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コード73

作者: U-3

 家のすぐ近所に雷親父のおじさんが住んでいた。


 そのおじさんは、事あるたびに小学生の僕達を注意したり時には大声で怒鳴ったり睨み付けてきたりした。

 雷親父なんて名ばかりの大義名分で、実際はそんな立派なものではなかった。


考えてもみれば、今の時代はそんな危なっかしいおじさんはすぐに通報されたり近所の大人達からマークされたりするが、古き良き時代の下町だったのか、地域で子供を育てるといった風潮があり、特に変質者や危ない人間だというような目で見られる事もなく、逆に親の目の届かない所で我が子を叱ってくれるおじさんという認識で親からは少しばかり感謝されているおじさんでもあった。


 しかし、子供の僕達からしてみればそんな持ち上げられるような立派なおじさんとは到底思えなく、理不尽な事で怒鳴られたりもよくした。「ワシの家の前で喋りながら通るな!」だとか「チャリンコのブレーキがキーキーうるさいんや!」だとか「女子とイチャイチャ下校してんじゃねぇよ!」しまいには「ワシに会ったらちゃんと挨拶せんかい!」と言い出し、いつも怒っていて僕達からしてみれば、ただの言いがかりでしかなく子供を怒鳴り付けることでストレスを発散させているようにしか思えなかった。


 そしてそのおじさんはいつも酒臭く、いつも何かにイライラしているようにも見えた。


 子供の僕達はそのおじさんが大嫌いで、極力おじさんの家の前を通らないようにしていたけど近所の至る場所で遭遇してしまいその度に怒られた。


 子供からしてみれば大人は「大人」という大きな1括りでまとめられ、そのおじさんが幾つなのかはよく分からなかったけれど、たぶん50歳ぐらいだったように思う。

 そのおじさんは仕事をしている様子がなく、いつも昼間から近所をフラフラしてまるで毎日街をパトロールしているようにも見えたけど、ただ暇で近所をブラブラしているだけだったと思う。


 子供はなにかとあだ名を付けるのが好きでそのおじさんの事を友達みんなは「コード73」と呼んだ。

 理由は簡単で髪の毛を7:3で分けているけど7の部分がバーコード禿げになっているからということで、7:3バーコードを少しお洒落にしてそのあだ名が付いた。

 それと「コード73」という響きがまるで映画に出てくる謎の悪役のようなイメージがあり、僕達からしたら迷惑極まりない謎の悪役おじさんにぴったりだということで満場一致でこのあだ名に決まった。


 ある日の学校帰り、1つ学年が上の井桐立健太君と一緒に家に帰っていた。

「俺の苗字は相当珍しくて、日本中探しても親戚しかこの苗字ははいないんだぜ」

 自分の苗字をどこか誇らしげに話す健太君はなぜか輝いて見えた。小学生の時は1歳の年齢の差は大きく、自分の知らない事や知らない世界を知っている「すごい人」のように映っていた。それを憧れとも言うのかも知れない。


 角にある公園を右に曲がった直後に奴の姿が目に入ってきた。


 10メートルばかり先に姿を現したコード73は僕達の姿を見るなり眉間にしわを寄せ、今日はなにを怒鳴り付けてやろうかというような目付きで僕達の姿を足元から頭までを品定めするような目で監察し出した。


 左に逸れる路地があるので「ねぇ健太君、左に逃げようよ」と話しかけ健太君の横顔を覗くと、「逃げないよ。今日また絡んできたら決闘してやるんだ」そう言った。

 1つ学年が下の僕の前で格好いいところを見せようとしたのかも知れない。

 そう言う健太君は正面にいるコード73を真っ直ぐに力強い目で睨み付けていた。睨み付ける目とは対照的に小さな体は小刻みに震えていた。


 学校帰りの僕達はなにも怒鳴り付けられる理由なんてないはずだと心の中では思いながらも、それを嘲笑うかのように奴は口元を緩めていた。


「おぃ! お前大人に向かってなんて目をしてきやがるんだ! 生意気なクソガキが! お前、井桐立の家のクソ坊主だろ? お前の親はどんな教育をしているんだ! 名前の通りイキリ立ってんな! ちゃんと挨拶しろよ!」

 コード73は口から唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。いつもより酒臭さが増していた。

 こんな酔っぱらいの小学生いじめをするおじさんが近所の大人達には「親の目の届かない所で我が子を叱ってくれるおじさん」として少しばかりの感謝をされている事実に大人は一体なにを見ているのだろうか?と大人の世界が全く理解出来ずにいた。それとも他の大人の前ではいい顔をして「地域で子供を育てていきましょう!」……とガッツポーズでもしたのだろうか。酒の臭いをプンプンさせながら……。


「昼間からお酒を飲んでいる大人に挨拶はしない!

大人は昼間は働いているもんだ! おっさんちゃんと働いてるのかよ! 子供をいじめる事しか出来ないおっさんには絶対に挨拶はしない!」健太君が大声で叫んだ。叫んだと同時に健太君の体が後ろに吹き飛ばされた。コード73が健太君を殴り飛ばしたのだ。

 コード73は凄い剣幕で健太君を見下ろしながら言った。「親にチクったらただじゃ済まさないぞ」そう言い残して足早に姿を消した。健太君は口を切り、頬も変色して腫れていた。口元の血を吹きながら体全体が震えていた。


 健太君が殴られたという話しはその日の晩には町内の大人達の耳に入った。公園で散歩をしていたおばさんが、その一部始終を見ており倒れ込んだ健太君を家まで連れて帰ってくれ、ありのままの事実を健太君のお母さんに話した。


 その後、健太君の両親は警察へ被害届を出しコード73は捕まったと聞いた。捕まってしばらくして釈放されたそうだが、その後にすぐ体調を崩しどこかの病院へ入院したと聞いた。

 それを最後にコード73の姿を見た人間は誰もいない。

 そして中学校に入ってしばらくして僕は県外へと引っ越しをした。


 ……もう30年も前の記憶がふと甦った。

 今は社員を6人抱える小さな材木屋の社長となった僕は、日々の業務に追われ毎日汗を流している。

 たった6人だけの社員とはいえ、人を動かす難しさや指導の難しさなどの「上に立つ立場の人間」として壁にぶつかっていた。社内での全ての仕事を終えて帰宅してからは色々な本を読んで、社員との向き合い方を勉強した。

 そして、今読んでいる本がその30年も前の記憶を鮮明に甦えらした。

 本屋で何気なく手に取った本で、表紙の題名だけを見て購入した本だった。


 その表紙を見て思わず微笑んでしまう。


「部下が付いてくる上司の言動、行動73の法則/著者

 井桐立健太」


 そういえば、「日本中でこの苗字は親戚しかいない」と言っていたな。







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