偽りの王、始まり
ラハトにとって全体敵とは即ちこれ人類の敵である。ラハトにとって単体の敵はこれ即ち人である。故にラハトは自分を聖人君子だとは思っていない。
自分は自分の意思と自分自身の欲望と自己満足の為にだけ行動している。ラハトは常にそう考えてきた。
「亜種ゴブリンとは聞いて居たけど、亜種とは思えないぐらい強力な覇気だね」
ラハトが今立っているのは王都の防壁の上だ。ラハトの視線の先には一面緑の森が広がりその中央にぼやけたような靄がかかっている。
目を凝らすと亜種ゴブリンキングが魔方陣と思われる上で不思議な構えをとっている事からキングの作り出した物だと直ぐに分かる。
「僕には魔法の知識が無いからな、あれが何かはさっぱりだ」
「んな事言っても俺も分かんねーぞ?」
隣に来たギルがなんだありゃと言いながら亜種ゴブリンキングの方に注視する。
「ディーダンとリセロラはどうしたんだい?」
「ああ、衛兵と話をつけにいってるよ。」
「そうか、じゃあしばらく暇だね……」
そこで二人の間に沈黙の空間がおりてくる。
しかし、その沈黙は落着きのないギルに壊される。
「……にしても、やっぱレナさんに来て貰った方が良かったんじゃねえか?」
ラハト達が魔物と戦う事は何度かあったが今まで亜種ゴブリンキングのような本格的に魔術を使うような魔物とやり合った事はあるかと聞かれれば答えはノーだ。
「そりゃ、確かにお前がいるから心配はしてねえが……」
そう言うギルの目にはラハトへの確かな信頼があった。だから、それに答えるようにラハトは強く頷く。
「ああ、任せてくれ。レナさんには出来れば来て欲しかったけど……それを言っても仕方ないからね」
それを聞いてギルも納得したような呆れたような顔をする。
「そうだな、心配するだけ無駄だな」
無駄だと言いながらもその目にはやはり少し不安が滲んでいた。
その話以降二人の間に会話は生まれていなかったがふとギルが場を和ませるためか呆れたように呟いた。
「だが、流石にあそこまで魔術を全面的に出してきた敵はあれが初めてだな……」
「そうだね、僕は魔術を使う敵の中で一番強かったのはカルドラかな?」
それを言ったラハトの顔は悲しげに歪んでいた。それを見てギルがどう言ったものかと困惑する。
「お前は、まだ………」
「おーい!帰ったぞ!衛兵との話し合いは問題ない!」
ギルが何かを言いかけた時後ろからディーダンの声が聞こえてくる。
「お帰り、早かったね」
「ああ、ジークス王からもう話が通ってたみたいで驚くほどトントン拍子に話し合いが進んだぜ」
ラハトが安心したようにディーダンに話しかけるとディーダンも厳つい笑顔を浮かべて話し合いについて話す。
「所でリセロラは何処なんだ?」
割って入ってきたギルが聞いてくる。それを聞いてラハトもディーダンの方を向く。
「そう言えばリセロラは何処に行ったんだ?」「それが……レナさんの所にもう一度お願いしに行くそうだ。後から来るから心配するなだとよ」
非常に不本意そうな顔でディーダンが言う。
「そうか……じゃあ、取り敢えず僕らだけで行こうか時間もないしね」
亜種ゴブリンキングの魔方陣を見ながらラハトが焦ったように宣言した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
亜種ゴブリンキングのもとにむかったラハト一行はそこで驚くべき者を目にする。
「これ、本当にゴブリンなの?」
「いや……ゴブ、リンなんじゃないか?」
亜種ゴブリンキングはもとよりあった緑の表面を赤く発光させて自身の手には炎を燃え上がらせていた。
「ゴブリンキングは亜種とはいえ妖精だからね………」
「にしたってよ、これは大きすぎやしないか?」
ギルの疑問も当然の物で通常亜種のゴブリンキングはそれほど巧みに魔術を使う魔物ではない。
亜種とは魔術が使えない落ちこぼれの事をさすのだから。
『矮小なる、タダビトが……』
直接頭に響く怨嗟の声。
『ゴブリン共に庇護されて図に乗ったか。まあ、調度よい。まずは手始めにゴブリン共の執着する貴様らタダビトを根絶やしにしてくれるる』
この世をなんとも思っていない世界の全てを凍らせるかのような声が頭に直接響く。
ラハトは持っていた黒く細い剣を強く握りしめ戦いに備える。
「これは、やっぱりレナさんに来て貰った方が良かったかもしれないね……」
「全くだな、逆に何であの時無茶を承知でも頼まなかったんだ?」
ダンディーが呆れたように両手を挙げて意味が分からないと手振りで表現する。
それに苦笑するラハト。
「ディーダン、僕にはその勇気が無かったのかもしれない」
リーダーであるラハトの不安そうな顔を見てディーダンが納得したような顔をする。
「ま、リーダーの言うことには従うさ」
「助かるよ」
ラハトは心配を隠すようにゴブリンキングに向き直った。
「今日は久々に……」
そこでラハトは一度自分の剣を引き抜き正面に構えた。そして、大きく息を吸う。
そして決意したように大きく叫んだ。
「本気で行くよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お願い、レナさんゴブリンキングはラハトもあまり戦った事のない『魔物』なの。きっと、苦戦するわ」
「分かったとさっきから言ってるだろ」
私はひとつ溜息を吐いた。体が酷くダルい。
恐らくあのジークス王の覇気に当てられたかどうかしたんでしょう。
「だが、私も少し疲れている。今行ってもあまり力にはなれないぞ……」
「そんな、でも……」
困ったような焦ったようなリセロラを見ているとその様子が何故か面白くて笑ってしまう。
「何を笑ってるの!」
「いや、すまない。わざとじゃないんだ。それにしても、ラハトの事がよっぽど好きなようだな」
レナがそう口にすると、怒って赤くしていた顔を違う意味でまた赤くして顔が更に強張る。
「ふざけるのもいい加減にしてください」
「あら?違うの?」
リセロラはため息をつき、椅子に座った。
「別に好きじゃないってわけじゃ無いです。でも、どっちかって言うと見ていて心配になってくるのよ。彼は道に沿って進むんじゃなくて直進していく人だから………」
「そうか、つまりアイツの母親みたいな感じか?」
そんなに年は言ってないと怒るリセロラを見てレナはまた笑う。
「まあ、良いだろう。用事は終わったしラハトの加勢に行こうか」
「本当ですか!?」
ああ、と頷いてからレナは懐から1枚の紙を取り出す。
そこにはやはりいつもと同じく魔方陣が描かれている。
「リセロラ、こっちに来て私の肩に手をおくんだ」
リセロラが戸惑いながらもレナの肩に手を触れる。
二人の間に幾何学模様の球体ができ、それは徐々に大きくなり光はどんどん眩しく輝きそして最後に大きく光り消えた。
その場には誰も居なくなった。