ゴブリン前編
長くなったので二つか三つに分けます。……二つになる、はず……多分……恐らく。
レナがギルドでラハトにお願いした次の日、レナはいつもより早くに宿を出ていた。
昨日、ラハトが言っていた大量に残っている依頼を王都に出発する前に出来るだけこなすようにお願いされたからだ。
こんな無茶な要求をするんだから少しは協力して欲しいなどと言われればレナとしても断りきれなかったのだ。
「仕方がない。協力はしよう、だが余り期待はするんじゃないぞ?」
「勿論だよ。じゃあ、お願いするね」
「了解した」
ラハトに頼まれて来た場所は何処にでも在りそうな小さな民家だった。多分、平民からの依頼でしょう。もしかしたら違うかもしれませんが頼まれた以上はやるべきですね。
「すまない、誰かいないか?」
戸口の部分を叩いて私が中に呼び掛けると家の中から30代半ば程のおばさんが出てきた。何というか普通過ぎて特に言う事が無いぐらい平々凡々なおばさんです。
「はい、どちら様で?」
おばさんが出てきた所でラハトが私に代わって話をする。
「すみません。ギルドの冒険者組合の依頼を受けて参りました。ラハトという者です。今回は妖精種のゴブリンの対処と伺っていますが、それでよろしいですか?」
妖精種のゴブリンとは町の外周部によくいる存在で人前に余り姿を見せなくて、人間を含めた多くの人族、特にエルフに実に好意的でおふざけないたずら好きの妖精です。人にとってはそのいたずらが愉快だったり腹が立つ行為であるが総じて人々の意見をまとめると迷惑というのが真情だったりします。因みに私は結構好きですよ。ゴブリン。
「そうなんですよぉ。先月ぐらいから家のあちこちが散らかってたり、畑が少しだけ荒らされてたり、玄関の前にイモムシがウジャウジャしてたり、本当に困ってたんですよぉ」
主にこんないたずらですね、ゴブリンがするのは。畑は行き過ぎかもしれませんがゴブリンは退治の対象にしてはいけません。何故ならゴブリンは妖精種なので1属性だけ魔術が使えます。ゴブリンは主に風属性で、下手な人間が勝てる相手ではないからです。逆に退治されてしまいます。だからするのは退治ではなく対処、話し合いで解決させます。話し合いというよりはお説教近いですけどね。
「それは、困りましたね。こちらで対処するので少しお邪魔させて頂きますね?」
「お願いするわねぇ、せっかくいつもより高いお金出して貴方達みたいなベテランさんに来てもらったんですから」
「あはは、それを言われるとプレッシャーですね。では、始めさせて頂きます」
「じゃあ、頑張ってねぇ」
ラハトは営業向きの良い笑顔をおばさんに向けてから早速庭に向かった。
ゴブリンと話し合いするためにまずゴブリンを探さないといけません。ゴブリンは基本的に草木など植物などの多い所に居るので最も妥当な探し方ですね。
でも、私は面倒臭い庭の捜索何て嫌なので違う方法をとることにします。
「なあ、おばあさんや。ちょっといいか?」
「お嬢ちゃんもうちょっと喋り方直した方が良いよ?金持ちや貴族の家じゃ大丈夫かもしれないけどこんな平民の多い下町じゃ大人への聞き方がなってないとか何とか言ってゴロツキ共に拐われる事になるよ?」
何故だろうおばあさんの心配そうな顔が憎い。なのに怒れない……私の身体の中の熱がドンドン貯まって広がっていく。そうかこれが、ストレスか……
コホン、冗談はこのくらいにして……
「私は子供ではない」
私はそれこそ子供に言い聞かせるようにそのおばあさんに自分が子供ではない事実を告げる。
「背伸びしたい年頃なのは分かるけど注意した方が良いよ?」
グッ、余計に傷が増えた気がします。だが、私は負けないこれからおばあさんを私が子供ではないと悟らせられるだけの言葉を重いついて見せる。そして、子供ではない事を分かって貰う!
「………もう子供で良い」
「そんなに大人に成りたいのかい?変わった子だねぇ。それはそうと何の用だったんだい?」
「家の中に魔道具など置いていないか?」
「そんな高価な物が内にあるわけないでしょう?貴方のお家じゃあるまいし」
魔道具とは魔術師がかなりの時間をかけて作り上げられた魔術を持っていない属性でも手軽に使えるようになる道具です。そこそこ高価だとは思っていましたが平民には手が出ないくらいとまでは思ってもいませんでした。まあ、今回は魔道具があったらあったで困ったんですが。
「そうか、礼を言う」
(おばあさんの心配そうな顔が私の心を傷つけていく……)
おばあさんから教えてもらい、家に魔道具は無いと分かったので早速ゴブリンを探すとしましょう!
私は地面に魔方陣が書かれた一辺が1ラート……うーん、子供が両手を広げた長さより少し短い長さと言えば分かり安いでしょうか?
まあ、とにかく魔方陣が書かれたその一辺が1ラートの四角の布を地面に置いてその上に手を翳す。すると、魔方陣が闇色に光り出してドンドン色合いを増していく。
所謂魔術という奴ですね。
「何だね、こりゃあ?」
「魔術に使う魔方陣だ」
「魔術?これが魔術なのかい?」
私はそれから一つ溜息を吐いてから説明を開始する。
「そもそも、私は君の依頼で来た訳でもあのラハトという冒険者でもなければ貴族や大商人のご令嬢という訳でもない。私は彼に頼みがあるから出来るだけ依頼を早く終わらせて貰おうと思い協力しているだけだ。私は子供ではないと何度も言ったではないか。それに、ギルドのランク制を用いるならラハトのランクと私のランク同じだ。拐われるような柔な存在ではない」
ギルドのランク制は異界の文字が使われており、確か……A、B、C、D、E、F、Gランクと後別枠でギルド英雄級冒険者、があったと思います。これは個人的な情報としてギルドで扱われているためギルドガードにも載っていないです。
因みにラハトのランクは依頼うち合わせで本人に教えてもらいました。さすが優男。
「へぁー、魔術なんて生まれて初めてみたよ……」
おばあさんは生まれて初めて(多分違う)見た魔術にとても驚いて心ここに在らずといった感じだ。どうやら、私の思っているよりも魔術師というのは珍しいらしい。
「うーん、中央大陸だと珍しくは無いんだけどなぁ」
いくら不思議に思っても仕方ありませんね。まずはゴブリンの対処ですね。
『ラハト君、聞こえるかな?』
『っ!?レナさん!?ここにはいないはず……』
『ちょっとした魔術の応用、念話だ。お前は頭の中で伝えたいことを喋ると私に伝わるようにしている。』
『魔術って、何でも有りなんですね』
『そんな事はない。家の前に来てくれゴブリンと話す。質問は受け付けないぞ?時間が惜しい』
『……了解です』
取り敢えず魔術の念話でラハトを今居る場所に呼び先程の魔術を完成させる。
魔方陣の闇色の光りが幾重にも重なり幾何学模様のような形が色々な方向に移動して立体化していく。光りは更に複雑化して、魔方陣の上が光りで見えなくなる。
光りはやがて小さく薄くなっていく。そこに居たのは1ラートもない小さな緑色を小人のような存在が二人先の魔方陣の闇色の光りに縛られていた。
「さて、お前達がこの家のゴブリンか……」
私が放った言葉に緑色の小人達、ゴブリン達はビクッと身を震わせ狼狽したような顔をする。普通の人だったらここで勘違いなのかななんて思うんでしょうねー。
実はこれもゴブリンの遊びでおふざけの一環なんですよ。これでこのゴブリン達を解放した瞬間に笑いながら風魔術で悪戯して何処かに行ってしまうでしょう。
「お前達がしているそれは遊びではない。お前達のそれは生活に支障をきたす苛め貶めの行為だ」
『……!?』
そこで初めてゴブリン達は様子を変えた。表面上はさっきと一緒で狼狽したように身を震わせているだけだがそこに恐怖という感情が混じり始めている。
まぁ、魔術にそこまで関連が無い人にはゴブリンの感情を心の内を見て判断するなんて出来ないでしょうから。分かるのは私やこれを退治している冒険者にラハトとかじゃないですか?
「お待たせ。それにしてもやっぱり魔術っていうのは凄いね。もうゴブリンを見つけてる……というか捕まえてる」
噂をすれば何とやら。ラハトが庭がある方の戸口から出てきた。
「見つけて話し合いをお願いするよりは捕まえて直接言ってやった方が楽な時もある。何より今はわたしが急いでいる」
「じゃ、話し合いは問題無さそうだね」
ラハトは頷いただけで何も言わないけど多分呆れているんでしょうね。
実際、ゴブリンとの話し合いはもう終わる。ゴブリンは一度恐怖を覚えると急に臆病になるからです。
『あの……人間さん。すみませんでした。これからは我慢します……』
頭に綺麗に響く声。念話と似て非なる物。妖精の類いが使う通話する手段だ。念話と普通の声を合わせたような物と思って欲しいです。
何はともあれ自分達から言ってくれたのでゴブリン達との話し合いは楽に終わりました。
「分かって貰えたなら良い。解放しよう」
私は魔方陣に手を乗せる。魔方陣が一瞬淡く光ってゴブリンを拘束していた闇色の光りの鎖が砕けちる。ゴブリン達は嬉しそうにしながら木々の多い方に走って行った。
『ありがとう!また遊ぼう』
この声が頭に響く頃にはゴブリン達は風の中に消えていた。
「さて、これで終いだな」
「そうだね」
依頼は終わりとおばあさんに告げようと後ろを向くと未だに呆然とした様子のおばあさんがそこにいた。
「なあ、ばあさん、ばあさん」
「………!あ、ああ、なんだい?」
私の声で呆然としたままだったおばあさんが我に返る。
「これで一通りの依頼は完了したと思うがそれで良いか?」
私は未だ少し慌てているおばあさんに依頼の完了を告げて依頼完了用の書類にサインして貰う。
「あ、ああ……勿論だよ。ありがとうね」
そう言いながらおばあさんは私の出した紙にサインした。もうこの家でする事は終わったので後はギルドの冒険者組合にこれを提出しておわりだ。やっと終わりました。おばあさんの依頼料も分けて貰えないのに疲れるだけですね。
ギルドの建物に着くとラハトが受付に向かう。何もする事が無くなった私はポーチから果実水を取り出し喉の渇きを潤す。因みに今回は柑橘系の果実水です。
「はあぁ、美味しい~」
かなり喉が渇いていたらしくいつもの数倍美味しく感じられました。やはり、果実水は止められませんね。しかもこの果実水、喉の通りが不思議なくらい良いんですよ。飲み込む瞬間に来るあの美味しさは本当にたまらない。
「お待たせ、依頼完了を伝えてきたよ」
受付の用事が終わったようでラハトがこちらに帰ってきた。後ろにはパーティ仲間らしき人達がいる。よくチームを組んだりしてつるんでいるんでしょう。
「それは果実水かい?美味しそうにしてるね。そんな顔は初めて見たよ」
「そうか?」
それは驚きです。そんな珍しい顔をしていたでしょうか?まぁ、私は特段、感情が表に出ることが余り無いのでオーバーに動かす事も無いのかもしれません。
「おぉ、これが次の仕事のパーティメンバーに加わるお嬢ちゃんか!中々可愛いな!」
何かうざいのが来ました。ハゲ頭で見た目が若いお兄さんが馴れ馴れしく私の頭を触ってきました。自分の中でハゲ頭に対する嫌悪感が急上昇しました。
「止めろ!触るな!私は貴様の子供ではない!」
「ロニック、失礼だぞ。一応、仕事仲間何だぞ」
「いいじゃんかよぉ。頭撫でただけだぞぉ?」
(えー、一応って何ですか?一応って……)
ハゲのお兄さんを注意?してくれたのはこの前ハルトに話し掛けていた青い髪をした救世主ワイルドおじさんでした。どうやらラハトの仲間というのは正しかったようです。
……この人有能ですよ、有能。ハゲ頭?ワイルドおじさんの踏台か何かでしょう?
「もうちょっと静かに出来ないもんかねぇ……」
ハゲ頭ロニックとワイルドおじさんが言い合っていると後ろから赤くて冒険者には珍しい長髪の若いお姉さんが呆れ顔で近づいてきた。恐らくいつもの事なんでしょう。
それはそうと、言っては何ですがこの人身長が凄く高いです。男の中で一番身長があるラハトと同じぐらいですからね。
「すまないね、レナさん。内の仲間は皆あんなだけどとても良い人達なんだよ。信頼出来て頼りになる」
「見た所頼りにはならなさそうだが……」
「あはは……それを言われると辛いね。とにかく、紹介するよ」
「よろしく頼む」
ラハトの紹介によるとワイルドおじさんはディーダンという名前らしいです。今度からはディーおじさんと呼ぶことにしましょう。しかも、このディーおじさん、なんとこの辺りでは珍しい刀使いだそうです。中々やってくれるディーおじさんです。
「宜しくな!」
「お、おぅ……そうか。まぁ、よろしく頼むぜ」
流石ディーおじさん、無難で地味に格好いい返事です。次に紹介されたのは長身長髪の美人のお姉さん。
「彼女の名前はリセロラ。弓の達人で前衛もつとめる事も出来るんだ。このパーティ、チームでは僕を除いて一番強いよ」
「よろしくねー」
リセロラはニコニコしながらこちらに手を振っている。やっぱり、女の人は何処でもまともな人が多くて助かります。ラハトは優しいんですが、少し先入観を優先して物事を進める傾向が強いんですよ。それにハゲはハゲですし、男で私が一番マシだと思ったのばディーおじさんぐらいですからね。取り敢えずリセロラには手を振り返しておく。
「宜しく頼む」
「うん、じゃあ次に行かせてもらうね」
そういうラハトの側には既に早く紹介してくれとでも言わんばかりに全力でアピールしているハゲがいた。
「さぁ、さぁ、次は俺の紹介だぜ?ラハト頼んだぞ!」
「ああ、彼はレンジャー技能に秀でていてね。周囲の気配や不自然な箇所を直ぐに見つけ出してくれる優秀な元義賊さ。これでも人気は有ったんだよ」
「! ……そうだったのか」
何とハゲは民衆に支持され大人気だったようです。今世最大の世界の謎を垣間見た気がします。名前はギルというらしいです。こちらを見ながら目を輝かせて興奮気味に自分の事をラハト以上に話してくる。フレンドリーと少しの自己顕示欲を混ぜたような性格ですね。正直うざいことこの上ないです。
「俺、元々犯罪者だったんだけどな、そこをラハトに拾われたんだよ。元々俺は生活に困って無かったんで追い返そうとして攻撃したらまさかの大反撃……あれには流石に驚いた。何たって俺は負ける何てこれっぽっちも考えて無かったからな。当時の俺は気配や違和感の察知能力以外にも近接戦闘で強くなるアイテムまで有ったのに負けたんだよ。それで負けてノコノコ着いて来たってわけなんだけどよ別の国行って表の仕事をやり始めると義賊何て裏方稼業をやってた俺には眩しいぐらいの驚くべき事が………………………………」
こんな事を永遠聞かされるなんて真っ平です。ラハトも困った様な顔でハゲその男ギルを見ている。
「すまないね。彼は自分の事を沢山の人にしってもらいたい、と思ってる節があってね。自分の事を紹介するとき自分の暗い部分や悪い所も自分の深い事情も話そうとしてしまうんだよ。……とても心配だ。……それはそうとレナさんは自己紹介してもらっても良いかい?僕も知り合って余り時間は経ってないからさ」
「分かった、良いだろう。」
そこで私は一呼吸置いてから前にラハトに自己紹介した時より少し深く自己紹介する。
「私は冒険者のレナだ。このライデン王国には旅の途中で通っただけだ。云わば、観光だな。元々中央大陸の方に住んでいたからな。因みにちゃんと大人だからな?」
「レナちゃん中央大陸から来たのかよ!すげぇな、おい!中央大陸から来たってやつなんて平民ては見た事なんてないぜ?」
「……驚いたぜ」
「本当だね。珍しい事もあるものだね」
「凄いねーレナちゃんは中央出身だったなんて!」
ラハト達が驚いているのは不思議でもなんでもなく中央大陸の技術力が他に比べて圧倒的に高く、貿易も盛んに行われて途轍もなく栄えているからだ。中央大陸以外の大陸の人間は中央大陸に行くだけでもかなりの点数になる。ましてや、ライデン王国は中央とあまり関係を持っていない。彼ら驚き様は当然だ。
「まあ、レナさんが魔術師って言うのも中央大陸出身だと納得がいくな」
「確かにそうだね。僕も納得がいく」
私が魔術師であることは既に全員知っている。ラハトがその辺りの事情を説明したからだ。
「取り敢えずは明日、王都までの護衛を手伝ってくれ」
「勿論、協力させてもらうよ」
「私も手伝うわ」
「任せとけ、きっちりやらせてもらうぜ」
「俺の索敵能力があるから道中は安全だぞ!」
一部(最後)を除いて皆さん真面目に請け負ってくれる。私は一時だけの薄い関係ですが良い仲間は得たのかも知れません。あった当初は余りよろしいとは思えませんでしたが……
(それでも私はそう考えたい)
「では、明日はよろしく頼むラハトには無茶を重ねてすまなかった」
頼む時も半ば脅迫染みた事をしてしまっている。迷惑をかけたと素直におもいます。
「任せてくれ、これでもそこそこ名の知れたベテランの冒険者なんだからね」
ラハトは驚いた顔をした後で笑って自信満々にそう言った。
明日が少し楽しみに感じたのは久しぶりです。
次は王都に向かいます。
後、1ラートは1メートルと同じ長さです。