希望
一週間後、今回の試験の結果はもう出てるはずだ。
ヨウは風邪を引いていたし、結果が気になる。
模試ではA判定だったのだが。
確か、脳の温度が1度上がると、思考能力は0.2%下がるのでは無かったか。※
少し、緊張して、ヨウの家のチャイムを鳴らす。
一呼吸おいて、ヨウが顔を出す。
「おう、入れよ」
ヨウの部屋へ行くと、封筒を渡される。
封は開いていない。
ヨウはごくごくと、牛乳を飲んでいる。
風邪は全快しているようだ。
「ぷは、開けていいよ」
「え、う~ん、自分で開けないの?」
「俺は、ネットで結果見てるから、いい」
「・・・そう」
ヨウはずいぶん、落ち着いているようであった。
合格だったらもっと嬉しそうにするよね。
でも、落ちてても悲しそうな顔するか。
いつもと変わらない。
ただ、少し、緊張しているというか、表情が硬かった。
封筒を開けて、中身を確認する。
三つ折りの紙が数枚。
広げる。
「・・・合格・・・、合格おめでとう・・」
良かった。
ほっとして、嬉しくて、ヨウを見上げる。
でも、ヨウの表情は硬いままであった。
「?・・・どうしたの?」
「レイ、今までありがとうな」
「え?照れるなぁ、良いって事よ」
「・・・、レイ、俺、この大学には行かない」
「・・・何故?この大学以外、受けてないじゃん」
「この大学はお前が卒業したから受けただけだ」
「は?」
何言ってるの?
困惑した表情をヨウへ向ける。
「大学にはいかない。あと4年は長すぎる
レイ、俺と外に出よう」
「言っている意味が分からな・・」
「お前と同じ大学を受かる実力が
俺にはあるということを証明したかっただけなんだ」
「・・・ヨウくんが頭良いの何て、そんな事しなくても私は理解してるんだけどな」
「俺は自分が信じられなかった。他人の力を借りた。証明に。
だから、もういい。俺は自分を信じる」
「・・・」
「子供の時、お前と約束しただろ、世界を変えるって・・・」
「そんな、前の約束、覚えてたんだね。
でも、それなら、大学出といたほうがいいんじゃない?」
約束なんて忘れていると思っていた。
世界を変えるって言ってたのは、単純に政治家とかそういうのに成りたかっただけだと思っていた。
「世界って、・・・、この世って意味じゃない
お前の見ている世界だ。それだけだ。
俺は、お前を救いたいんだ」
「え?救ってもらわなくても、私は天才だし、今のところ、何の問題も抱えていないけど」
「・・・隣に行きたいんだ。そこはさびしいだろ」
「・・・何言ってるの?」
「側に居させてよ」
「もう、・・・い、るじゃん」
「・・・救いたいんだ。
俺がお前を救えなかったら誰がお前を救うんだよ
だから、俺が"お前の"世界をかえるんだ。
お前がもう悲しまなくてもいいように」
「・・・君が僕の側にいてくれて、それだけで、嬉しかったよ
それじゃ、だめなの?私がもういいっていってるのに」
「子供の頃、「悲しい人がいなくなったらイイネ」って言ってたの覚えてる。
今だって、悪いニュース見たら、すぐ悲しそうな顔する」
そんなことない、わたしは私がよければそれでいいんだ。
「それにひょうひょうとして、人にかかわらない。他人なんてどうでもいいってやつが、さ。
そんな奴が家庭教師なんかやるかよ」
ヨウは続ける。
「お前は気が付いてないだけで
世界を変えることだってまだ諦めきれてないんだろ?」
「本当に他の奴なんか、どうでもいいのか?
お前はそう思ってるのか?」
「本当は人にやさしくしたい癖に」
「きっと、どうすればいいのか分かっているのに、出来ないことが辛かったんだろ?」
昔の出来事が、
フラッシュバックする。
「なぁなぁ、お前、頭良かったんだな!コツとかあるんだろ、どうやって勉強してるんだ?」
「うん!一緒に勉強しよう!僕はこうやって教科書を1ページ3秒位見てるよ!」
「え~、そんな簡単なんだな!次のテストでいい点取れたら、ゲーム買ってもらうんだ!」
仲の良かった友達の助けになると思って、嬉しかった。
でも、テストが終わり、結果は僕は満点、彼は零点だった。
「お前のせいでかあちゃんに怒られて、ゲームも没収されたんだぞ」
「・・・お前、少しくらい頭が良いからって調子のンなよ」
殴られて、突き飛ばされて、踏みつけられた。
僕が、もっと、うまく教えてあげられていたら、この子は悲しまなかったのに。
黒板に書かれたスペリングが間違っていた。
このままだと、みんな間違って覚えちゃうし、先生も恥ずかしいよね。
「先生、その記述間違っています」
「チッ、あら、そうね。は~い!みなさ~ん、目立ちたがりのレイくんが教えてくれるそうですよ~」
「え、・・・あの・・・す、いません。調子のっちゃいました~」
クラスメイトの笑い声が耳に残る。
貰った成績表を開くと、授業成績オール10の横に「素行に問題あり」と書いてあった。
お母さんに聞かれたけど、先生のことは言わなかった。
僕が、我慢すればいいだけだから。
僕がもっと、考えて、考えて、最適解を導き出せてたら良かったんだ・・・。
先生に恥ずかしい思いをさせてしまったんだな・・・。
頭が良いと言うことはある意味責任の様な気がしていた。
パンドラを開けてしまった気分だった。
パンドラの中身は僕だ。
人を不幸にしてしまう。守ることが、義務かの様に感じたこともあった。
「お前が辛いの何か見たくないんだよ。
世界なんてどうだっていい」
ヨウの言葉で引き戻される。
「救いたいのは。
お前なんだ」
「ひとりはさびしいでしょ?」
ふと、昔見た絵本を思い出した。
ある王様が、皆を幸せにするため、一人、国の上空で魔法を使い続ける。
その王様がひとりさびしく死んでしまっても、誰も気が付かない。
神様が王の願いを叶えて、その国は永遠に魔法が降り注ぎ幸せな世界となった。
誰も知らない。誰も。
僕は寂しくて、寂しくて、でも、優しく、皆を守る王様が誇らしく見えた。
王様はどう思っていたの?
幸せにできてうれしかったの?
「・・・さびしいよ!
早く上がってきてよ!!」
いつの間にか叫んでいた。
ヨウが私の体に腕を回す。
暖かな温度が伝わってくる。
「俺がそこまで行くから。
少しだけ待っててよ」
頭ではわかってる。
二人になったって、世界は変えられない。
最適解は出ていて、0%だって言っている。
でも、心は?
望みは?
どう言ってる?
答えが出てたからって、
それを選んじゃいけないわけじゃない。
でも、一人はさびしい。
でも、君が居てくれるの?
僕と一緒に居てくれるの?
ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
瞬きをしても、ぬぐっても
とめどなく、落ちていく。
「多分ね、きっと、無理なの。
僕と一緒のラインには立てない」
「お前が俺の可能性を決めるな」
「分かってるよ。生物学的見解なだけ」
俺は信じてる。
ヨウがきっと、隣に来てくれるって。
心が信じたいって言ってる。
抱きしめる指先に力を込める。
「信じていいの?」
「信じていいよ」
僕は、小学生以来、10も下の男の子の前で
わんわん、ぎゃーぎゃー、大泣きした。
あぁ、泣くことが、こんなにも気持ち良いなんて。
──── 知らなかった。
パンドラの中の希望はいつだって近くにあったのだ。
※ 頭の良さを表す、フレーバテキストであり、フィクションです。
今日は4/1なので、嘘も許して頂こうという魂胆です。