「十三宮 巫部 仁」
天体衝突の危機から地球文明を防衛するため、人類は有りとあらゆる技術を結集し、「対小惑星隕石砲」を開発した。しかし、水素爆弾などの大量破壊兵器を搭載する事も可能なこの機構は、独裁政権やテロリストによって軍事転用され、遂に私達の祖国、日本列島にまで脅威を及ぼしつつあった。我が国の連合政府は、「反射砲」と呼ばれるレーザー兵器を実用化させると共に、対小惑星隕石砲を破壊する作戦を決行し、今この瞬間も戦闘機・攻撃機が次々と飛び立って行く。風雲急を告げる中、ミステリアスな教会の末裔にして、魔女の妹である十三宮仁は、この戦争の真実を語り継ぎ、何より愛する家族を守り抜くため、約束の場所へと向かっていた。だが、そのためには、死んだ人間を復活させ、異世界への扉を開くと云う、禁じられた「星」の呪術が必要であった…。
「…この子を、我が子を死なせはしません! 何があっても、絶対に…私があなたを、必ず守り抜いて見せます!」
あの年の夏を思い出すたびに、私は推し量る。彼女達の眼には、百年後の世界が映っていたのではないか…と。
昭和20年8月、陸軍等を中心とする大日本皇国政府は、ポツダム宣言の受諾を拒否し、米英との最終決戦に臨んだ。数多の国民が、第三の原爆投下や、連合国軍の上陸に備えて動員されると共に、日本独自の原爆開発や、太平洋諸島での撹乱工作(それは「イザナミ作戦」と呼ばれた)といった、無謀な起死回生さえも計画された。一方、漁夫の利を狙って満洲・朝鮮・樺太・千島への侵入を進めていたソビエト ロシアは、遂に北海道へと上陸し、その北部を占領するのみならず、札幌・箱館方面にまで迫った。
終戦後、我が国は米露に分割占領されていたが、朝鮮戦争によって東アジアが混乱状態に陥ると、北海道から東北地方への拡大を企図していたロシア軍や、中華ソビエト共和国に支援された政治集団が勢力を広げた。「彼ら」は、民主主義の実現や、腐敗政治の撲滅、アメリカ依存からの脱却、そして貧しい労働者・農民の保護といった一見魅力的な公約を掲げる事で、国民から支持を集め、更に旧日本陸軍などの一部をも味方に取り込んで、内戦を制し、政権を掌握するに至った。誇り高き「日本人民共和国」の成立である。
だが…いつの時代でも、権力には人間を変貌させる魔力があり、一度権力を手にした者は、それを自らが独占し、他を排除しようとする傾向がある。彼らもまた、同じ過ちに手を染めてしまった。彼らは、連立政権のほかの党派を解散させて、一党独裁体制を築き、産業国有化や市民の監視・弾圧を強行した。その結果は、最悪だった。人権統計資料などの調査記録によれば、数百万人もの自国民が、恐怖政治の犠牲者になったと考えられている。
そして、共和国の成立から約三十年後の夏、天下は再び、革命の季節を迎えた。小惑星の地球衝突によって、人類文明は存亡の危機に瀕し、世界は大いなる混沌の時代に突入した。日本列島にも多くの隕石が落下する中で、独裁政権の支配に不満を抱いていた人々は、遂に人民共和国への本格的な反乱に立ち上がり、自ら新国家を「建国」する群雄さえ現れた。更に、アメリカ連邦に亡命していた日本人グループが、米軍の支援を受けて九州・関東に上陸し、九州の大半を占領すると共に、横浜・千葉・東京・水戸・宇都宮などを次々と陥落させ、ここに日本人民共和国は滅亡した。
東京の新政府は、西欧的なデモクラシー国家「日本帝国」の開闢を宣言し、国民の自由と権利を保障し、新しき時代の元号は「光復」と定められた。小惑星の衝突は、皮肉にも西洋における冷戦の終結を促し、世界各国の人々は、隕石による甚大な被害からの復興に挑戦しながら、来たるべき21世紀の新秩序を摸索して行った。我が国においても、様々な事件や出来事があった。その中で、自分自身に関して言えば、私が生まれたという事を、一つとして挙げられる。また、光復七年の南播磨地震(坂神淡路大震災)や、同年の秘密結社「邪馬台国」による化学兵器テロ事件も、危機管理に関する重大な戦災として、我々の記憶に新しい。そして、もう一つは…。
「暫くの間、あなたを預かる事になりました、安東家棟梁の十三宮聖と申します。これも何かの縁、義理であろうと家族ですので、『お姉ちゃん』って呼んで下さいね^^」
「聖の双子、勇よ。ま、宜しくね。可愛がってあげるわよ」
「聖姉様と勇姉様の妹、仁だよ! 『めぐちゃん』って呼んでね! めぐちゃんはね、君のお嫁さんになるんだよ^^」
そして、もう一つは…新しい家族との出逢いである。この日記を書き始めた頃、私はまだ子供だった。けれど、この日記を書き終え、読み返す頃には、私自身も、日本も世界も、延いては地球・宇宙さえも、過去や現在とは異なっているだろう。それを忘れぬため、この地球世界で、日本列島で何が起き、その中で自分は如何なる運命を選択したのか、この本に記録して行きたいと思う。今この瞬間、本書を読んでいるであろう、未来の私…そう、あなたのために…。