練習戦
無限に広がる空間に、幾つものテーブルとパソコンが用意されている。
窓の外を見渡すアイネ。
一見すると何の変哲もない風景だが、それらはただの映像。当然だ、この自習室とは空間も時間も隔たれているのだから。
対してナハトはそんなことには目もくれず、無造作にパソコンを起動した。
「さっさと始めるぞ」
「す、すみません」
そばへと駆け寄るアイネ。登録を済ませゲームを開始する。
そして、しばらくが経過した。
アイネはストーリーモードをある程度まで進め終わり、順調に準備が進んでゆく。
「これで一通りは大丈夫か」
「はい。ナハトさんのおかげです。デッキや装備の操作方法もわかりましたし、どう選べばいいのかも勉強になりました」
「そうか……。なら、ちょっと戦ってみるか」
「ええ!? ナハトさんとですか?」
「嫌か?」
「いえ……。でも、いきなり上級者と戦うのは……」
不安気に俯くアイネ。
一方のナハトは、いつもの冷たい態度とは違い穏やかな表情を浮かべている。
「心配ない。フォーマットレベル5で戦うし、カードも現段階でお前が持っていないものは使わない。条件は同じだ」
「でも、ナハトさんはゲームが上手ですから、私なんかが戦っても……」
とうとうナハトは溜息を吐いた。
「わかったわかった。手加減するから、それでいいだろう」
「ええ!?」
アイネは驚きのあまり反射的に声を上げた。
怪訝な表情を返すナハト。
「……何かおかしかったか?」
「い、いえ……。ナハトさんってストイックなイメージがありましたから、手加減なんて絶対しないと思ってました」
「……まあ、今までに一度もしたことないな」
「すみません。ナハトさんのポリシーを無理やりに……」
「俺が勝手に決めたことだ。気にするな」
ナハトは携帯機器へと視線を下ろし、IDを表示してテーブルへと置いた。
フレンド登録が完了し、対戦ルームへと移動完了。
野球場の数倍はあるフィールド。
カードによる設置や変更が行われてないまっさらな平地。
両者の距離は10メートル。
ゲームは既に始まっている。
「主導権をお前にやろう。かかって来い」
ナハトは剣を構えるのみで、自ら動くのを放棄すると宣言した。
手を渡されたアイネ。だが、どういった戦術で臨むのか大変難しい。
このウィズダム&ブレイブというゲームは自由度が非常に高い。
言い換えれば、選択肢が多すぎて初心者は気後れしてしまう。
距離を取るのか、縮めるのか。
カードを使用するか、必要なコストを温存するか。
攻めか、守りか。
それら二択に加え、どのタイミングで動くのか。
どの方角へ向かい、どこへ味方を配置するのか。
……そうした多岐に渡る戦略の中から、臨機応変に選ばなければならない。
「それでは参ります!」
アイネはまずミニアルミラージを三体召喚し、ナハトへと一斉に突進させた。
対するナハトは剣を振り払い、衝撃波を放つ。一体にクリティカルヒットし、撃破。
さらに、瞬時に使用したシールドにより残りの攻撃も防ぐ。1秒毎にマジックを10消費するその防御魔法は、ナハトのクラス『ソルジャー』の場合レベル5で半秒しか発動できない。
しかし、その一瞬だけ生成した光の盾は、ミニアルミラージたちの攻撃を見事に凌いだ。
その隙を逃さず、弾き飛ばされた二体へと斬撃を浴びせる。
一連のアイネの攻めは、僅か5秒で完封された。
デッキ30枚の内3枚を消費してしまったアイネ。デッキを全て使い切るまで、それらのカードは再使用することができない。
ナハトもマジックとスタミナを消費したとはいえ、それはすぐに回復してしまう。どちらも1秒毎に1ずつチャージされるため、すぐさま元通りだ。
「モンスターに戦わせているだけじゃダメだ。お前のクラスも俺と同じソルジャー、接近戦に特化している。近づくのが間に合わないにしろ、遠距離攻撃スキルを撃つべきだ」
「は、はい!」
アイネはワイルドウルフを召喚し、突撃させる。
そして、今度はアドバイスを基に自らも剣を振るう。
放たれた衝撃波は炎となりナハトへと襲いかかる。レベル5ソルジャースキルの炎熱波だ。
だが、またしてもナハトは的確に応じる。
アバターの動きをオートモードに任せ、ナハト自らは水難のカードを操作した。
それによりワイルドウルフは剣で捌きつつ、炎熱波は溢れる大量の水で打ち消す。
カードはウィズダムと呼ばれる神の知恵という設定であり、アバターの動きとは完全に独立している。そのために可能となる動きだ。
「そんなんじゃ俺の動きを封じることはできない。もっと本気で来い!」
慣れないゲーム。
厳しいアドバイス。
それでもアイネはまっすぐにナハトへと剣を向け続けた。




