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創樹記  作者: 鱗田陽
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草創

 あのお方が世界を創られた時、順調にはいかないことが、すぐに知れた。それは世界の器を創るだとか、その中を大地と大洋とで満たすだとか、もしくは尊き上天との間を隔てるためのヴェールを拵えるだとかいうことではない。あのお方に取ってそれらは、瑣末な問題でしかなかった。獣が駆け、魚が泳ぎ、もしくは私が宙空に枝葉を伸ばすのと同じで、あのお方にとって世界を創るというのは決して重労働ではなかった。

 それよりも問題であったのは、世界を手放した後の話であった。今ひと時は、あのお方の手のひらをたゆたう世界も、いずれは離れ、一人で立たねばならない。今この度は原始の世界も、いずれは摂理を学習し、文明を築かねばならない。

 しかし、今以って問題であるのは、偉大なるあのお方の理を正しく解釈できる者が現れるか否かということであった。この瞬間はあのお方の声を聞き、従順で、勤勉な者共が、いざ離れた際に傲慢で、怠惰になっては困るのだ。

 あのお方はそれを危惧していた。一体いくつの世界が御心を理解出来ずに朽ちていったことだろう。それを見たあのお方の落胆ぶりは、誰の心でさえも正確に測ることは出来ない。何をもってしても十全に解することはない。

 世界が手を離れるその刹那、あのお方は反対の手で弄んでいた希望の種子たる私に、こう囁きかけたのだ。

「お前に託すことがある。この世界の始まりを見届けてほしい」

 それはいかにも弱気な言葉であった。よもやあのお方の口から出るとは思ってもいない、消極的な響きであった。まだ種子であった私は、果てない時をあのお方の手のひらで過ごしていた。すでに心はある。私は身を打ち震わせた。

「どうか、どうか命令をください。どうか使命をください。嘆願であるとか、渇望であるとか、そういうものではなく。どうか確固たる意志をください。でなければ、私の根は地に付かず、幹は真っ直ぐに伸びず、枝葉は等しく大地を覆えなくなってしまいます」

 あのお方は決して答えなかったが、私を包む手のひらに、じわりと力が宿ったのは感じられた。それで私は決意を固めた。

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