30本目
俺は進化した肉壁改め翠と共に大森林へとやって来た。
まず、最初に確認しておかなければならないのは進化した翠の乗り心地だ。
命令して翠に伏せをさせると以前より、さらに一回り大きくなった背中に跨がる。
毛並みも良くなっている気がする。剥げば、良い防具の素材になりそうだ。
翠の躯自体が大きくなっているので視界は広がり、良好で座り心地も悪くない。
まずまずな仕事ぶりだ。
翠に跨がり、準備が整えば後は命令するのみ。
「翠、駆け回れ!」
「ガウッ!」
俺の掛け声に反応した翠は木々の間を颯爽と駆け抜ける。
進化前よりも遥かに軽やかな足取り。まるで中古の軽トラから高級なセダンに乗り替えたようだ。
サスペンションがまるで違う。
「翠、もっとだ!飛ばせるだけ飛ばせ!」
「ガウッ!」
森の中なのに驚異的なスピードで駆け抜けていく。
高ステータスの俺でなければ、軽く振り落とされているだろう。
しかも、驚くことに風圧を感じさせない。どうやら翠が風魔法を使用して自身のスピードを上げつつ、俺への空気抵抗をなくしているようだ。
少し会わないうちに気遣いが出来るようになったようだがよくペットは飼い主に似るというからこれくらい出来て当たり前か。
乗り心地も悪くない。後は走りながらでも戦闘が出来るかどうかだ。
大森林の中を適当に流すように命令しながら目についたモンスターを襲わせる。
まずはふらふらと森の中にいたオークの横を駆け抜け、その際に翠が風の爪を発動させて、オークを輪切りに切り裂いていく。
他にも風を躯に纏わせての突進に風魔法で強化した噛み付き攻撃など、接近戦は悪くない。
次は少し距離があったが翠は口から風弾を放ち、オークの体に風穴を空けていた。
普通の風魔法自体も中級までなら使えるようだ。
ここまできたら、むしろどこまで出来るのか確認せねばなるまい。
「翠っ!限界突発だぁー!」
「ワァ~オオォン!!」
ノリも以前より良くなってやがるぜ。
最大風力で風を纏うと立ちはだかる木々など、目もくれず全てを薙ぎ倒して、直進して行く。
「いいぞっ!翠。もっとだ!」
「ガウッ!」
しかし、こんなにも絶好調な俺達に水を差すように矢が飛来する。
さいわい、翠が纏っていた風のおかげで矢は逸れて、直撃は免れたが俺達の楽しい破壊行動は遮られてしまった。
「貴様ら、止まれっ!」
前方に立つ大樹の枝の上から威圧的な声が響く。
脚を止められた俺達は未だに威圧感を放ち続ける人物を見上げる。
そいつは金髪に整った顔立ち。成人男性の標準よりも華奢な体格。何よりも特徴的な先が尖った耳をしていた。
そう、こいつはエルフである。
「ここより先はエルフの領域である!ただちに人族は立ち去れっ!」
そこで俺は思い出す。
この大森林の奥地にはエルフの里が存在し、常にオーク共から侵略を受けている設定だったことを。
どうやら、翠の調子が良くて奥まで来てしまったようだ。
俺は攻撃を受けて威嚇する翠に無言で引き返すぞと首の後の毛を引っ張り、向きを変えさせてゆっくりと引き返す。
途中、翠が振り返り俺の顔を見ながら、「ご主人様、このまま大人しく帰るんですか?らしくないです。さては変な物でも食べたんですか?もしくは自分が走っている時に枝で頭でもぶつけたんですか?」みたいな顔をしている。
「翠、いいんだ。『今は』大人しく帰ろう」と黒い笑みを浮かべながら、戻るように諭す。
後、お前最後の言葉は余計だからな。覚えておけよ。
◇
城砦都市に戻った俺達は大通りから一本外れた裏通りを歩いていた。
先程、森でエルフに遭遇したことにより、イベントフラグが立ったので回収しに来ているのだ。
裏通りを歩くこと数分、お目当ての人物を見つけた。
その人物はフードをかぶり、今まさに3人の荒くれ者達に絡まれようとしていた。
「よう、ねぇーちゃんよ。チラッとフードの中が見えたんだがスゲェ美人じゃねーか!俺達とこれから楽しいことしねぇか?」
3人の男共はゲスな笑みを浮かべながら、フードの人物を取り囲む。
「翠、行けっ!」
俺の掛け声で待ってましたと言わんばかりに飛び出した翠はあっという間に悪漢共を制圧する。
「お姉さん、おケガはありませんか?」
「は、はい。おかげさまで大丈夫です」
「それは良かった。もし、よろしければ道案内でもしましょうか?」
さっきから翠が荒くれ者の頭をくわえたまま、振り回しており、視界に入って邪魔だ。
「いえ、それよりもあなたの実力を見込んでお願いしたいことがあるんです」
そう言うと彼女はフードを取り、顔を晒す。
金髪のストレートなロングヘアにエメラルドの様な碧色の瞳に先が尖った耳。
まさに美人といった顔立ちに控えめ過ぎる胸の膨らみ。
間違いなく、Aカップだ。
これぞ、ザ・美女エルフである。
俺は普段通り、いつもの紳士的な態度で彼女の話を真剣に聞く。
「お願いです。エルフの里を助けてください」
「わかりました。俺でよければ、麗しいあなたの力になりましょう」
「ありがとうございます」
俺達の話が終わる頃には翠も飽きたのか、荒くれ者達は道端にボロ雑巾の様に放置されている。ちょっと、濡れているのは翠に小便をかけられたのだろう。
「ついては間もなく、陽も暮れるので宿でゆっくりと詳しい話でもしましょう」
「えっ!?でもまだ、昼を回ったくらいでは?」
「人族の街では陽が暮れるのが早いのです」
「そ、そうなのですか?」
「ええ、そうなのです。その辺の常識も教えて差し上げましょう」
「ありがとうございます。何分、里から初めて出たもので」
「では参りましょうか」
「はい」
彼女の腰に優しく腕をまわすと、俺が泊まる高級宿に向かいエスコートするのであった。




