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壊国の魔術師  作者: 未唯 啓
第一章 一国目
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憧れの王は最強だった

ジークスという名を父から授かってから、ずっと憧れていた父と同じような王になろうと常に邁進してきた。私の見ていた父は、いつも国一つを背負っている責任を感じさせない程尊大で堂々としていた。

そして、何より……最強だった。

私は子供の頃そのある種麻薬じみた強さの魅力に取りつかれていたのだ。年頃の男なら誰でも一度は自分も強くなって敵を容易くなぎ倒すような想像をしているだろう。だが、(みな)は自分にはその力がないと気づき諦める。そして、自分の身の丈にあった事をしようと親の家督を継いだり公爵や私のような王族に仕えるような者が大半だろう。あるいは、それが平民ならば尚のことだろう。


しかし、私にはその力が存在していた。


むしろ、そうでなければならなかった。何故なら、王族というものは変わらず魔術師であり、常に超上の存在でなければならなかったからだ。


これを知った私は嬉しかった。今でも覚えている。身体の底から興奮が溢れて今にも自分が燃えてしまうのではないかという程に身体中が熱く荒れ狂っていた。

それと同時にいつか、いつか父のような最強の王になろうと決めたのだ。

……そう、決めたはずだった。

年を重ねるごとに私は強さは一つではないことに気づき始める。その中でも知識が大切だと何故か強く思っていたの覚えている。

そう、私は知識の重要さに気づく程年を重ねていたというのに未だ強さの魅力に囚われたままだったのだ。

今にして思えばあの時、知識が重要だなどと思っていなければ……


私はどんどん知識を身に着けていった。それはもう手当たり次第に知識に貪欲になっていた。そして、政治の知識を学んだ所で私は後悔した。私が憧れていた父はそれと時と同じくして砕け散った。


私が学んだ知識の中に世界の覇権を握るラクレイト王国という国がある。

その国は莫大な権力を持ち、一介の貴族でも一つの国の王よりも権力を持っていると言われている。この国以外の国は実質ラクレイトの支配下であったのだ。

それは、

…………このライデン王国も同じであった。


その事を知った時、私がどう思ったのかはもう覚えていない。

だが、ただ一つ分かっている事がある。それは、その時私はただの一つも良い感情を持っていなかったということだ。

自分が強い憤りを覚えたのか、強い悲しみを覚えたのか、ラクレイト王国を強く憎んだのか、夢を失って途方にくれたのか、或いはその全てなのか私にはもう分からない。

もしかすると、父に怒りを覚えていたかもしれない。

だが、今それを言った所で何も思い出せるわけでもなければ何か得があるわけでもない。


私が真に(しんに)怒りを覚えたと明確に記憶しているのは私の憧れであり最強だった父が侮辱された時だ。今から数十年前まだ私が大人になり切れていない年の時、いつものように私は父に会おうと謁見の間に訪れていたのだった。

そこで目にしたのは見知らぬ少女に頭を踏みつけられている父の姿だった。

「お前!何をしている!無礼だぞ、貴様!そこにおられるのはこの国の王だぞ!」

普通なら見惚れていたであろうその少女に私は自分の状況を考えもせず怒鳴っていた。

私はあの時、誰に怒鳴っていたのだろうか。あの少女だろうかそれとも父だったのか。

あの時の父の顔はとても私が憧れていた威厳に満ちた王の顔ではなかった。


「控えよ、ジークス。この方はラクレイト王国ヴァルト公爵家レナ様だぞ」

「な、父上!このような小娘にこんな屈辱を受けて何もしないというのですか!」


私はどこかで期待していたのかもしれない。ここで父は自分を怒鳴りつけて王の威厳を自分に見せてくれると、いやむしろこの少女に力を見せつけ極刑にしてくれることを。勿論、この少女が途轍もなく天上の存在であると言うことは頭の片隅では理解していた。それでも父なら、父ならどうにかしてくれると根拠のない考えが私の頭のなかを支配していた。

だが、そこで父が見せたのは怒りでも落胆でもなかった。


「頼む……王としてではなく父としてここは堪えてくれ」


それはもはや命令でもなかった。それは私の尊敬していた王の姿ではなく、ただの男としての私への懇願だった。


「ほう、愚王の割には中々良い姿ではないか。だが、それでお前の愚かさが許される訳でもない」


父は愚王などではない。愚かなのはお前の方だ。父ほど民の事を考えていた王はいない。そんな言葉達が頭の中に溢れてくる。


「……頼むレナ殿、我が子だけはどうか見逃してくれ。まだあいつは何も知らないんだ。どうか息子だけ見逃してくれ。お願いだ。他は何も望まない。ただ、それだけで良いんだ……後生だ」


最後はもうほとんど泣き声だった。父の顔が歪められていき瞳から大粒の涙を流していた。声は声にならず手はきつく握りしめられていた。


「貴様のような愚か者を誰が信じるというのだ?」

「自分がそれほど無茶な事は分かっている。だが、私は王である前にあいつの、あの子の父なのだ!例え今まで愚かな事をしていようともそれだけは変えられない!父であるならば我が子のために最後まであがくのが道理だろう!」


父がその時なにを言っていたのかは分からなかったが今なら分かる。父は自分を省みずに私をかばったのだ。


「知らんな」


だが、レナという名の少女はどこまでも無慈悲に言い放った。そして、こう続けていた。


「……だが、まあその心意気に免じて息子の命だけは見なかったことにしよう」

「……っ!感謝する!すまない、本当に……感謝する」




父の涙を見たのはその時が最初で最後だった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「今でも覚えているぞ。父の頭を踏みつけていた其方の姿をな」


ライデン王国現国王ジークスは私に威圧を飛ばしながらそう口にした。

はて?何を言っているのでしょうかこのガキは。


「お前の父親の事など記憶にない。私は確かにレナだがお前の言っているレナではない」

「いや間違いない、其方だ。あの時の其方の言動はまるで今の其方と変わっていない」


これは見逃してはもらえないでしょうね。まあ、確かに私が忘れているだけかもしれませんしね。


「仮にお前の言うレナが私だとしたらどうするつもりなのだ」


それを聞いてそこに鎮座していた王は不敵な笑みを浮かべ玉座からその重い腰を上げた。


「知れたこと、私自ら貴様を見定めてやろう」


王がレナに一歩踏み出し今にも襲いかからんとした時、王のすぐ側で控えていた兵士が王に声をかけた。


「いけませぬ、王よ!仮に今そのような事をしてしまえば国にまで被害が及びます!ここは何卒(なにとぞ)心をお沈め下さい」


言葉と裏腹にその兵士は冷静その物で子を宥める母親のような顔をしている。


「……だが、クルトよ。この機を逃せば――――」

「王よ、それでもです」


王様の側近はクルトって名前だったんですね。知りませんでした。何はともあれクルトがあの王を止めてくれたのは正直助かります。今の私ではあれには勝てそうにありませんからね。


「……ふん、貴様の見極めは今回延期としてやろう」

「感謝する。こちらも旅で疲れているんだ」


実際、今死にそうです。王の最初の覇気を調子に乗って立ったまま正面から受けたせいで今にも倒れそうです。

王は一度頷くと城中に聞こえるような大声で覇気を込めて皆を指示していく。


「救護班!覇気で吹き飛んだ大臣達の手当てをしろ!まだ、自力で立っていられる者は後で私の執務室に来い!」

『はっ!』


先程まともに吹き飛ばされたであろう大臣達までもが王の言葉に一糸乱れぬ返事をする。

王への忠誠は本物なのでしょう。


「クルト!お前は客人を城に案内しろ」

「仰せのままに」


クルトと呼ばれた王の側近はその場で跪き、深く頭を垂れた。


「それでは、皆様ご案内致します。どうぞ此方へ」

「……あぁ、ありがとう」


こんな状況でも相も変わらず礼を述べるラハトは流石ですね。


クルトに案内された場所は応接室のような場所で城で泊まらせてもらえると思っていた私は少しがっかりしながらもその場にあったソファーに腰かけた。


「で、これからどうなるんだ?あの破天荒な王と対決して公開処刑されるのか?」


嫌味を多分に含んだ視線をラハトに向ける。


「本当にすまなかったよ。まさか、君がジークス王の父上を……」


ラハトはそこから先を口に出さず曖昧に話を濁した。


「言っておくが私はそんなこと知らんからな。一切記憶にない。誰が好き好んで王族なんて面倒な奴を殺さねばならん」

「確かに、レナさんはそんな面倒事に巻き込まれるのを嫌いそうだね」


ラハトは小さく笑って首肯した。


「だろう?」


私が話を締め括ろうとした時部屋の外から慌ただしい足音が近づいて来た。


「大変です!王都近郊の森に亜種ゴブリンキングが現れました!ですのでクルト様よりご助力を願いますとの伝言です」

「わざわざ、ありがどう。しかし……クルト殿が?」

「はい、亜種ゴブリンキングは魔術を使うようで、今回一般の兵士では相手にならないと」

「そうか、僕で良ければ手伝わせてもらうよ」

「相変わらずお人好しだな。その内騙されるぞ?」


ラハトの態度に対して呆れたように私が言うとラハトは一瞬驚いたような顔をしてその後直ぐに笑顔に戻る。


「レナさんも来てくれるのかい?」


そこで私の顔が苦いものになる。別に行きたくないわけではない。ただ、気になる事があるのだ。


「いや、少し厳しいな」

「え?レナさんが来ればかなり戦いが楽になると思うけどな」

「別に行きたくないわけじゃない」


ラハトが益々分からないと言った表情をする。


「他に事情があるのか?」

「クルト、という名前に先程の謁見よりも前に何処か聞き覚えがあってな」


真剣な声音で尋ねてくるラハトに私は曖昧な顔でぼんやりと答えた。正直、自分でも分からないんですよね。何かが心の奥に引っ掛かっているんです。


「そうなの?まあ、無理そうなら良いよ」

「助かる」


今はとにかく考える時間が欲しい。

何処か大きな大木から木葉が一枚落ちるようなそんな不思議な違和感……

いや、違和感と言うほどでもない。ただ、少し気になるだけだけど。


「そう、それじゃあ僕達は件のゴブリンキングの所に行っているよ。来れるなら出来るだけ来てくれると助かる」


それに軽く頷いて早く行くように促す。ラハトの仲間のギルやリセロラが軽く手を振って出ていく。


「……亜種のゴブリンキングか」


ラハト達が出ていった扉を見ながら一人呟く。


「亜種ゴブリン、ゴブリンのなり損ない。それでも諦め切れずゴブリンを妬み憧れできた偽りのキング………憐れみより懐かしさがあるのは私の記憶の何処かに似た様な気持ちがあったからなのでしょうか?」


私はいくら探しても見つかる筈のない思い出を記憶の海から見つけ出そうともう少し足掻くのだった。

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