Part3 ドラマの銃声の理想と現実を比較してみた+飯テロ小説が面白くない理由の現実
銃声に関する話二つと飯テロ小説の話一つの合計三つです
・サプレッサー付きリボルバー
古今東西サプレッサー付きリボルバーで有名な物と云えばナガンM1895を置いて他にないが、ドラマの影響かサプレッサーをつけたコルトパイソンが存在すると思われがち。
シリンダーギャップから音が漏れるからナガンリボルバーを除き大概のリボルバーは消音効果は得られないよ。
・理想
スミス・アンド・ウェッソンM29―― 一般的に.44マグナム弾を利用する大口径大火力の筆頭と呼ばれたこともあるリボルバーだ。
だがしかしそのリボルバーは少しおかしかった。何となれば、そのマズルには本来付けられないはずの棒状の物が付いていた。
棒状の物の太さは余裕で本体と同じかそれを上回り、先端部には穴があいている。内部には空洞があいていて、其れを視認できる限りにおいて無数の部屋に区切っている。
そう、これは所謂サプレッサー、サイレンサーと呼ばれる物だ。サイレンサーとサプレッサーの名称はどちらが正しくどちらが間違っているのかの論争などは銃に詳しくない人間にまで知れ渡るほど有名だがここで論ずることではないため一つ結論だけ述べるがどちらも正しい。
サプレッサーとはワイプやバッフルと呼ばれる空気室を多数設けることで内部に燃焼ガスを逃がし、マズル先端から射出された際に其の圧力を減退させ、銃声の中で特に指向性のある高音域を抑制する装置のことを言う。つまり発射音のうち大半を占める高音域を取り除くことで銃声を隠蔽することが目的なのである。
これらの概要だけを聞けば完全に銃声を消すことが出来ると誤解されるものであるが、低音は全く抑制されないため、銃声は結果的に9×19mmFMJ弾でも最高グレードのサプレッサーを使用した際には隣室で同時に十個分のクラッカーを鳴らしたのと同じくらいの大音量となる。
そんな代物が、M29のような大口径回転式拳銃に取り付けられているのには理由がある。
射手である彼の職業は殺し屋だった。出来る限り惨たらしい殺し方を依頼された彼はM29を用意し、ターゲットが車に乗るのと同時に銃撃を加えるという、ニュースなどで確認しやすく目に見えて分かり易い惨たらしい殺し方にすることに決めたのだ。安直ではあるが。
そんな彼は空調の利いた車(左ハンドルの外車)に乗り込み数十分、餃子屋から出てくる男を視界に収めるとサイドポケットから紙袋に入れられたM29を取り出し、シリンダーをスイングオープンさせるとレンコンのように穴のあいた部分に弾丸を一発一発込めて行った。
スピードローダーで手早く済ませるという方法もあったが、まだスピードロード・スピードリロードの求められる状況でもないため、彼は余裕を以て弾丸を込め続けた。
漸くターゲットがその豊満な腹を微妙に揺らしながら車にたどり着いたとき、彼は何時でも撃てるようにサプレッサーの取り付けられたM29を左手に握り、運転席の窓を開けるためパワーウィンドウスイッチに掛ける手に徐々に力を込めて行く。
オランウータンのように器用にするりと車に入り鍵を取りだそうとして、おそらくスラックスの皺に潜り込んで取れなくなったのだろう。齷齪どうにかしようと奮闘しているところに合わせて、彼は車の窓を開け放ち、日本で一般的な右ハンドルに改装したのだろうフォルクスワーゲンのビートル一型の窓にサプレッサーの付いたM29を突き付けた。
呆けたように銃口を見つめるその瞳は、何ともおかしなものだった。恐らくインサートを取り外すか何かの加工をしたモデルガンだとでも思っているのだろう其の間抜け面のど真ん中に三発、等間隔かつ三角を描くように発射する。
乾いた、とても小さな音が三発分鳴ると車の中は一瞬で血塗れになったが、さらに三発続けざまに車のドア越しに.44マグナムの乱射が続くと、シートベルトで縛られた体が車の中で無様な踊りを繰り広げる。
全弾撃ち切り、続けてシリンダーをスイングアウトすると空薬莢をエジェクターロッドを押しこむことで排出。スピードローダーに装填された六発分をシリンダーに叩きこむように装填するとシリンダーを乱雑に片手でスイングインする。
残る六発分のうち五発を無作為に乱射し、最後の一発だけをエンジンに撃ちこんだことで、彼の依頼は達成された。
急いでアクセルを踏んでその場から立ち去れば、そろそろ200mは後方に去ったあの駐車場で爆発が起こった。これで、明日のニュースは大々的にこの事件を報じるだろう。
この後彼は別の殺し屋に殺された。
・現実
M29―― 一般的に.44マグナム弾を利用する大口径大火力の筆頭と呼ばれたこともあるリボルバーだ。
だがしかしそのリボルバーは少しおかしかった。何となれば、そのマズルには本来付けられないはずの棒状の物が付いていた。
棒状の物の太さは余裕で本体と同じかそれを上回り、先端部には穴があいている。内部には空洞があいていて、其れを複数の部屋に区切っている。そう、これは所謂サプレッサー、サイレンサーと呼ばれる物だ。サイレンサーとサプレッサーの名称はどちらが正しくどちらが間違っているのかの問題などは有名だがここで論ずることではないため一つ結論だけ述べるがどちらも正しい。
サプレッサーとはワイプやバッフルと呼ばれる空気室を多数設けることで内部に燃焼ガスを逃がし、マズル先端から射出された際に其の圧力を減退させ、銃声の中で特に指向性のある高音域を抑制する装置のことを言う。つまり発射音のうち大半を占める高音域を取り除くことで銃声を隠蔽することが目的なのである。
これらの概要だけを聞けば完全に銃声を消すことが出来ると誤解されるものであるが、低音は全く抑制されないため、銃声は結果的に9×19mmFMJ弾でも最高グレードのサプレッサーを使用した際には隣室で同時に十個分のクラッカーを鳴らしたのと同じくらいの大音量となる。
そんな代物が、M29のような大口径回転式拳銃に取り付けられているのには理由がある。
射手である彼の職業は殺し屋だった。出来る限り惨たらしい殺し方を依頼された彼はM29を用意し、ターゲットが車に乗るのと同時に銃撃を加えるという、ニュースなどで確認しやすく目に見えて分かり易い惨たらしい殺し方にすることに決めたのだ。安直ではあるが。
そんな彼は空調の利いた車(左ハンドルの外車)に乗り込み数十分、餃子屋から出てくる男を視界に収めるとサイドポケットから紙袋に入れられたM29を取り出し、シリンダーをスイングオープンさせるとレンコンのように穴のあいた部分に弾丸を一発一発込めて行った。
スピードローダーで手早く済ませるという方法もあったが、まだスピードロード・スピードリロードの求められる状況でもないため、彼は余裕を以て弾丸を込めた。
漸くターゲットがその豊満な腹を微妙に揺らしながら車にたどり着いたとき、彼は何時でも撃てるようにサプレッサーの取り付けられたM29を左手に握り、運転席の窓を開けるためパワーウィンドウスイッチに掛ける手に徐々に力を込めて行く。
オランウータンのように器用にするりと車に入り鍵を取りだそうとして、おそらくスラックスの皺に潜り込んで取れなくなったのだろう。齷齪どうにかしようと奮闘しているところに合わせて、彼は車の窓を開け放ち、日本では一般的な右ハンドルに改装したのだろうフォルクスワーゲンのビートル一型の窓にサプレッサーの付いたM29を突き付けた。
呆けたように銃口を見つめるその瞳は、何ともおかしなものだった。恐らくインサートを取り外すか何かの加工をしたモデルガンだとでも思っているのだろう其の間抜け面のど真ん中に三発、等間隔かつ三角を描くように発射する。
呆れ返るほどの大音量が、それこそ射手の耳を直撃するような大音声の三重奏が一瞬聴覚を奪い、割れた窓ガラスの向こうではシートベルトを引き延ばし切った死体がだらりと運転席から助手席にかけて凭れかかっていた。
続けざまに撃とうとしたが銃声を聞いたであろう一般人からの通報によるものか、パトカーのサイレンの音が鳴っていた。長居はできない。
残りの三発を撃ち切ると、キンキンと耳鳴りの痛い耳を毟り取りたい感情にいらつかされながらその場を後にするほかなかった。
彼の誤算は、それがサプレッサーに適合した銃ではなかったことだ。よくアニメやドラマなどではリボルバーでもサプレッサーを取り付ければ完全に音が消える風な演出をされることがあるが、其れは間違いだ。消音効果を望むなら自動式拳銃かナガンM1895のような特殊な銃を使うべきだったのだ。
ではそもそもなぜ自動拳銃にサプレッサーが有効かと云えば、その音のほとんどが銃口側から漏れ出ていることにある。
スライドを引き切ってから元に戻す際、スライドの切り掻きが弾倉に装填された第一弾を薬室に送り込み、発射後にはスライドに取り付けられたエキストラクターが薬莢を引っ張り、フレームに取り付けられたエジェクターが薬莢を排出する。つまり薬室は発射直後は完全に閉鎖されているのだ。
このため発射後にスライドが後退した際に微妙に薬室から音が鳴ることになるが、大概の場合気にするほどの音ではない場合がほとんどだ。この構造の為、自動式拳銃は(個体差はあるものの)サプレッサーとは比較的相性が良い。
リボルバーの弾倉は回転することで次弾を装填する。この回転部分と銃身部分には近寄ってみなければ分からないくらいに小さく隙間がある。この隙間のことをシリンダーギャップと云うのだが、この隙間からも発射炎や発射音が漏れ出てくるのだ。
では逆説的にリボルバーのシリンダーギャップをなくせばシリンダーギャップからの騒音が無くなると思われるかもしれないが、シリンダーギャップはシリンダーを回転させるために設けられた隙間である。この隙間を埋めるということはシリンダーが回転しないシングルショット化するということだ。
其処までの手間をかけるのであればコルトM1911にパックマイヤー社のドミネイターのような専門のパーツを組み合わせてシングルショットハンドガンに改造したり、タンフォリオ社のラプター(両者ともM1911系をカスタムしたシングルショット式ピストル)を購入する方が安上がりであるし、使用弾薬が増えるため効果的だ。
此処までを聞けば分かるだろうが、つまり回転式拳銃には原則としてサプレッサーは無意味である。
であれば全てのリボルバーがサプレッサー非対応かと云えば、一丁だけ適合した銃がある。
それは旧ソ連が1895年にモシン・ナガンで有名なナガン社で開発したリボルバー拳銃で、名前はナガンM1895という。
この銃は例外としてサプレッサーの装着を可能としているリボルバーであり、その理由は多岐にわたる。
ナガンM1895の特徴は当時としては時代遅れになってきていたソリッドフレームであったことと内部機構がリボルバーとしてはとても複雑だったこと、特殊な弾丸を使用することなどがあげられる。
この銃は発射の際にシリンダーを回転させる部分が前に出ることでシリンダーとバレルとの隙間を埋める。これを実現するために非常に細かい部品を多用したことで銃としての信頼性を落としながら、後述の弾丸と合わせることで効果を発揮するようになった。
通常こういった細かい部品は発射時の反動で折れたり曲がったりするリスクが付いてくる。特に最低気温がマイナス数十度にまで達するロシアの寒さでは生半可な大きさの金属パーツでは収縮して割れやすくなってしまうのだが、この銃は其れを無視して作られ、第二次世界大戦前まで生産が続けられた。
本来この銃は特殊な7.62mmナガン弾を使用する。通常の弾丸は弾頭部と薬莢部でセパレートが見えているのであるが、このナガン弾は薬莢が弾丸を覆い隠し、その先端に薄いキャップを備えている。
この非常に長い薬莢が発射の際にシリンダーごと押し出されるとシリンダーギャップを塞ぎ、発射時には熱でシールが剥がれると薬莢が外側に広がることで完全にシリンダーギャップを塞ぐことで発射時のエネルギーのほとんどを銃口側に局限する。これは弱装弾を効率的に運用するための機構であるが、これは音も銃口側に向かうということであり、この結果としてサプレッサーの使用を可能としたのだ。
こういった特殊な銃ならばリボルバーにもサプレッサーを取り付ける意味もあるが、S&W M29のような何の変哲もない大口径ダブルアクションリボルバーに付けたところで意味はない。
・実銃の音
ミステリーとかでよく『風船が割れる音と銃声が重なると聞こえない』といったシーンを見かけるが風船が割れる音と銃声(一般的には7.62×51mmと同口径の.308Winchesterなど、日本での入手性の高いもの)は明らかに違い、また風船の音の大きさと銃声では明らかに銃声のほうが大きい。具体的には130m先からでも銃声は聞こえる。風船の破裂音の最大飛翔距離は届きやすい環境を意図的に用意しても50~80mが精々。
・理想
フランス外人部隊に所属していたことのある警部補、呉石井 八九三、クレイジーヤクザ(以下CY)とも呼ばれる彼は猟銃免許を持つ屋敷の主を指さし糾弾するように全ての謎は解けたと告げた。
CY「私はフランス外人部隊に所属していたことがある。その従軍経験をもとに考えれば、あまりにも簡単だったよ。あんたは銃を発射するとき、あらかじめ二つから三つ用意した万力か何かでフレームを抑えていたのだろう。皮脂の痕とは別に検出された機械油やフレームの凹みは作業小屋にあった万力と一致するだろう。そしてターゲットである180番目の愛人には必ずその場に、つまり万力で固定された銃身の覗く先、照準点にピタリと重なる位置にいて貰わなければならなかった。あんたは片手で銃を構え、もう片手で複数個の風船が吊られた木の枝に同じように吊った尖ったもの、錐か何かのひもを手放し、風船が破裂するのと同時に発射した。.308ウィンチェスターマグナムの発砲音は風船の破裂音に交じって聞こえなくなる」
犯「お前は頭がおかしいんじゃないのか!? 何故私がそこまでの手間をかけて成功確率の低い計画を実行しなければならないんだ!」
CY「頭がおかしいってのは俺にとっちゃ誉め言葉も同義なんだよ、フランス外人部隊はシリア戦線にもアフガン戦線にも駆り出されたからなぁ、頭の螺子が何本も飛んでいて当たり前なんだよ! なぁ頼むから大人しく自首してくれよ――でねぇと俺、今すぐこの拳銃で手前のことを撃ち殺し舞いそうだからよぉ! ゲハハハハハハハハハハ!」
犯「く、狂ってる……この刑事狂ってやがる!」
バカスカと屋敷内に無作為で発砲される銃弾から身を守るように全員が身を縮めて床に転がった。その間もなお、この刑事は高笑いを上げながら乱射し、助手の女は臆した様子もなく立っている。
この空間において狂っているのはだれがどう見てもこの二人に他ならなかった。
助女「呉石井さん、準備が完了しました」
CY「おぉぉぉぅぅう――遅かったじゃねぇか減俸九十年! ツーことで手前らついてこいいいもの見せてやる」
ついていった先にあったのは、呉石井の考えたのをそのまま実現したような無茶苦茶な装置だった。
万力でストックと先台を固定された屋敷の主人が持つものと同じMauser Karabiner98kと、そのすぐそばには合計で20は超える数の風船と生け花に使われる剣山を百均で売ってそうな紐に吊るしたものが用意され、Kar98kの銃身の先に目を凝らせば弾丸の威力を検証するのによく用いられるゼラチンブロックが置かれてあった。
呉石井は地面に伏せて狙いを定めたのち、助手の女から紐を手渡されるとそれを乱雑に手繰り、実験を開始するとだけ告げた。
数秒の沈黙ののち、呉石井は剣山の取り付けられた紐から手を放し、続いてすぐさま自分の右手に持つKar98kの引き金に力を込めた。
風船の割れる音と銃弾が発射される音が見事に重なった瞬間だった。
呉石井は風船との距離の関係上音が相殺されて無音状態を体感したが、それ以外の人間には如実だっただろう。
CY「こんな芸当、ある程度銃を撃ちなれてなきゃ不可能だ。素人が一朝一夕でできるもんでもねぇ。つまり、この中で一番撃ちなれている人間は俺と助手ちゃんと、そしてお前しかいない。認めろ、さもなきゃここで銃殺だ」
こうして、クレイジーヤクザと揶揄される彼は、また一人凶悪犯を逮捕したのだった。
数年後、彼は自分が逮捕した犯人連合に爆殺されることになるだなど、この時の彼は知る由もなかった。
・現実
フランス外人部隊に所属していたことのある警部補、呉石井 八九三、クレイジーヤクザ(以下CY)とも呼ばれる彼は猟銃免許を持つ屋敷の主を指さし糾弾するように全ての謎は解けたと告げた。
CY「私はフランス外人部隊に所属していたことがある。その従軍経験をもとに考えれば、あまりにも簡単だったよ。あんたは銃を発射するとき、あらかじめ二つから三つ用意した万力か何かでフレームを抑えていたのだろう。皮脂の痕とは別に検出された機械油やフレームの凹みは作業小屋にあった万力と一致するだろう。そしてターゲットである180番目の愛人には必ずその場に、つまり万力で固定された銃身の覗く先、照準点にピタリと重なる位置にいて貰わなければならなかった。あんたは片手で銃を構え、もう片手で複数個の風船が吊られた木の枝に同じように吊った尖ったもの、錐か何かのひもを手放し、風船が破裂するのと同時に発射した。.308ウィンチェスターマグナムの発砲音は風船の破裂音に交じって聞こえなくなる」
犯「お前は頭がおかしいんじゃないのか!? 何故私がそこまでの手間をかけて成功確率の低い計画を実行しなければならないんだ!」
CY「頭がおかしいってのは俺にとっちゃ誉め言葉も同義なんだよ、フランス外人部隊はシリア戦線にもアフガン戦線にも駆り出されたからなぁ、頭の螺子が何本も飛んでいて当たり前なんだよ! なぁ頼むから大人しく自首してくれよ――でねぇと俺、今すぐこの拳銃で手前のことを撃ち殺し舞いそうだからよぉ! ゲハハハハハハハハハハ!」
犯「く、狂ってる……この刑事狂ってやがる!」
バカスカと屋敷内に無作為で発砲される銃弾から身を守るように全員が身を縮めて床に転がった。その間もなお、この刑事は高笑いを上げながら乱射し、助手の女は臆した様子もなく立っている。
この空間において狂っているのはだれがどう見てもこの二人に他ならなかった。
助女「呉石井さん、準備が完了しました」
CY「おぉぉぉぅぅう――遅かったじゃねぇか減俸九十年! ツーことで手前らついてこいいいもの見せてやる」
ついていった先にあったのは、呉石井の考えたのをそのまま実現したような無茶苦茶な装置だった。
万力でストックと先台を固定された屋敷の主人が持つものと同じMauser Karabiner98kと、そのすぐそばには合計で20は超える数の風船と生け花に使われる剣山を百均で売ってそうな紐に吊るしたものが用意され、Kar98kの銃身の先に目を凝らせば弾丸の威力を検証するのによく用いられるゼラチンブロックが置かれてあった。
呉石井は地面に伏せて狙いを定めたのち、助手の女から紐を手渡されるとそれを乱雑に手繰り、実験を開始するとだけ告げた。
数秒の沈黙ののち、呉石井は剣山の取り付けられた紐から手を放し、続いてすぐさま自分の右手に持つKar98kの引き金に力を込めた。
風船の音をかき消し銃声がひと際主張しながらゼラチンブロックに突入していった。
数秒の沈黙が辺りを包んだ。あれほど自信満々にこれで間違いないと云っていたにしては、あまりにもお粗末な結果に誰もが『そうだろうな』と思いながら白けた視線を彼に寄越した。
犯「な、なぁにが風船の割れる音で銃声をかき消しただ! 何がフランス外人部隊だ! やっぱりただの頭のイカレたイカレポンチだったってことか! 名誉棄損で訴えて――」
CY「じゃかあしんじゃワレ! 天下の警察舐めとるとどうなるか身を以て教えたるさかい! ウルァァァァぁ!」
万力の付いたままのKar98kで屋敷の主人を殴打し続けて殺害した挙句、何のお咎めもなしに被疑者死亡のままで送検させた彼は、一体どんな伝手を使ったのか、それを知る者はだれもいない。
・飯テロ小説はただ書けばいいわけではない
飯テロ小説といえば肉汁が滴る様子やその味などを克明に表記すればいいだけだと思われがちではあるが、やることの内容的には飯テロ漫画とそう大差はない。つまるところどういうことかといえば、その表現の仕方で飯テロ小説として成立するかしないかが決まるということである。今回だけは今までより分かり易くするために解説も入れて説明する(←二重表現)
・悪い例
薬局で働く私にとって、二時のこの時間に食べる焼き鳥には大きな意味がある。
焼き鳥とは私の個人的見解を含めるとするならば、それは大きなエネルギーでありイデアでありエロスである。炭火焼だろうとガス焼きであろうと、それを口に運ぶ瞬間の幸福感といえば、予約していた限定グッズを入手した時のそれに匹敵するかもしれない。
そしていま私の目の前には透明度の高い脂と薄く振られた塩、疎らに見えるレベルの五月蠅くない胡椒が肉の脂に包まれ私の目を魅了している。写真を撮り、そしていざ串を一本手に取る。せせりだ。脂身が比較的少ないながら少量の塩で引き立てられる味はまさしく焼き鳥と呼ぶに相応しいと云えるのではないだろうか。ほかの脂と混ざり合った香りが鼻腔を擽り、思わず喉が鳴る。嗚呼この瞬間でさえ美しい。
先頭の肉を、串と上顎と下顎に適度な力を加えて器用に抜き取ると、右奥歯、左奥歯で順繰りに咀嚼する。
噛むほどに滴り落ちる肉汁、塩味がありながらもしかし決定的に肉の味を邪魔していない。これだ、まさしくこれだ。この塩梅こそ真に焼き鳥と云うに相応しい。
噛む
噛む
噛みちぎる
咀嚼し嚥下する。
肉片の一つ一つを唾で包み込み、その唾でさえも塩によって引き立てられた肉の味に触発されて極上の甘露のようにさえ感じられる。これに何かを足すだなど邪道もいいところではあるが、やはりレモン汁は外せない。さっぱりしていながらも適度に脂の感じられ、けれどしつこくもない、まさしく焼き鳥や唐揚げのために存在しているとすら云ってよい最高の調味料だ。想像するだけで喉が鳴る。
逆にニンニクダレやガーリックバターのような濃い味ならば塩を付けずに焼き、焼き終わってから掛け、浸透圧で脂が出尽くす前に食べつくす。まさしく人を一時獣に変える調理法と云えようが、同時にこの濃さは酒に合わせるためにあるといえる。普段何気なく食べるには重いのではないかとも思うのだが、だがしかし、私はそれほどまでに餓えているのか、これもまた想像するだけで腹が減る。
絵に描いた餅を食らうとは言うが、まさしくそれかもしれない。いつの間にか右手にしっかりと持っていたはずのせせりの串は、串の部分を残して忽然とその姿を消していた。どこに消えたのかは明白だ。私の腹に満ちるこの幸福すぎる満足感。間違いない。レモン汁をかけたせせりとガーリック系調味料をかけた“頭の中にだけ存在する”せせりをオカズにせせりを食べてしまったのだろう。なんとも勿体無いことをしたような、しかし中々幸福なような瞬間だった。
次だ。せせりはあくまでもボクシングで言うところのジャブに過ぎない。少量の脂で満足感と幸福感を得ながら口を慣らしていく準備体操だ。本命はこの後に続くぼんぢりとねぎまだ。
まずぼんぢりを手にしてみる。程よく滴る脂のなんと美しいことか。肉に由来した香りが今すぐに食べろと語りかけてくるかのようである。
止まらない。食べ始めたら止まらなくなってしまうのが分かり切っているが、それでも口に運ぼうとしてしまう。塩が引き立てるぼんぢりの脂身は規格外のレベルにまで高められている。この香り、一度嗅いでみればわかる。抵抗するのは無意味だと食べる前から悟ることになるだろう。
これはまさしく戦争に例えていいだろう。
舌先に茫洋と広がっていく肉汁の旨味とまろやかさ、しかし包み込むような深みは食べた瞬間に抵抗する意思そのものを剥奪されてしまう魅力に溢れている。そう、これを食べた瞬間私の一抹の抵抗の意思は蹂躙され木端微塵に踏みつぶされるのだ。こんな棒切れに刺して焼かれただけの鶏肉ごときに、だ。しかしそれは幸せすらも孕んでいる。本能的に拒むことができず、幸せの絶頂という蹂躙を常に味合わされる。そんな幸福な蹂躙劇が口の中で繰り広げられるのだ。
それでも私は冷めないうちに食べてしまうのだ。もはや我慢ならない。
脂身の強く、まろやかなコクが引き立てる蹂躙の味はもはやジェームズ・ヒルトン著作に登場する理想郷か、それとも桃花源記に記された桃源郷が如く、果てのない幸福がまるでヒロポンかMDMA、もしくは合成マリファナやエクスタシーウェーブでも摂取しているような多幸感とともに来襲する。
・解説
一言で云うと、当たり前のことを当たり前のように云っていると気がつかせないために劇作調の言葉で装飾して云っているだけ。何の捻りもなく共感性に欠ける独り善がり。
文章を読む力がある人にはこちらのほうが受けるかもしれないが、飯テロというのはそれを読む不特定多数の過半数以上にそれが正確に伝わらなければならないという前提もあるため、難しい言葉やラテン語や心理学用語などを入れると伝わる人にしか伝わらなくなるため減点対象となる。
このほかに、焼き鳥にレモン汁掛ければ(相性もあるが)そりゃ大概旨くなる。ガーリック系調味料をかければおいしくなるのは当然のこと。それを掛けたものがお酒に合うのも当然のことであり、共感を得るにはいまいち描写が不適格。舌が肥えていようといなかろうと旨いのは十分に想像がつく範囲内でありこんな当然のことをさも『とてもすごい発見』のように言っているあたりネタとして寒いどころかマジレスが来る可能性のほうが高いため控えなければならない。
食感や旨さを語るだけでなくそこに独特の世界観の広がりや情緒感を感じられず、一体どういった状況下でそれを食しているのかが伝わっていない。
例えば焼き鳥なら焼き鳥屋さんで食べていると普通ならそう解釈するだろうが、そういった生活描写の一切が省かれているため食べている状況以外が想像されにくい。また生活描写が描写されていないためこれを食している状況を如何様にでも解釈することが可能であり特定の場所、状況でのみ成立する個人の主観を基にした独特の旨味の描写に厚みが感じられず結果的に内容が薄くなっている。これでは周りに何もない中で食べているのか焼き鳥屋さんで食べているのか薬局の事務所内で食べているのか立ち食いしているのか妄想癖なのか精神病なのかがわからない。
例えが下手で脈絡がない。
例えが極端すぎて脈絡がなく、一周回らずとも意味が通じない。例えるものは自分や多くの人の身近にあるものでなおかつそれと言われて大多数が納得できるものでなくてはならない。これは上記の情緒感や世界観の広がりとも密接に関係している。
例えば、上記の文中で戦争を例えにしていたが、これと世界観の広がりのなさを重ねて考えるとこいつは戦地にほど近い街の薬局の近所にある焼き鳥屋で食べているのかもしれない、といった斜め方向の見方が可能になってくる。こういった下手な例えは没入感を失くしてしまうため避けるべきである。
言葉の使い方。
まるで焼き鳥を悪いものと断じているかのよう描き方で旨さの表現をしているが、これも避けるべき表現。特に三行以上悪い風に取られかねない表現が続くのは絶対に避けるべきである。どんな作品にでも共通することであるが飯テロとして成立させたいのならば特別な状況下と主人公にとっての特別な食事でもない限りは絶対に避けて通らなければならない。特に違法薬物で例えるのは如何にその旨さを表現したいからと云って絶対にやってはいけない表現。
中途半端に孤独〇グルメ感を醸し出しているが遠く及ばず、これらの点で合致する飯テロ漫画というと昼飯〇流儀くらいになってくる(自分が某国民的永遠の五歳児の父親だと思っている一般人が昼飯を大仰な言葉を使って食べていく漫画と揶揄されている)。
例えば孤独〇グルメなら「これはおばあちゃんちの唐揚げみたいだ」と言ったり、店の風景の描写がなされることで世界観の広がりや情緒感を表現しており、読んだ人が、それこそおばあちゃんの作った唐揚げを食べたことのない人でも一定の理解を得られるように書かれているが、今回の私の書き方では一部の人間からの一部の理解しか得られない。もっと一般化して表現するべきであるし場所、状況を明確化するべきである。
例えば極〇めしなら受刑者同士がおやつやお節をめぐって自分が食べてきた旨いものを話して聞かせるというのが大筋であるが、個人の主観と背景が明確であり、また時節を重視した食のネタを提供するなど、季節に合った食のネタを供すことで共感を得、喉を鳴らすことが可能となっている。受刑者個人の心情描写はそれをなぜうまいと感じたかのスパイスであり、共感を得る一助ではあるが同時にそれがすべてではない。初めて食べた料理、情けで供された料理、絶対に食べようと誓って模範囚であり続けて食べた料理、そういった個々人の主観、個々人の考え方が如実に表れていることも大きく関係している。
このため今回の書き方は飯テロ小説としては落第点どころか存在してはならないレベルである。このことを加味し、これから飯テロ小説を書く予定の人は以上のことに留意して書くべきである。
今回ばかりは私自身に能力がないため以上の点を踏まえた模範解答?はご用意できません。
最近見かけるようになった飯テロ小説ですが、何故面白くないのかを有名な漫画を読み直すことで分析した内容が最後の焼き鳥の下りです。そりゃ、ただ旨いって言わせるだけだったら誰でもできるよね。
銃声に関してはドラマでよく見かけるおかしいところの中でも一番おかしいと思った部分です。サプレッサーもついてないライフルで風船の音に銃声を紛れ込ますのは無理がある……。