王という存在
ちょっと短め……のはず
この世界の王は基本的に魔術師である。ただの平民にも魔力という魔術を行使するための力というものは少なからず極僅かに存在している。だが、魔術を使う事が出来る訳ではない。
何故ならその魔術を行使するための力が弱すぎるからだ。赤子が鍬を握れないのと同じ事で力が足りない。
だが、国王はその力がある。
いや、その力がなければならないと言った方が良い。
王の権威が存在しているのはその超常的な力によって築き上げてきた今までの歴史があったからだ。
人々は超常的なその力に畏怖し、崇拝した。そして、誰もが魔術を行使する人々を上に見て接するようになった。
それは、いつしか支配階級までに発展していた。
今この時までにも幾多の王が存在している。
それらの王は純粋だろうと、傲慢だろうと、怠惰だろうと、不純であろうと、変わらず魔術師であった。
ライデン王国の王、ジークス・トルバ・ライデンも勿論、変わらず魔術師であった。
「あのレナ殿と“万聖”が王都に来ていたとは初耳だな。少し面白そうな事が起こりそうな予感がする」
ライデン国王は威厳に溢れた姿とは裏腹に実に無邪気に子供のように笑っていた。
これから起こるであろう事を想像して……いや、確信して。
「王よ、そのような不謹慎な発言はお控え下さい。家臣どもが誤解致します」
「おっと……冗談だ、流してくれ」
ライデン国王は自らの信用の置ける側近の忠言で今は謁見中だった事を思い出し取り繕う。
王の言葉は魔術師であるがために予言になってしまう事もあるのだ。
「それで、“万聖”のいるグループに発言が不遜な物言いの銀髪の少女が確かに居たのだな?それは本当だな?」
「はい、間違いありません。“万聖”様が入都したのでお仲間の方々とまとめてご報告に参上した次第です」
王の問いに二もなく答える騎士。頭を垂れたまま一人謁見の間で報告を続ける。
「ハッハッハッ!そうか、確かか!」
今まで我慢していた笑いを吐き出すように大声で笑いだした王を家臣達は困惑した様子で眺めていた。それも無理はなくライデン国王は普段は威厳に満ち溢れ、国王の鏡のような存在だった為の困惑だ。
この謁見の間で唯一動揺していないのは王の忠臣であり護衛でもある、今も呆れた顔で王を見ている側近だけだ。
「いや、しかし懐かしいな。何年ぶりだ?10年ぶりぐらいじゃないか?前にも来ていたようだがその時は一人だったからか情報網を切り抜けられたからな……」
「恐らくですが15年ぶりかと」
王の近くで側近の男、クルトが答える。それに王は一瞬驚き納得する。
「おお、そうか。クルトも会った事があったな」
「はい、一度お目にかかった事がございます」
側近が無愛想に答えるのとは反対に王は朗らかにそれはとても仰々しく大声で笑っていた。
「フフフ、一度城に招いてやるか……」
そこで王の周りが一気に厳かな雰囲気で包まれた。
王が笑いを止めたのだ。
「“万聖”一行を城へ招待しろ!手段は問わぬ!ただ、これら一切への敵対ないしは攻撃は認めない!」
物理的な重圧のある厳かな命令に家臣達が一度深く頭を下げ、王の威厳を真っ向から受けた謁見に来ていた兵士は一つ息を飲んで深く頭を下げる。その後、力強い声で兵士は応えた。
命令自体はどうしようもない事には誰も触れずに。
王都トルバンでラハトと老人が話していた。
「ようこそ、おいで下さいました。“万聖”様ですね?」
「ああ、多分“万聖”は僕であってるよ」
私は今宿にいます。はい、宿にいます。
「お待ちしております。お部屋は既にご用意させて頂いていますのでご案内します。どうぞこちらに」
「お願いするよ」
そして案内されています。紳士服を着た結構格好いい30ぐらいの歳のおじさんに。
「こちらが私どもが用意した最高のプレミアムルームでございます」
「ああ、ありがとう。感謝するよ」
聞きました?最高級ですって。何を言ってるんでしょうね?全く、理解に苦しみますよ。
「取り敢えず、入って見ようかな?」
ラハトはそこで首を傾げる。
「どうかしたのかい?レナさん」
「貴様は貴族のボンボンか!」
「え!?何か不味いことをしたかい?すまないが何が不満か言ってくれないか出来るだけ改善するよ」
レナのその言葉に狼狽するラハト。それで興奮が収まったのかレナがまた話し出す。
「不満はないよ、これっぽっちもな!だが、何だか釈然としないだけだ」
「そうかい?」
まだ、不安そうにしているラハトを無視して私は先に部屋へと突入する。
そこにはいつも泊まっているような宿とは別格な場所があった。普段私が利用している宿は平民用の宿だ。それに比べてここは貴族共が訪れるような場所の中でも特に高級な宿だ。それも王侯貴族が来ても問題無いほどと言えば分かるだろうか。
ヤバイ所ですね。絶対問題を誰か起こしますよ。ラハト、こんなに金持ちだとは思ってなかったなあ。
「国王様よりおもてなしするよう仰せつかっておりましたので今回は少し格安にさせていただきます」
ん、ちょっと待って?
今何て言いました?国王?
何で国王がラハトをおもてなそうとするんですか?
ラハトさん、貴方もありがとうとか紳士に言わずに教えて欲しいんですが?
「おい、何故国王がラハトをもてなす。詳しく教えてくれ」
「レナちゃんしらなかったの!?」
「おいおい、マジかよ」
ラハトについて聞こうとするとギルとリセロラが驚いて詳しく話してくれた。
十年程昔ライデン王国の辺境の地に魔物大群が来て、1つの都市が壊滅仕掛けたらしい。単騎でも魔物を殲滅することが出来る国王はその時世界会議のため国を出ていて対応出来るものがおらず軍を動かすにも時間が足りなく皆が皆もう終わりだと思った時当時の剣聖に選ばれて間もない頃のラハトが一人で圧倒した事から万の魔物を殲滅した剣聖として“万聖”と呼ばれるようになり国王にもかなり感謝されているようです。
ラハトってそんな凄い人だったんですね。それにしては町の人達がそんなに騒いでなかった気がしますが。
「それはいつも見てるからだな。ほら、最初は珍しくても毎日見てたら見慣れてくるだろ?それに加えて“万聖”の顔は深く知られてるわけじゃねえから町でも余所からやって来た冒険者とか商人ぐらいしかあんまり寄ってきたりやしねえんだよ」
ナイス解説です、ディーじい。
しかし、そうなるとラハトの仲間のディーじい、リセロラやギルも結構有名ってことになるのでしょうか。
一度溜息を吐いてから私は返事する。落胆している自分に驚く。今までここまで人に深く関わった事が無かったからでしょうか?
「……そうか、まさかラハトが剣聖とはな。お前は私と同じ魔術師だったんじゃないか」
剣聖は何の前触れもなく現れる。それも一人とは限らない。国に二人いるときもあれば一人もいない時もある。たが、聖剣は数が定められている。そのため、それを手にした者が新なる剣聖となり世界を平和に導いていく。
「えっ?」
「剣聖は我々、所謂世間では魔術師と呼ばれている者とは異なる魔術を使うのだ」
「僕が魔術を使っているって言うのかい?確かに……魔力は人並み以上とは言われているけど、それを生かす事は全くだと言われてきたんだよ?」
ラハトは重大な勘違いをしています。剣聖は魔力を生かす事が出来ないのではなく複合型魔術を使う事が出来ないのである。
「お前が言う魔術は複合魔術と呼ばれる物だ。確かに剣聖であるお前には複合魔術は使えない。が、体を強化する身体魔術なら正直お前は複合魔術を使いこなす者でも及ばぬ程に扱う事が出来ているはずだ。でなければ剣聖などにはなれない」
「そう……だったのか。それじゃ……」
何故かラハトは私の話を聞いた後不安そうな顔を浮かべ何かを小さく呟いていた。
何にせよ今日はもう疲れました、早く寝ましょう。
「お前が今の話で何を感じたのかは知らんが今日はもう寝させてくれ、眠い」
「……あ、うん。じゃあ、おやすみ」
そう言ったラハトの顔には悲しみとも怯えともつかぬものが浮かんでいた。何より顔とは裏腹に拳はきつく握りしめられていた。
「……ま、何にせよ早く寝るしか今はする事がないですからねー」
私は独りごちった後魔術を使って体をきれいにしてから自分のベッドに潜り込んだ。夕食は、食べる気力は残っていなかった。
「ま、そんな日もあるで………」
私は最後まで言い切る前に睡魔に襲われ容易く眠気に呑まれていった。
現在、王城謁見の間の扉前。
「何故、私まで国王に会わねばはらんのだ!会う理由も価値もないぞ!」
私は猛烈に帰りたいと思いながらラハトに意見する。私はライデン王などに用事があるわけでも忠誠を誓っているわけでもない。
「まあ、いいじゃないか。レナさん、王様に会うなんて滅多にあることじゃないよ」
「そういう問題じゃないっ!滅多になければ会っておかなければならないわけではないだろう!」
私がラハトに意見して早く帰ろうとしていると目の前の謁見の間に続く扉が重々しい音を立てて開き始めた。
「ほら、レナさん王様が待っているよ。失礼にならないようにしないと」
「貴様!覚えておけよ!」
今だ面白そうに笑っているラハトを一度強烈に睨んだ後、私は小声で悪態をつく。
謁見の間はやはり大国だけあってとても豪奢できらびやかだ。その奥にはここが世界の中心だと言わんばかりに周りに威圧するように堂々と覇気を撒き散らしている王の姿があった。
それとは別に宰相と思われる大臣の指示にしたがって謁見は進んでいく。
「それでは、王の御言葉です」
宰相がそう言った所でその場は一気に静かになった。空気の質が変わったかのようだ。
だが、一人その空気の中心に立っている者。
ライデン王国国王はその空気を自ら破り重々しく口を開いた。
「よく来たな、ラハトとその一行……」
「そして、小さな来賓者よ」
そこで王は嫌味なほど笑みを深める。自分を睨んでいる人物に対してつまり、私です。
「貴様などに本来会いたくもないわ」
その場が騒然となる。
「貴様!無礼だぞ!」
「王に対してなんたる非礼!」
「即刻打ち首だ!」
王に対しての私の行動は当然非礼になる。だが、王は静かに笑ってその場をおさめる。
「静まれ、非礼を犯しているのはお前達だ。……すまないな招いておいてこのような非礼な態度をとってしまって」
「構わない、それより早く帰してくれ。こっちにも用事がある」
「そう言わんでくれレナ殿、こちらもそう早く帰られては困る」
まるで友人のような会話を交わしているなと思いながら王と帰る帰らないの話をする。
周囲の大臣は顔を赤く般若のように歪めているし、ラハトにいたっては顔面蒼白といった具合で中々に顔色のコントラストが面白いです。
唯一、動揺していないのは王のすぐ側で控えている兵士ぐらいだろうか。
「そもそも、何故私がよばれたんだ?ラハトだけでいいだろうに」
そこで王は一瞬驚いた後何が面白いのか笑い始めた。
「すまない、馬鹿にしたわけではない許してくれ」
そこで王の空気が変わった。先程のようには無邪気な笑みなどではなく獲物を見定めるような粘りつくかのような獰猛な笑みを浮かべていたのだ。
次の瞬間、城が揺れた。
私の周りにいるラハトの仲間や大臣達が王を中心に壁際まで吹っ飛んでいく。ラハトは地面に手をついて耐えている。立っているのは私だけとなる。
「愚問だな。余が気づいていないとでも思ったか!なあ、そうだろう?壊国師、レナ殿」
王は獰猛な笑みを崩さずに笑っているような睨んでいるような顔で圧倒的な覇気を纏い私にそう問いかけてきた。
まるでこの問いには是が非でも答えてもらうぞと言わんばかりに私の方を見てくる。目が絶対に逃がさんと言っているかのようだ。
その大きすぎる覇気に私はだんだんと抗えなくなっていく。
(……これは駄目かもしれない、です)