大勢は決した戦闘宙域からパシュランは単機飛び出していった。
◇ ◇ ◇
見るからに戦況は芳しくない。艦橋内でも隠しようもない怒号が飛び交い始めている。自身がその一因でしかないのが心苦しくて仕方なく、エムストリはだんだんと視線が下がってきてしまう。
「失礼いたします、殿下」
お付きの女性兵がヘルメットを被らせる。
「御心配には及びませんが、万一のことがあってもいけません。どうかご容赦お願いします」
スキンスーツと接続すると微かな作動音とともに生命維持装置が稼働を始めた。
無理して微笑みを送るも内心は不安で仕方がない。速まった動悸を感じ取られてしまったかもしれないが、取り繕う余裕もなかった。
(ゼフォーンの叛乱軍がここまで入り込んでくることはないだろうけど、もしかしたら敗戦するかもしれないな。ここは恥を忍んで速やかな撤退を命じるべきなのかもしれない)
ガラントの言う通りなら彼の命令も或る程度は効果を発揮するだろうし、何より退くに退けない状況に言い訳ができる。
「どこまで侵入されてる!」
口を開こうと迷ったところで艦長の怒号が響き渡った。
「さっさと追い払え!」
「ですが、あれはっ……、あの銀色のアームドスキンはおそらく剣王の機体です! 帰還兵たちが『銀色の死神』と怖れている敵ですよ!」
「そんなごたくはどうでもいい! 艦隊深くまで入れるなと言っているのが聞こえんのか!」
(剣王? あのガラントが敵ながら敬意を持てると言った少年兵のこと?)
恐怖を一瞬忘れて王子は窓外を見渡す。逐次離れていっている直掩機が火球に変わっていく宙域に銀光が走っている。
(あれが剣王。駄目だ。全然敵わないじゃないか。このままじゃ皆死んでしまうよ)
意を決して立ち上がって声を上げようとするが、意思に反して膝が体重を支えてくれない。身体のほうは怯え切っているのだと思い知らされた。
「に、逃げよう。何でもいいから早く! ああっ!」
その瞬間、キングスフォートレスの艦橋の前までやってきた重厚なシルエットを持つアームドスキンが覗き込んできた。バイザーのスリットの奥で輝くカメラアイに貫かれたような感覚がエムストリの身体を走る。
「撃ち墜とせ!」
「無理です、この位置では!」
(なんだ……。ぼくはここで死ぬんだ。まさかいくら何でもそんなことは起こらないと思っていたけど、こんなに簡単に生き死には決まってしまうんだ)
自分の中で何かが崩れ落ちるような思いに捉われてしまった。
背後からの突きを払いのけながら銀色の敵は振り返る。15mを超えるのではないかという薄黄色い刃が宇宙を刻むたびに味方機が戦闘不能に陥っていく。エムストリの鎧はいとも簡単に剥ぎ取られていっていた。
「あ……!」
旋回した剣王機の刃が艦橋を薙ぐ。彼は死の瞬間を固く目を瞑って待った。
身体が浮く感覚に再び目を開くと、窓が斬り裂かれて大きく口を開き、そこから空気が吸い出されていく。王子の軽い身体は、女性兵が必至に押さえようとするも叶わず、真空へと引かれていった。
自分の悲鳴を聞きながら助けを求めて手を伸ばすが、シートに固定された兵士たちの手は届かない。ところが裂け目へ達する前に背中が壁のような物にぶつかって止まる。直径が十数cmはあろうかという銀色の指が彼の身体を包み込んだ。
(え? ええっ!)
ハッチが開き、その中の操縦殻のプロテクタが跳ね上がると、中にパイロットシートに座る男の姿が見える。鋭い目と僅かに垂れたオレンジ色の髪が目に飛び込んできた。
(捕まった!)
乱暴にコクピット内に放り込まれると、適当に床に転がされる。
震えながらモニターを見上げれば、キングスフォートレスはあっという間に小さくなって遠ざかっていった。
(捕虜になった。ぼくはこれからひどい目に遭わされるんだ。もしかしたら王族として公開で処刑されるのかも)
絶望に涙がにじんで、嗚咽が漏れそうになる。
様々な思いが去来しているうちに、いつの間にか周囲の光景はどこかの艦内に変わっている。剣王に抱え上げられたエムストリは、怯えながら周囲を窺った。
「ぼくを殺すの?」
半ば諦めながら思いを口にする。
「ああ? 何言ってやがる。あんな心細くて泣きそうにしてるチビを殺すかよ」
「え?」
ヘルメットを脱いでシートに放り出した剣王は彼のヘルメットも外す。そして頭に手を置くと軽く撫でた。
「しんどかったか?」
その瞬間に感情が決壊し、剣王の身体に縋り付いて泣き叫んでいた。
次は第十一話「伝説の到来」
次回更新は『ゼムナ戦記 神話の時代』第十一話「破壊神の秘密」です。




