入学式という名の取説
「ずっと遊んでいられる……! ウオオ! まるで夢みたいだ!」
男子高校生が歓喜の雄叫びを上げた。
それと同時に、大勢の喜びの声が響く。
「病気も怪我も、痛みすらないなんて……こんなに素晴らしい世界が他にあるかしら」
「これで好きなだけ遊べる!」
「もう、仕事なんかしなくてもいいんだな……」
ほとんどの人々が肯定的に捉える中……。
「そんな……困ります!」
必死に訴えかける声が上がった。
「今日は父の誕生日なんです……。お願いです、帰してください!」
その言葉はナハトに先程のゲームショップでの会話を思い出させた。
そして、声のした方へ向けたその目に映ったのはアイネだった。
「私、店長から正常に動作するか確かめるよう言われただけで……」
「それでは、お父様もこちらへお越しくださればよろしいでしょう」
「そんな……! 無理ですよ、父はゲームが嫌いですから!」
「あなたは先程、店長に頼まれたとおっしゃいましたね。ゲームショップの店員さんということは、ゲームに興味があるはずです。どうでしょう、そのような価値観の合わぬ人々のことなど忘れられたら」
「そんなのあんまりです! お願いします、私を元の世界に……」
「これはルールです」
天からの声は非情にもアイネの訴えを遮った。
そして……。
「あの……! 私も、彼氏と来月に結婚するんです!」
また別な女性が訴えかけた。
「おめでとうございます。どうぞ、こちらで盛大な式を挙げてください。費用は一切かかりません」
「そんな……! 私の彼氏もゲームが好きじゃないから……」
「価値観が違う方など忘れてしまえばよいではないですか」
「酷い! よくも私の幸せを……!」
女性は涙を流しながらその場へと崩れ落ちた。
その様子を見ていたナハトは、空を睨んだ。
「おい、くだらねえこと言ってないで、さっさとあの二人を元の世界へ戻してやれよ」
「情けですか?」
「違うな。これは俺のモットーでな、ゲームは楽しんでやるものだ。誰かに言われてやったり、監視されながらやってもつまらない」
ナハトは淡々と話し続ける。
「ついでに俺もここから出せ。お前に見られながらゲームするなんて、甚だ気分が悪い。俺はそんな悪趣味に付き合うつもりは微塵もないからな」
「できません。皆様にはここで生活していただきます。ですが……」
天からの声は数秒の間を置き、そして……。
「このゲームハイスクールを最初に卒業した者には、この世界を変える権限を差し上げましょう」
皆の注目を集める驚愕の言葉を放った。
このゲームの仕様に歓喜していた人々も、これには反応を示す。
「おい、聞いたか?」
「面白そうだし、励みになるぜ!」
それぞれの野望に火がついた。
「ただし、プレイヤーへ危害を与える変更はできません。有効期限は三年間のみで、その時が来たら新たにチャンピオンを決め、権限を渡します。また、私のGMとしての権限は失われませんし、有効期限の変更も不可能です」
「それじゃあどんな変更ならできるんだよ」
誰かが質問を投げかけた。
「現実世界との行き来を可能にする、または不可能に戻すこと。イベントの開催期間の変更。校舎の構造や外観の変更などです」
「じゃあ例えば、学校をお城にして俺が玉座に君臨しちゃったりとかは?」
「可能です」
「毎日イベント!」
「可能です」
「その卒業っていうのも簡単にしちゃうのは?」
「もちろん、可能です」
周囲がざわめいた。皆が再び歓喜の渦を巻き起こす。
「……で、その肝心の卒業とやらはどういった条件なんだ?」
「必要な単位を取得していただくことです」
「単位?」
「進学校のカリキュラムによると、平均して週に28回の授業があります。科目を一つずつ見ていきますと、数学Ⅰ~Ⅲ、数学A~C、英語Ⅰ~Ⅲ、英語A~C、現代文、古文、漢文、化学、物理or生物、地理or歴史、公民、体育、美術or音楽、家庭科……となっているようです。つまり、およそ週に2回ずつとなるわけです」
説明に合わせて上空に図が表示される。
「この14科目をそれぞれ4単位としますと、一年の目安は56単位となります。それを三年分、つまり168単位取得していただいた時点で卒業といたします」
再び皆がざわめく。
「どんな授業があるんだ? 普通の学校みたいなつまらねえものじゃないだろうな?」
「授業は行いません。皆様はゲームに勝てば単位を取得できます。また、この世界にはあらゆる娯楽がありますので、皆様の好きなものや得意なものが必ずあるはずです」
「本当か!? じゃあ、ウィズダム&ブレイブは!?」
「もちろんございます。トランプなどのアナログゲームもありますし、スポーツも楽しめます。そして、中には仕事が生き甲斐という方もおられることでしょう。そのような方々のために、料理やハンドメイド、果ては学問まで全てご用意いたしました」
「本当に……何でもできるんだ……」
その圧倒的な自由度に人々は歓喜を通り越して呆然と立ち尽くした。
「残念ながら、外の方々とは会うことができませんが……。それも時間の問題でしょう。いずれ、全人類がこの世界で暮らすことになるのです」
その言葉に数秒の沈黙が流れ、誰かをきっかけとして拍手が鳴り響いた。
しかし……。
「はいはい、バカげたスピーチご苦労さん」
ナハトが呆れた調子で手を叩いた。
「あのな、こんなものは幻想に過ぎない。虚しいだけだ。好きな時に遊ぶからゲームは楽しい。料理もできるだと? それこそ偽りの代物じゃないか」
「ですが、ここには何でもあります。フォアグラ、キャビア、トリュフ……」
「わかったわかった。もう黙れ。しゃべればしゃべるだけバカさ加減が透けて腹がよじれそうだ。最後に一つだけ言ってやるよ……」
ナハトは今すぐにでも飛びかかり、そのまま声の主の首を噛み切らんばかりの凄みを込めて……。
「お前の野望は必ず潰す」
凍りつく程静かに、これ以上なく恐ろしく静かに言い放った。