動乱
争いの火種は、やがて辺りを包みこみ、燃え盛る焔となった。それは天地玄黄を灼き尽くした。皆が拳を、牙を、爪を振り上げ、血みどろになりながら戦いを続けた。誰が勝ったのだろうか? すでに跡地となった楽園で、私はじっと見つめていた。空際を、もしくは地平の彼方を。
やがて戦いが終わった。遠くの土煙が徐々に近づいてくる。それは私に向かって真っすぐやってきた。
戦いを勝ち抜いたのは人間だった。すでに最初の男女は亡く、何代か後の人達だった。彼らは武器を持っていた。出ていく時は手に何も持っていなかったというのに。鈍色の何かを振り上げ、私の周りにやってきた。
最初の王は、パラスという名であった。彼は優れた王だった。私の根を越え、幹に触れ、あのお方の意思を一つの間違いもなく、一点の曇りもなく感ずる男だった。
彼は公明正大だった。それでいて戦いを勝ち抜いたにもかかわらず、温厚で、穏やかな性格だった。それは戦いを終えて、ますます顕著になったようでもある。彼は一つの迷いも無く、人のために手を差し伸べ、そして人のために生きた。
彼は、私の影が差し込む場所に国を創った。それは、いまだ成長を続ける私に決定的な打撃を与える事態となったのだが、彼は気付かなかった。彼が耳を傾けるのはあのお方の言葉であり、私ではないのだ。今や私は世界に枝葉を差し伸べる唯一の存在になっていたが、けれども彼の元に声は届かなかった。
私の根を掘り起こし、土を耕し、家を建てた。もはや根が広範に伸びることはなく、私の成長は初めて止まった。活力に陰りが見え始め、枝葉の末端が黄色を帯びた。時折、枝が枯れて落ちた。人々はそれを不吉だと思ったようだが、しかし、なぜ落ちるのかが分からずに、私の根を傷めつけた。
人は文明を築いた。パラスを中心として秩序を作り、再び心穏やかに暮らしていたかのように思える。だが、秩序があるという時点で、本物の平和は過去のものとなった。最初の人達がいまだ楽園にいた頃、そのような瑣末なものは存在しなかったのだから。
パラスは善き王だったが、けれども彼とは相容れない人も出てきた。残念ながら、パラスは万能ではなかったのだ。彼は優秀な王であったが、あのお方とは似て非なる者でしかなかった。所詮は紛い物だ。似せて創られただけの者でしかない。
世界にいくつかの国が出来た。それはたぶん、歓迎するものだっただろう。人が楽園を追い出されて、あのお方はこの世界を見捨てたように思えるからだ。いや、事実を言えばあのお方の手のひらを脱し、人が世界を手に入れただけである。たったそれだけだが、人にとっては重要な事柄であった。
人には蛇の影があった。パラスを見たときでさえそれを感じたのだから、他のもっと公明正大ではない人達を見れば、その現象は明白だった。自然、争いが起こった。パラスは善き王であったが、完璧ではない。私の根元の肥沃な土地を巡って干戈を交えた。私の体に大きな衝撃が走ったが、しかし、人はまったく気付きもしなかった。彼らはただ、彼らの権利を得るために戦った。
私はますます活力を失った。もはや根も腐り始め、私はいくつかの枝を落とさねばならなかった。人はますます恐怖に駆られたが、しかし一度始めた生活を止めることは出来なかった。
やがてパラスは、私の影の範囲を越えて国の勢力を伸ばした。事ここに至って、パラスは私の根元を完全に支配し、私も平穏を取り戻したのであった。人はさらに何かを失い、私の根元を深く傷つけた。私が悲鳴を上げて枝葉を落とすと、時折歓声が聞こえるようになった。パラスは善き王で、善き人であった。そして素晴らしい戦士でもあった。もっと多くの土地が欲しくなった時、彼は戦いに赴くようになった。戦いの前、必ず彼は私の幹に登り、瑞々しい葉を一枚、切り取った。その痛みは決して大きくはなかったが、私が体を震わせるとパラスは必ず額と幹を合わせた。
「おお、名も呼べぬお方よ。どうか此度の戦も勝ちで終われますよう、微笑みを与えてください」
あのお方は無言だった。パラスもそれを知っていたからか、特段取り乱しもせず、切り取った部分から滴る樹液を水筒におさめ、戦場へと赴いた。
こうしてパラスは、広大な王国を己一代で築き上げた。彼が私の幹の外殻で作られた棺桶に入る頃には、人は数を増し、彼の王国は隆盛を誇るようになった。




