表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

おまけ:猿人語訳編

猿人語にルビ振ろうとしたのですが見辛かったのでやめました。

会話文の《》で囲んだ部分が訳語です。


 気が付けば洞窟の中に立っていた。

 足元には召喚陣が煌々と輝いていたが、その光は直ぐに弱くなり、初めから何も無かったかのように消えていった。

 辺りを照らす光源は壁に備え付けられた数本の松明だけとなり、薄暗く面妖な雰囲気を醸し出した。


 周囲を見渡すと大勢の猿達が俺に向かって礼拝のような姿勢をとっている。

 その姿はまるで俺を神として崇めているようだ。


 猿達が顔をあげ、一匹の雌猿が声をかけてきた。


「《ようこそ》」

「え……? ウ、ウホ⁉」


 ……どうやら俺はこの猿達に召喚されてしまったらしい。

 異世界転移ってやつかな?


 雌猿は自分を指差すと、続けて言った。


「《嫁》」


 自己紹介かな。確かめてみよう。


「《嫁》さん? よろしくね」


 ウホウホと頷いている。どうやら正解らしい。

 続けて他の猿達も名乗ってきた。


「《妾》」

「《三号》」


 ふむ、このロン毛の雌猿は《妾》さんね。

 で、こっちのもこもこな雌猿は《三》……


「って覚えられるか!」


 怒鳴りつけたように言ってしまったせいか猿達が騒めきたった。


「あ、いや……今のはツッコミというか……。よろしくね」


 慌ててフォローすると猿達も少し落ち着きを取り戻した。


 とりあえず、挨拶はもういい。どうせ覚えられない。

 事実、一匹目、二匹目の名前も既に忘れた。

 もう、コイツらの名前はウホ子A、B、Cに決定。俺が決めた、そう決めた。

 あと、こちらも名乗る必要はない。どうせ発音できないだろうから。


 それにしても。

 俺は何故こんな場所に呼び出されたのか?

 異世界転生や転移と言えば、チートスキルを与えられ、さらに持ち前の知識を使って俺Sugeeeするのが醍醐味では?


 でも、俺にチートスキルが与えられた感はない。

 転移モノに必須のスキル《言語理解》すらない。

 また、俺は文明の利器に頼ってヌクヌクと生きてきただけの現代人である。

 この猿達相手に役立ちそうな知識は持ち合わせていない。

 もちろん異能とかいう便利なものも持っていない。


 俺がこの世界でやれることと言えば、食料を元にう◯こを創造するぐらいじゃないかな。

 名付けるならば、スキル《運知創造》。


 あ、字面だけ見ると強そう。

 実態は文字通りの糞スキルなんだけど。スキルですらないか。


 ああ、そんなどうでも良いことを考えている場合じゃないね。

 これから先のことを考えないと。


 俺がただのう◯こ製造機だとばれたらどうなるかな?

 おとなしく元の世界に帰してくれるかな?

 それとも可哀想なブタさんを見るような目で殺処分されちゃう?


 では、俺が何らかの役に立つところを見せられたなら?

 ご褒美に元の世界に帰してくれるかな?

 それとも――。


 そんな俺の思考を遮るように、ウホ子Aが話しかけてきた。


「《こちら》」


 うん。なるほど、分からん。


「何言ってるか分からないよ」


 困った顔で返すと、ウホ子Aは俺の手を引いて歩き出した。

 どうやら俺をどこかに連れていきたいようだ。


 ……屠殺場じゃないよね?

 仮にも礼拝してた相手をいきなり殺すとは思えないけど、猿の考えることだからね。

『神からの恵みを頂きます、グサーッ』とかあり得ないことではないからね。グシャーッかな? 刃物とか無さそうだし。


 とは言え、ここは大人しくついていくしかなさそうだ。

 この世界ですべきこと、つまりは使命みたいなのが判明すれば良いんだけど。

 それをこなせば元の世界に帰れそうじゃない?

『魔王を倒してくれ』とかだったら逃げるしかないけどね。



◆◇◆◇◆◇



 さて、どこに連れていかれるかと戦々恐々だったが、この洞窟内を一通り案内してくれただけだった。

 おかげで、大体の状況を把握できた。


 まず、コイツらはこの洞窟を根城にする猿もとい猿人で、三十匹程の群れで暮らしている。

 それだけの数が住んでいるだけあって洞窟の大きさも部屋の数もかなりのものだ。

 枝分かれした通路や大小の部屋が存在しており、明らかに自然発生した洞窟ではない。

 誰がどうやって掘ったのかは不明だ。


 洞窟の外も見せてもらったが、木々が生い茂る密林だった。

 そこで狩りや木の実の採取をして暮らしているのだろう。


 猿人達は言葉や火を扱うが、土器はない。旧石器時代のレベルだね。

 だが驚くべきことに、この猿人達はなんと魔法を使える。

 呪文らしきものを唱えて、消えた松明に火をつけていた。

 もしかしてこの洞窟も魔法によって作られたのかもしれない。

 タイムスリップの可能性もあったが、異世界転移で確定だ。

 でも、俺が召喚された理由は依然として謎のまま。


 ひとまずは歓迎されているようで、今は洞窟内の一室で料理が振舞われている。

 ウホ子A、B、Cの三匹も一緒だ。


 料理は何かの肉とナッツ類、あとはドクダミみたいな葉野菜の組み合わせ。

 それらが大きな葉っぱに包まれて運ばれてきた。

 肉は火は通してあるが塩気はなく、口に頬張ると獣臭さが鼻孔を刺激した。なんとも言えない味だ。

 ナッツはえぐみが強くて受け付けなかった。

 葉野菜は生のままなので、変な病原菌や毒を警戒して口にしていない。


 はっきり言って不味い。

 が、コイツらの文化レベルではこれでも精一杯の持て成しなんだろうな。

 なんとなくだが、豪勢に振る舞っているのが分かる。


 とは言え、だ。

 俺としてはこんな世界に長居する気は毛頭ない。

 さっさと元の世界に帰りたいのだ。


 猿人達に言葉が通じないのは分かっているけど、雰囲気等からこちらの意図を汲み取ってくれるかもしれない。

 そう思い、とりあえず疑問をそのまま口にしてみた。


「俺は何のために召喚されたのかな?」

「《結婚》」


「何をすれば良いのかな?」

「《子作り》」


「元の世界に帰れるかな?」

「《帰さない》」


 ……分かってはいたことだが泣きたくなってきた。

 なあ、この世界の神様や。あんたドSだろ?

 せめてスキル《言語理解》をくれんかね。

 これでは何をして良いのかさっぱりだ。


 落ち込んでぼんやりと料理を眺めていたら、何やら部屋の外が騒がしくなってきた。

 何事かと思っていたら、部屋に血まみれの猿人が入ってきた。

 狩りで魔物にでも襲われたかな?


「《ヤツラだ》」

「《はやから⁉》」


 何を言っているかは分からないが、ただ事ではない雰囲気だ。

 その後もぞろぞろと猿人達が集まってきて話し合いを始めた。


「《逃げる?》」

「《無理だ》」

「《婿にやらせよう》」


 相変わらずコイツらが何を言ってるのか分からない。俺は蚊帳の外だ。

 ところが、話し合いが終わると猿人達が一斉に俺を見つめてきた。


 あ……これ、俺がどうにかしないといけないパターンだ。

 いやいやいや、俺、戦いとかできないからね?

 どう見てもお前らの方が強そうじゃん。


 でも、この猿人達を勝利に導くのが使命なのか?

 そしたら元の世界に帰れたりする?

 だったら、見方を変えてみよう。


 これは戦略シミュレーションゲームだ。

 猿人達を率いて敵を倒すっていうゲーム。


 《ミッション1:言葉の通じない猿人達を率いて正体不明の敵を撃退せよ!》


 ……あれ? 何気に難易度地獄(ヘル)モード?

 イージーモードが良かったなあ。

 オーバーキルして「あはは、やり過ぎちゃった」みたいな、さ。

 せめて敵の正体だけでも知りたいんだけど?

 いきなりドラゴンの群れがやってきたらどうすんのよ。


 そんな俺の心配はすぐに解消した。

 洞窟入口の方から叫び声が聞こえてきたからだ。


「《どこだ!》」

「《出てこい!》」


 大きな声が洞窟の壁に反響し、離れたこの部屋までしっかりと聞こえてきた。

 声を聞いた猿人達がびくっと震えあがり、毛を逆立てている。

 察するに今叫んでたやつらが敵だろう。


 どうやら猿人同士の争いのようだ。

 大方、ナワバリ争いというところか。

 ちょっと安心だ。だが油断はできまい。

 コイツらがここまで怯えているということはかなりの強敵なのは間違いない。


 さて、とにもかくにも作戦を立てねば。

 こちらで戦えそうなユニットは石斧を持った猿人十匹ね。

 じゃあ、その十匹のユニットを六匹、二匹、二匹の三グループに分けようか。


 六匹のグループは囮役兼正面からぶつかるグループ。洞窟の通路奥の袋小路に配置する。

 あとの二グループは袋小路手前の両脇部屋に隠れて敵が通り過ぎるのをやり過ごす。

 で、敵が六匹のグループが戦い始めたら隠れていた二グループが後ろから襲いかかる。


 作戦と言えるほどのものではないが所詮は猿人、猿知恵だ。

 どうせ、複雑な作戦を立てても説明できないし、理解もされないだろうしね。


 地面に図を書いて猿人達に作戦を身振り手振り説明すると、意外なことにすんなり理解してくれた。


 俺に従い、猿人達が急いで配置につく。

 俺も部屋に隠れるグループと一緒に配置についた。

 飛び出すタイミングを見計らって合図を出すためだ。


 それぞれが配置についたことを確認し、こちらの居場所を知らせるために六匹グループに声をあげさせた。

 そして足音を聞き漏らさないように耳を澄ます。


 ――ペタペタペタ


 敵は声に誘われてすぐにやってきた。

 隠れている俺たちには気付かずに、部屋の前を通り過ぎていった。

 だが足音はすぐに途切れ、訪れたのは静寂。


 敵の目には六匹グループが映っている筈だ。

 なのに戦いが始まっていない。

 会敵即戦闘かと思っていたが違うのか。

 代わりに敵と思しき者の声が聞こえてきた。


「《異世界人どこ?》」

「《保護する》」

「《元の世界に返す》」


 仲間からの返答はない。

 もしかしてもう殺られてしまったのか。

 不安がよぎる。


 足音を殺して部屋の入口付近に移動し、様子を伺う。

 向い部屋に隠れていた猿人二匹も入口付近に移動してきていた。


 入口から通路を覗くと、すぐ傍に敵三匹の背中があった。

 逆に六匹グループとは距離をおいて対峙している格好だ。


 計算違いだが好都合かな?

 敵は襲いかかればすぐ届きそうな位置にいる。

 今なら十分不意をつけそうだ。

 だが、できれば六匹グループが襲いかかったタイミングで出ていきたい。

 数的優位にたつ仲間が怯える敵だ。

 慎重にいきたい。


 襲いかかるべきか判断に迷っていると敵の一匹が手をかざし呪文のようなものを唱えだした。


「《荒れ狂う炎》」


 呪文を唱えた猿人の頭上にサッカーボール大の火の玉ができると、対峙していた猿人達に襲いかかった。

 猿人達が避けると、火の玉は壁にぶつかり轟音と共に爆発した。

 洞窟が揺れ、パラパラと土片が降り注ぐ。


 なるほど、コイツらが怯えるわけだ。

 肉弾戦が始まるまでは様子を見るつもりだったが、のんびりしている状況ではなさそうだ。


 再度、敵の一匹が呪文を唱え始める。


「《荒れ》――」


 六匹グループも応戦しようと敵との距離を詰める。

 襲い掛かるなら今しかない。


 敵の猿人達に恨みはない。

 恨みはないが俺の未来のためだ。

 悪いがここで死にさらせ。


 俺は傍で待機している猿人二匹、それと向い部屋の猿人二匹に手で合図を出した。


 猿人四匹は作戦通り敵の後ろに駆け寄ると、敵の頭目掛けて石斧を振り下ろした。

 不意をつかれた三匹の敵は、石斧の直撃をもらい、声にならない悲鳴とともに頭から血を吹き出して倒れた。


 ――殺った⁉


 敵はびくびくと痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

 どうやら無事倒せたらしい。


 俺は安堵の胸を撫で下ろした。

 同時に猿人達の歓喜の声が洞窟に響きわたった。


「「「《勝った!》」」」


 この勝鬨から察するにもう敵はいなさそうだ。

 びびってた割に呆気ない幕切れだ。

 俺がやったのは味方を敵の背後から襲わせただけ。

 だけど、馬鹿正直に真正面から戦っていれば犠牲者が出ていたのは間違いない。


 俺も役には立てたよね?

 これでもう、殺処分とかされないよね。

 もしかして元の世界に帰してもらえたりしないかな。


 小さな達成感と淡い期待を抱きつつ、俺はウホ子達の元へ戻った。



◆◇◆◇◆◇



 はい、ということで。


 俺は今、洞窟の一室に監禁されています。

 扉や格子は無いけどね。

 代わりに見張りが二匹、部屋の入口に立ってるよ。

 部屋から出ようとすると止められるよ。


 まず、なんでこんな状況になっているかと言うと。

 さっきの戦いの後、地面に「元の世界に帰りたい」って感じの絵を書いた。

 そしたら、こうなった。

 以上、説明終わり。


 うん。コイツら、俺を元の世界に帰す気ないね。

 他にも敵がいるとか事情があるのかもしれないけどさ。

 それにしたっていきなり監禁とか酷くない?


 このままだと、俺は猿人達に囲まれて生涯を終えることになってしまう。


『おお、おまえは孫のウッホホーウッホォッホじゃな』

『《うん!》』

『どれ、お小遣いをあげよう』

『《わあい!》』


 ……冗談じゃない。なんとかしてここから逃げ出さないと。

 でも、どうやって?


 陰鬱な気分で部屋の隅でうずくまっていると一匹の猿人が部屋に入ってきた。ウホ子Aだ。


 ウホ子Aは傍に寄ってくるとそのまま俺を抱き締めてきた。

 慰めてくれているのだろうけど嬉しくない。

 これっぽっちも嬉しくない。いや、ほんと。


 手で払い退けたら悲しそうな顔を見せた。

 悲しいのはこっちなんだけどね!


 だがウホ子Aはその後も俺の前に居座り続けた。

 そして意を決したように行動を起こした。


 ……M字開脚だ。


 もうね、そんなの良いから。

 気持ちだけもらっとくよ。

 いや、ごめん。やっぱり気持ちもいらないから。


「出てってくれ」


 部屋の入口を指差してそう言うと、意図を汲み取ったのか。

 ウホ子Aは大人しく出ていった。

 背中に哀愁が漂っていたのは気のせいだな、うん。


 それからしばらくして、次にやってきたのはウホ子Bだ。

 こいつも部屋にくるなり俺の前でM字開脚してきた。


 ……ああ、そういうことね。

 色香で惑わして俺をこの世界に留めておこうって魂胆か。

 異世界ハーレムは確かにテンプレだけどもさ。

 こんなハーレムで喜ぶ訳ないだろ……。

 だってさ、猿人だよ、猿人。

 猿みたいな人だよ?

 あれ? 人みたいな猿かな?

 どっちでも良いけど猿なんだよ。

 猿のハーレムとかいらねーから。


「お前も出てけよ」


 苛立ち気味に言うと、ウホ子Bも素直に出ていった。


 次はウホ子Cが来るのだろうか。

 だが、予想に反してやってきたのは幼い猿人♀だった。


 おい、まさか……。


 まさかだった。

 青少年なんとか条例に引っ掛かるだろ!


 ……引っ掛かるのか?


 動物愛護法に引っ掛かるだろ!


 ……そんな問題じゃないね。


 とにかく。

 相手はまだ幼い。

 怒るに怒れない。

 だからできるだけ優しく言った。


「出ていってくれるかな?」


 強く出れない自分が恨めしい。

 でも、幼い猿人はすごすごと出ていってくれた。


 次に来たのは年老いた猿人♀だった。

 嫌な予感がひしひしとする。


 やっぱり、以下略。


 俺は怒りの声をあげた。


「出ていけー!」


 年老いた猿人♀は逃げるように出ていった。


 俺は見張りの二匹に抗議した。

 孟抗議した。

 形振り構わず抗議した。


「外見とか年齢とかそんな問題じゃねーんだよ! って言うか、ここから出せ!」


 言葉が通じないとかどうでも良い。この怒りを理解してもらえれば。


 俺の魂の叫びが通じたのか、見張り二匹は困った顔をして相談しはじめた。


「《男好き?》」

「《確かめるか》」


 結論が出たらしい。

 諦め顔の二匹を見る限りは、俺をここから出すことに決めたようだ。

 分かってくれたか、畜生どもよ。


 二匹は俺の傍にくると、後ろを向いて尻をつきだした。


 ぎょう虫検査かな?


 って、お前ら俺に何させる気だよ!

 確かに言ったよ? 外見とか年齢の問題じゃないって。

 だからって性別の問題でもないから!


 ああ、もう……。

 とにかく落ち着こうか。冷静にね、冷静に。

 そして今できることを良く考えるんだ。


 まず、これをはねのけるとどうなる?

 コイツらのことだから、次は俺が貞操を捧げる側になりそうだね。

 性別の問題でもないなら受けと攻めの問題だ、ってね。

 そんな猿人×俺とか腐女子が喜びそうな展開は願い下げだ。


 じゃあどうするか? どうしよう……。


 少し冷静になって猿人二匹の尻を眺めていたら、あることを閃いた。


 (ごめんな、一人の男として痛みは十分に解ってる……)


 俺は心の中で謝ると、無防備な猿人二匹のタマタマを蹴りあげた。

 猿人二匹は悶絶し、泡を吹くとぴくりとも動かなくなった。


 ――死んでないよね……?


 さすがに殺してしまったら目覚めが悪い。

 でもまあ、今は他猿人(ヒト)のことを考えている余裕はないね。

 さっさと逃げ出すとしよう。


 とりあえず向かう先は召喚部屋。

 元の世界に帰るための手掛かりが何か見つかるかもしれない。


 俺は通路に誰も居ないことを確認すると部屋から出た。

 辺りに猿人達がいる気配はない。

 もう就寝時間なのだろう。

 無事、召喚部屋まで猿人達に見つかることなく辿り着けた。


 確か召喚陣はここら辺だった筈・・・。


 記憶を辿って床を調べたが何も見つからない。

 だがそう簡単に諦めるわけにはいかない。

 入念に部屋を調べていると、突如後ろから声を掛けられた。


「《帰りたい?》」


 俺は驚いてバッと振り返った。

 声の主はウホ子Aだった。


 どうやら襲ってくるつもりはなさそうだ。

 警戒している俺にウホ子Aは再度語りかけてきた。


「《帰りたい?》」


 もしかして元の世界に帰るか訊いているのかも?

 そう言えば、ウホ子Aはこの世界で最初に話しかけてきた猿人だ。

 もしも俺を召喚したのがウホ子Aなら、元の世界に帰る方法も知っているだろう。


 念のため、俺は尋ねてみる。


「元の世界に帰してくれないかな?」


 するとウホ子Aはウホウホと頷いた。


「……もしかして言葉が通じているのか?」

「《ええ》」


 そうだったのか……。

 俺はコイツらの言葉を理解できなかったけど、コイツらは俺の言葉を理解していた、と。

 スキル《言語理解》は俺じゃなく猿人達に与えられていたというわけか。


 ウホ子Aは召喚陣のあった場所を指差して言った。


「《立って》」

「……ここに立てばいい?」


 ウホ子Aは頷くと呪文のようなものを唱えだした。


「《不老となれ! 永遠に眠れ!》」


 足元に召喚陣が浮き上がり、徐々に輝きを増していく。


「やった! これで帰れる。ありがとう」

「……」


 喜び勇む俺とは対照的に、ウホ子Aは涙を流していた。


「……俺が居なくなると寂しい?」

「……」


 ウホ子Aは無言で頷いた。


 そうか……。そうだよな。

 何も戦わせるためだけに召喚したわけでもないだろうし。

 俺だってこの世界に来て、嫌なことばかりじゃ……


 (マズ飯、血まみれ、ナワバリ争い)


 嫌なことばかりじゃ……


 (監禁、M字開脚、ぎょう虫検査)


 嫌なことしか無かったわ!


 思えば、お前とは別れを惜しむような関係になってないよね⁉

 どこにフラグがあったのさ⁉

 まあいい、この碌でもない世界から助けてくれるのは事実だ。

 最後ぐらいは優しい言葉をかけてやる。


「短い間だったけど世話になったね。また来ることになったらよろしくな」


 もう二度と来たくないけどな!

 っていうか来ないけどな!

 もう召喚するなよ!


 心の中で毒づく俺に、ウホ子Aは何かを呟いた。


「《だましてごめん》」


 何を言ったのだろう?『こちらこそ』とか?

 どうでも良いか。


 召喚陣の発した眩い光が俺を包みこみ、俺は意識を失った。



◆◇◆◇◆◇



 気が付けばどこかに横たわっていた。


 ――全身がだるい。


 重い瞼を持ち上げ目を開くと、白い天井が視界に入ってきた。


 ――戻って……これたのかな……?


 手を動かそうと思ったら何か引っ掛かりを感じた。

 視線を移すと、痩せ細った手から何本もの点滴の管が伸びているのが目に映った。


 ――病院?


 真っ白なシーツのベッド、俺を囲む物々しい機械の数々はここが集中治療室であろうことを窺わせる。


 あれは夢だったのかな……。

 それとも、あの世界から帰ってきた時に病院に運ばれような事態に陥った?


 働かない頭で色んなことを考えていると、病室のドアが開いて看護師が入ってきた。

 ちょうどいい。何故こんな状況になっているのか聞いてみよう。


「すいません……。俺は何故こんなところに?」


 看護師は驚きの表情を見せた。

 眠っていると思った患者が話しかけてきたんだ。驚くのも無理はない。


 黙ってこちらを見ている看護師に再度尋ねた。


「あの……。俺は何故こんなところに?」


 看護師は俺の質問には答えずに部屋を飛び出していった。

 そして、ある言葉を叫んだ。

 それを聞いて俺も力なく叫んだ。


「《始祖様が目を覚ました!》」

「なんでやねん!」



 終劇

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ