死を決意したはずなのに
ヌメッとした長い髪の毛。
顔にあってない、小さなサイズのメガネ。
その不協和音をまとめるかのように、漆黒のスーツで身をまとう。
振り返った先にいたのは、実に奇妙な男だった。
「初めまして。突然恐れ入ります。私は自殺審判官の野口亮太と申します。お見知り置きを。」
…はい?
「貴方様が今回の被告人の岡島泰介様ですね。
お聞きしていた以上に自己中心的で思い込みの強いタイプのようです。自殺志願者にありがちですね。」
ふふっ、と笑いながらこちらに近づいてくる。
なんだ。コイツは一体何者なんだ。
「ちょっと待て。突然出てきて、なんだお前は!
"自殺審判官"なんて聞いたことねぇぞ。
挙げ句の果てに知ったような口ばっか、お前が俺の何を知っているというんだ!!」
正論だと思うが、
そもそも、今の状況自体が論理なんて通用していないのに、俺の正論が通じるはずもなかった。
「はぁ。飲み込みが悪いんですね。私は先ほども申し上げました通り、貴方が本当に自殺をするのか、果てまた死なずに再度生きるのかを判断するために自殺者の意見を聞くために派遣されている歴とした"自殺審判官"です。
それに貴方のパーソナリティについてはほぼ調査済です。
結婚の際、相手が自分のことを好きなはずだと決めつけプロポーズをせずいきなり婚約届を家に持ち帰りサインを求め、一度捨てられそうになったこと、
自分は優秀だと誤認し上司に執拗なまでに事業改善書を提出し、一度厳重注意を受けたこと等、自殺志願者ありがちなマイペースなタイプで、周囲の迷惑など何も考えずに行動する方であると調査班から報告を受けています。」
ゔっ…
なんでそんなことを。
「ふ、ふざけんな!なんでそこまで知ってるんだ!
個人情報だ、犯罪者め、すぐ訴えてやる!」
理性も何も、合理的なものが何一つない。
なぜコイツは俺のことを知っている?
電話をかけようと手を伸ばすと。ある事に気づく。
ここには電話がない。
俺の家の電話が、ない。なぜ電話だけ?
コイツの、仕業か。
「お前こうなることを見込んで…先に外しやがったな!!!!」
やれやれ、と言わんばかりのため息をつき、呆れた声で野口は言う。
「とんでもないおバカさんが居ましたね、初めてですよ。
貴方死んでるのに、電話なんでどこにかけるんです?」
え…?
「し、しんでる…?」