俺に幼馴染の彼女なんていなかった。
あるタイムリープいちゃらぶ作品を読んで大変感銘を受けて書いてみたのですが、僕が書くとこのザマです(・_・)。R15は保険です。
残業の書類整理がようやく終わり、退社して帰路につく、俺――真鍋 稔、58歳――は、居酒屋などにも寄らず、真っ直ぐ自宅に向かう。
決して、真面目な夫なり父親なりを主張するわけではない。単に、下戸なだけだ。そして、そもそも俺は独身であり、アパートで独り暮らしをしている。さっさと帰って寝たい。
(定年退職まで、あと10年もないか…)
役職とかにつけるような出世ルートではなかったし、そんなルートに乗るつもりもなかった。貯金はそれなりにあるし、退職金と年金を併せてほそぼそと老後を生きることになるのだろう。
若い頃からそんな将来像だったせいか、結婚相手となるような女性には全く巡り合わなかった。友人や御近所に、交際や結婚でうまくいっていなかった例が多かったからかもしれない。
(まあ、俺の老後を心配するような家族もいないしな…)
ひとりっ子の俺が働き始めて数年すると、両親が相次いで病に倒れ、亡くなっていった。父親も母親も家を継ぐような親族関係はなく、社会的影響が大きい仕事をしていたわけでもない。
残された築ウン十年の実家の一軒家に資産的価値はほとんどなく、さほど多くなかった両親の生命保険は葬式代やら何やらの事後処理でキレイになくなった。
(独り暮らしで特に不便ということはないが、体が弱って病院通いになったりすると辛いかもな…。いくら、宇宙開発やら仮想空間やらが発達した現代でも、こればかりはな)
その時は、食料確保や家事に努めつつも自宅で静養が基本、ということになるのだろうか。現在の休日の過ごし方と変わらない。田舎で緩やかな畑仕事、は事務職一筋の俺には合わないだろう。
(体が動くうちは、格安旅行しまくるのもいいかもな…)
そんなことをつらつらと考えながら、自宅アパートに到着する。初志貫徹、シャワーを浴びてさっさと布団に入る。夢の中では、こんな俺でも、破天荒な人生を送ることもある。
胡蝶の夢、という故事を思い出しながら、眠りにつく。
◇
「――稔くん、起きて。もう8時だよ」
「んー…」
耳元で少女の声が聞こえ、目が覚める。俺にとってはとても『非現実的』なその声は、しかしそれ故に、すぐにある結論にたどり着く。
(あー、夢か…)
自慢ではないが、生まれてこの方、女性の声で起こされることなど一度もなかった。母親はわざわざ起こしに来るタイプではなかったし、シチュエーション自体からしてあり得なかった。
「でも、珍しいね。稔くんがお寝坊さんだなんて」
「あー…うん…」
非現実的な状況であるとは認識したものの、まだ頭の中はぼやけている。どこからか流れてきたテレビかラジオの番組の声に流れで返事してしまったような、そんな気分である。
「じゃあ、玄関で待ってるからね。10分で支度してよ?」
そう言って、声の主の少女は部屋を出ていく。出ていく姿を見たわけではなく、その気配を感じているだけではあるが。
(…この部屋…実家の俺の部屋か…)
目に映るその風景は、俺が高校まで過ごしてきた自室。ポスターやら雑誌やらがなつかしい。机の上の日付表示つき時計を見る限り、高校3年の時の5月23日のようだ。
(えらく鮮明な夢だな…。明晰夢というやつか?)
意識がはっきりして冷静になっていくにつれ、現実感が襲ってくる。夢ではないかと思えば思うほど、見えるもの、聞こえるものが感覚に突き刺さってくる。
(…とりあえず、支度するか)
高校時代の記憶が確かなら、あの少女が言った通り、あと10分のうちに着替え、歯を磨いて顔を洗い、軽くでも朝食を採ってすぐに家を出ないと遅刻する。家から徒歩15分の学校とはいえ。
諸々支度をし、台所のテーブルに置いてあったパンと牛乳を手早く飲み込む。両親は共働きで、通勤時間の関係もあって7時前には家を出ているはずだ。
「あー!またそんな寝ぐせのままで!」
玄関に向かうと、目覚めた時と同じ声でそんな言葉を投げかけられる。
紛う事なき、美少女が、そこにいた。
整った顔立ちのセミロング、出ているところと引っ込むところのバランスが絶妙のスタイル、責めているようなセリフにも関わらず、漂う温和な雰囲気。
道ですれ違えば、1000人中999人の老若男女が振り返って凝視するだろう、それほどまでの美少女。振り返らない者がいるとすれば、異性関係に枯れまくっている、中身58歳の俺くらいか。
「なに?…怒ったの?」
「…いや、そういうわけじゃないけど」
「そう…」
そう言うと、その少女はカバンからくしを取り出し、横から俺の髪をとかしていく。このくらいの年の娘が、自分のくしを男友達の髪に使ったりするだろうか…などと地味な疑問が頭をよぎる。
「ここも…だらしないよ」
正面から近づきつつ、少し曲がっていた俺の制服の襟を直す。そんな、誰も気にしないようなところを、少女は丁寧に、ゆっくり直していく。
「…なあ、そろそろ出ないと」
「っ!そうだった!急ご!」
あわてて玄関を出ていく少女の後を、しかし俺は冷静に玄関の扉を閉めて鍵をかけ、ゆっくりと追いかけていく。実際、普通に歩いてもまだギリギリセーフだ。
「もう、遅刻したら稔くんのせいだからね!」
そう言ってふくれつつも、俺と一緒のペースで歩いていくその少女を眺めながら、いくら現実感が強くても、やはりこれは夢なのだろうと考える。
住宅街を抜ける道のりの風景、歩いている他の生徒、少し遠くに見える目的地の高校。なにもかもがなつかしく、高3にタイムリープしたと言われれば、そう信じられるほどの状況だった。
目の前を歩いている、俺に親しげな、しかし、名前すらわからない少女さえいなければ。
◇
その少女の名前は、教室に入ったとたんに判明した。
「おはよー、麻里奈。今日も旦那と登校?遅かったねー」
「おはよー。稔くんったら珍しく寝坊しちゃって。間に合って良かったよー」
「相変わらず『旦那』ってところは否定しないのね…」
彼女は『まりな』と言うらしい。いや、どんな字で書くかは聞いただけじゃわからないし。しかしこの娘、クラスメートだったのか。幼馴染あたりかと思っていたのだが。
「よう、真鍋。嫁とのいちゃらぶ生活はどうなんだ?」
「どうなんだ、と言われてもな…」
全く記憶にないのだから答えようがない。
…はて、この悪友なクラスメートはよく覚えているのだが、こんな話題を振る性格だっただろうか?テンプレに沿った夢補正なのだろうか。
「柿崎って、親公認でお前んちの鍵までもってるんだろ?かーっ、俺もあんな幼馴染が欲しかったぜ」
フルネームは『かきざきまりな』か。それはそれとして、両親公認とはまたなんというお約束。こんな夢を見るほど、俺は幼馴染で美少女な彼女を心の奥底では熱望していたというのか…。
HRが終わり、授業が始まる。その前に、教卓の座席表で、彼女の名前が『柿崎麻里奈』であることを確認する。うん、やっぱり、全くもって記憶にない。
少なくとも午前中の様子を見る限り、柿崎は優秀だった。どの教科も熱心に聞いてノートにとっているだけでなく、質問もする。そして、その質疑応答に対する担当教師のウケもいい。
体育の時間は柿崎の独壇場だろう。そのプロポーションはジャージ姿であっても男子生徒の目の毒であったし、本日の競技であるバレーの見事なプレイは女子生徒を歓喜に湧かせた。
「稔くん、お昼一緒に食べよ」
「いや、俺、購買に…」
「稔くんの分もお弁当作ってきてるに決まってるじゃない」
決まってるんですかそうですか。しかも、柿崎の手作りですかそうですか。
教室で机を二つ合わせ、顔を向き合わせながら同じ弁当を食べる。周囲は慣れているのか、気にしていないようだ…と思ったら、血涙を流す悪友が教室の隅にいた。
そういえば、俺の記憶の中の昼時の教室はどうだったかな…と思い出そうとしながら、弁当を食べる。うん、うまい。このタコさんウインナも超テンプレである。
「明日はどんなおかずがいい?」
「いや、特に…」
「それが一番困るの。放課後までに考えておいてね」
そんな、親にすらメニューを希望したことがない俺に何を求めるというのか。ハンバーグ、とでも答えておけばいいのだろうか。
「しかし真鍋、あれだけの美少女にちやほやされて、ちっとも表情変えないのな。お前の感性はどうなってるんだ」
「何を言ってるのかわからないが、連れションの最中に尋ねることじゃないことだけはわかる」
本当に、悪友のこの物言いは間違いなく記憶通りなのだが。ちなみに、こいつは『交際や結婚でうまくいっていなかった例』の代表格だった。
◇
下校時も、柿崎と一緒に歩く。俺は高校はずっと帰宅部だった。柿崎も部活をやっている様子がないのだが、あれだけ優秀なら引っ張りだこではないだろうか。
「で、明日のお弁当のおかずのリクエストは?」
「…は、ハンバーグ?」
「なぜ疑問形?まあいいわ、スーパーに寄りましょ」
少し遠回りをして、スーパーにふたりして入る。学校帰りに寄り道…と呼ぶにはあまりに所帯じみた展開に、これもある意味テンプレかと苦笑しつつ、黙ってついていく。
俺がカゴを持ち、柿崎が食材を選んでぽいぽいと入れていく。その様子に、こんな買い物が普段から行われていることを感じ取る。…感じ取るだけで、未だ俺の記憶には見当たらない。
「お金は私が払うわよ。稔くんの御両親に毎週もらってるんだから」
なぜウチの親は、俺ではなく柿崎に昼飯代を…。高校時代、もらった小遣いをやたら無駄遣いした記憶もないのに。せいぜいがマンガ雑誌だったはずだ。
そう思いつつ、取り出しかけていた俺の財布を覗き込む。百円玉が数枚に十円玉と一円玉がちらほら。購買でパンとか買ってたらほぼなくなっていただろう。解せぬ。
カバンに買い物袋をぶら下げながら、自宅に向かう。少し遠回りをしただけだから、5分もかからず自宅が見えてくる。
ふと、通過する自宅の隣の家の郵便受けを見ると、そこに『柿崎』の表示が。この家自体は見覚えがある。そういえば、この家に住んでいた夫婦の顔もなんとなく覚えている。
たが、『柿崎麻里奈』という人物だけは、相変わらず全く記憶にない。今、俺の自宅の玄関先で立っている、この少女のことだけは。
◇
「それじゃあ、また明日ね。寝坊しちゃだめよ?」
「あ、ああ…」
「あと、明日の晩御飯も期待しててね」
…明日?明日は…。
ああ、そうか。5月24日は…。
「…もしかして、今の今まで忘れていたの?誕生日」
「ああ、いや、忘れていたというよりは…いや、何でもない」
「?」
誕生日なんて、書類に年齢を記入するために思い出すものだったから…などと口走ることはできない。
「それじゃ、今度こそ本当に…」
「…!?」
「また、明日」
それは、唇にわずかに触れるような、軽いキス。顔を近づけ、あいさつの言葉を軽くささやくような、そんな程度の。
「…どうしたの?そんなに悲しそうな顔をして」
「…」
この少女の存在が織り込まれた生活が、俺にとってあまりに都合の良い夢であると、今日の朝、目が覚めた時からずっと思っていた。心の中で苦笑しまくるほどに。
けれども、少しずつ、夢であってほしくないと思い始めていたのも確かだ。それが、今のキスで、はっきりと意識するようになったのだろう。我ながら、欲望に忠実だ。
だか、しかし。
「…なあ」
「ん?なに?」
「俺と一緒にいて、楽しいか?」
聞かずにはいられなかった。この少女が、柿崎麻里奈という存在が、俺という存在をどう思っているのか。
これまでの態度を見ていれば、俺に好意があり、それ故に、あれこれと関わってくるのは明白である。ただ、その好意の根拠がわからない。なぜ、俺なのか。
「…稔くんは、私と一緒にいて、楽しい?」
「そりゃあ…楽しい、さ。これ以上、ないってくらいに」
あの悪友に言われるまでもなく、俺はあまり表情に出ない。これは別に柿崎に関してだけではなく、他の物事も同様だ。そして、代わりに言葉で感情を伝えることも、敢えてしてこなかった。
だから、柿崎曰く『悲しそうな顔』をしたことや、こんな言葉を口にしたことに、俺自身、驚いていた。この少女とのつながりを保ちたい。その思いが、無意識に表に現れたのだろうか。
「私も、同じだよ。そんな稔くんだから、私はずっとずっと、好きなんだよ」
「そう、か…」
恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく、微笑みながら断言する。俺はといえば、正直、頭の中は照れと動揺でいっぱいなのだが、口の方は結局うまく動かない。表情は…どうなんだろう。
「んふふ…なかなか、離れられないね。でも、もう準備を始めなきゃ」
「準備って…今から?」
「そうよ。料理は下ごしらえが一番重要なのよ」
なんとなく、日常的な雰囲気が戻ってくる。
この生活が夢なのか現実なのか、未だわからない。でも、もう迷わない。彼女が存在する世界を、俺は否定しない。したくない。
「じゃあね」
「ああ、またな…麻里奈」
そう、名前を呼んだ直後、視界が急に白くなっていく。
彼女の、麻里奈の姿が、足元の光に徐々に飲まれていく――。
◇
「彼が、意識を回復します。あなたも、帰還なさいますか?」
「…はい、お願いします」
何もない空間でひとり佇んでいた私は、そう答える。
気がつけば、涙を流していた。あまりに身勝手な気持ちなのはわかっていたが、それでも、嬉しかった。
「それにしても、あなたが存在しない世界の彼が、女性関係に全く興味を示さないとは…」
「本当に、バカですよね…。クールな雰囲気が、結構周りの女の子に人気なのに」
男の子にだって、小さい頃から大人気だった。成績も運動もそこそこだけど、落ち着いた性格は頼り甲斐があり、いつも誰かが声をかけ、近づいてくる。本人は、悪友などとうそぶいているが。
そんな彼と一緒にいるため、私は物心ついた時から必死だった。ただ隣に住んでいただけの私のことなど、いつ相手にしなくなっても不思議ではなかった。
彼は、昔から何も変わらないが、私は、変わり続ける必要があった。彼だけでなく、家族も、友人達も、私が彼と一緒にいても何も違和感を覚えないよう、努力する必要があった。
「元の時間軸に戻れると聞いていても、気が気じゃなかったなあ…」
よりにもよって、彼の誕生日前日に異世界の神様に召喚され、しぶしぶ聖女として数か月ほど活躍。帰還後の特典を持ちかけられた時、ふと思った。また、彼を追い求めてもいいのだろうかと。
結局、私は私自身のことしか考えていなかった。独占するつもりはなかったが、彼の意識から私が消えていくことをひどく恐れていた。
「彼にあなたのいない人生を夢で体験させ、その結果によって特典内容を決める、というお約束でしたね。帰還前に決める必要がありますが、いかがいたしますか?」
「あれ、召喚された日のシミュレーションが特典じゃなかったんですか?私の意識まで送り込んでくれたのに」
「アレもあくまで、夢ですから。それに、あなたにとって、あの日の再現は『罰』でもあったのでしょう?」
私の存在を知らない彼。そんな彼を前にしただけで、気が狂いそうだった。神様が作り上げた夢の続きとはいえ、あの時の私におかしな言動はなかっただろうか。
私がいない人生を淡々と過ごす彼を見た私は、物凄い無力感に襲われた。だから、私の記憶が封印されたままの彼と、対峙することにした。自身の一方的な想いに牽制するかのように。
でも、あの表情は、あの質問は、実際にはなかった。『楽しいか』ですって?楽しいに決まってるじゃない!
「それなら、聖女としての能力の維持を。アイテム収納と言語修得くらいしか使わないと思うけど」
「魔の浄化は、そちらの世界で必要ありませんからね。では、良き人生を」
足元に転移ゲートが現れ、徐々に身体が消えていく。
彼に会ったら最初に何を言おう?夢のことを正直に話して怒られてみる?それとも、誕生日プレゼントとして、異世界の王女様にもらったペアの指輪の一方を渡してみる?
いずれにしても、やることはひとつだ。
「待っててね、稔くん。あんな寂しくて退屈な未来には、絶対にさせない。私が許さない」
我ながらヤンデレ気質だなあと思いつつ、光の奔流に飲まれていく。
キーワード設定がネタバレになる作品ってどうすればいいんでしょうねえ…。




