長嘆
次の王はマルコシアスであった。パラスの息子だ。彼には四人の子がいたが、マルコシアスは二人を謀殺し、そして今一人を斬殺した。そうして王座につくと、持ち前の賢明さを発揮するようになった。彼はより一層人に近い王であった。これはごく簡単な摂理だ。パラスはあのお方の意思を聞くことが出来た。マルコシアスは聞けなかった。私の幹を撫でるのは、父がそうして感慨に耽っていたからにすぎない。
私はまた枝葉を伸ばした。根は徐々に腐りゆくが、しかしまだ、地中の養分を吸えないわけではない。根を深く、深く地に伸ばし、あのお方の与えたもうた賜物を、我が身の内に取りこんだ。
私は一層大きさを増した。影は広域に及び、人々はさらに文明を普及させた。パラスが創った秩序を、彼らはきちんと守っていた。手段を選ばないマルコシアスもまた温厚な王であったから、人は彼に懐いた。
マルコシアスは素晴らしい王であったが、しかし争いは絶えなかった。それは彼の辣腕によるところも大きいのかもしれない。彼はパラスよりもずっと野心的な王であった。パラスは土地を奪うために戦ったが、マルコシアスはそれ以外の手法も使った。
彼は他の王国と手を結んだ。それは若い彼であるからこそ取れる手段であった。彼はその同盟国から一人ずつ娘を娶った。都合十四人にもなったその妻達は、等しく一人ずつ子を生んだ。全て男だった。
そうして己の血が後へと繋がると、彼はじっくりと行動を開始した。マルコシアスは素晴らしい王だった。けれども蛇の民でもあった。彼の邪気に触れられるたびに、私が地中から受け取ったなけなしの養分が奪われていくようだった。
マルコシアスは自らの子供達を同盟国の跡継ぎとするために動きだした。彼は素晴らしい王だった。パラスが金の杯を使ったのに対し、自分は銀の杯を使った。これについて彼は、悪びれもせずにこう言ったのだ。
「私は父パラスよりも劣った王である。いずれ彼を乗り越えられるかもしれないが、しかし今は違う。もしも父を越えたと思ったなら、その時父と同じ金の杯を使おうと思う」
全くの詭弁であることを私だけが知っていた。私の袂で、彼は独り言を呟いていたのだ。彼には私の声も、あのお方の意思も感じ取れなかった。彼は完全な人の王で、それ故に私を、ただの木偶の坊だと思っていた。
「父は馬鹿だ。戦いを至高だと思っていた。それ以外の術は無く、王国を乗っ取るためには決戦を必要とすると思っていた。しかし私は違う。父とは違う。父が優れた王ではないことを知っている。私は、王国を乗っ取る術が、いくつもあることを知っている」
マルコシアスは優れた王だった。彼は一人ずつ、それとは分からぬように同盟国の王や王太子を殺していった。そして彼の妻を国元へと返し、彼の息子達に国を継がせた。
彼は巨大な王国を築いた。もちろん、彼は卑劣な手を好んだが、正当な戦いを嫌ったわけではなかった。己の兵を束ね、息子達に要請し、軍を編成することもあった。彼は素晴らしい王であった。パラス譲りで戦いに強く、それでいて信心深い。私やあのお方の声は聞こえないくせに、彼はパラスと似た慣習を踏襲した。
すなわち、出兵する直前に私の幹に登った。そして手近な枝を一本折り、降りていく。ぎざぎざの断片から樹液が滴り、マルコシアスの頭上に降り注いだ。彼は煩わしげにそれを払い、さっさとどこかに消えてしまった。
ただ、彼は素晴らしい王だった。戦いには必ず勝った。戦勝の宴の際には手折った私の枝を焼き、必ず最初の火を起こした。
その煙が私の葉を撫でると、どこか哀愁と感傷が誘い出され、心が激しく震えた。それに合わせて枝葉をざわめかせると、人々は大いに喜んだ。
「見ろ、大樹様が笑っておいでだ」
私は悲しんでいたはずなのだが、彼らの笑い声と嬌声とに次第に我を忘れていった。
いかばかりの時が経っただろうか。マルコシアスは老年に差し掛かっていた。かつては若かった彼も、銀灰の髪の毛が薄くなりつつあった。彼の十四人の妻はいまだ健在であったが、しかし彼女達はもう、自分の足では歩けなくなっていた。切り取った私の枝で作った車椅子を息子の妻に引かせ、自分は悠々自適の生活をしていた。
対してマルコシアスは、まだ立って歩いていた。二本の杖が必要だったが、しかしこの孤独な男は、まだ健在だった。彼は十四人の妻を娶ったはずだが、しかし今は誰もいない。彼女達はまだ生きていたが、しかしマルコシアスの隣にはいない。
マルコシアスはたった一人だった。パラスから継いだこの王座を、誰に渡すべきかと思い悩んでいた。もちろん彼の十四人の子供も、それが欲しくてたまらなかった。
結局、マルコシアスは真実の愛とやらを見出した。それが何かは分からないが、私の幹の袂で一人の女と出会った。蛇の女であった。老年の、しかも判断力も鈍ったマルコシアスでは、若く活力のある蛇には敵わなかった。彼と彼女とは契りを交わし、やがて一人の子を生んだ。ディテシウスだ。彼は残虐な男だったが、生まれた時はまだ、マルコシアスの面影を持つ愛らしい子であった。
国が歓喜に沸いた。周辺の十四の国々は歯噛みをしたことだが、しかしマルコシアスの国は愉楽に溺れた。素晴らしい王と美しい女王との間に生まれた、愛らしい子供の存在に。
人々は踊り狂った。私の袂で。私の根は激しく痛んだ。それに耐えかねて体を震わせたのだが、しかし人々は笑い声を上げるばかりだった。
「見ろ、大樹様が喜んでいらっしゃる」
人々は、マルコシアスとその妻と、そしてディテシウスのための宮殿を造った。私の袂に。私の根を掘り起こし、切断し、そして土で固めたその場所に。私の活力を支えていた一部が失われ、また一つ葉が落ち、枝が朽ちた。人々はそれを吉兆だと言った。何故かは知らない。だが、彼らは確かに、私の不運を幸運だと置き換えた。




