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不思議がりの男の子

作者: 駒田 窮

 あるところに不思議がりの男の子がいました。

 男の子はいつも不思議に思って仕方がないことがありました。なのでいつもお母さんにこう聞いていました。

「お母さん、心はどこにあるの? どんな形をしているの?」

 お母さんはいつも男の子の胸を指して決まってこう答えました。

「心はおまえのここにあるんだよ。そしてあったかくてまるい形をしているのよ」

 男の子はお母さんの言葉を何度も考えてみました。けれど何度胸に手を当てて考えてもよくわかりませんでした。男の子の胸にはあたっかくてまるいものなんてないからです。ぺたぺた触れてみても固くて骨ばった感触がするだけです。

 男の子が学校に行くような年齢になると、今度は同じ質問を学校の先生にしてみることにしました。先生はとても物知りですから何でも知っていると思ったのです。

「先生、心はどこにあるの? どんな形をしているの?」

 男の子の質問に、先生は決まってこう答えました。

「そんなことより勉強をしなさい。勉強をすれば全部わかりますよ」

 男の子はその言葉に従ってたくさん勉強をしました。おかげで学校でとてもいい成績がとれるようになりました。”こくご”も”しゃかい”も”さんすう”も”りか”も、男の子が一番よくできました。けれど先生がいったように疑問が解けることはありませんでした。

 男の子はとても優秀でしたので、とても有名な大学に行きました。新しい機械がたくさんそろっていて、研究している人たちも頭のよい人たちばかりです。

 大学生になった男の子はある時、心の研究をしているという教授にこう聞きました。

「教授、心はどこにあるのでしょうか。どんな形をしているのでしょうか?」

 大学生になった男の子の質問に、大学の教授は鼻で笑いながら答えました。

「君、心は脳にあるに決まっているじゃないか。もちろん形などないが、波形をグラフにはできるよ」

 男の子は教授がグラフにしたという心の形を見せてもらいました。とても難しくて専門的な図でしたが、よく勉強していた男の子には何とか理解できました。そしてそれがたぶん今までで一番納得できる答えであることも理解しました。男の子はそれ以上答えを探すのを止めました。男の子はとても頭がいいので、大学の教授が教えてくれた答え以上のものが得られないということがわかっていたのです。

 男の子は大学を立派な成績で卒業して、お仕事をするようになりました。男の子はとても優秀でしたのでお仕事もとてもよくできました。男の子はまだ年が若いにも関わらず、どんどん偉くなっていきました。

 ある時、仕事仲間の一人がふと思い立ったようにこう言いました。その人はあることでとても悩んでいました。そしてとても疲れていました。なので大人になった男の子に相談をしにきたのでした。

「心はどこにあるのだろう。どんな形をしているのだろう」

 その質問に、大人になった男の子はこう答えました。

「心は脳にあるんだよ。もちろん形はないけれど、グラフにはできるよ」

 その答えを聞いた仕事仲間の人は、少し微笑んで言いました。

「そうじゃない。そういうことじゃないんだよ」

 仕事仲間の人はそれだけ言って大人になった男の子の前を去りました。そして二度と戻ってきませんでした。 

 そうじゃないよ、といったその人の言葉の意味がよくわからずに大人になった男の子は悩みました。男の子がどんなに勉強して考えてみたところで、昔大学の教授に教えてもらった以上の答えは得られなかったからです。

 男の子の中にまたあの疑問が蘇ってきました。そして今度の疑問は前とは違って、とても不安な気分にさせるものでした。自分の中に何かが欠けてしまっていて、そこから綻んで自分自身が壊れてしまいそうな感覚なのでした。その不安のせいで男の子は夜も眠れませんでした。

 そんなある時、大人になった男の子は一人の女の人と出会いました。お仕事の関係で会った人ですが、よく気が合いました。女の人はとても物静かで頭が良さそうでした。話してみると男の子以上に頭が良く物知りな人でした。

 聞けば、女の人もかつて同じ疑問に悩まされていたと言います。

 大人になった男の子は今までの経緯を話して、女の人の意見を聞いてみました。

「ねぇ、君。心はどこにあると思う? どんな形をしていると思う?」

 女の人は少し考えてから何かを言い掛けて、そして結局口をつぐみました。そして首を横に振りました。

「わたしは心がどこにあるのか、どんな形をしているのかいつも不思議に思っていました。でもそれを考えているととげが生えてしまったように胸のあたりがきりきり痛むのです。だからいつしか考えなくなっていました。なので未だにはっきりした答えはわかりません」 

 男の子は困りました。自分より頭のいいこの女の人がわからないとなると、もう誰にもわからないんじゃないか、と男の子は思いました。男の子が困り果ててため息をつくと、その様子を見て女の人はいいました。

「わたしにはわかりませんが、もしよければ一緒に答えを探しませんか?」

 びっくりして大人になった男の子が女の人をみると、女の人の目はとても綺麗に輝いていました。その目がとても真剣であることがわかると、大人になった男の子は思わず頷いていました。

 こういうわけで、大人になった男の子と女の人は一緒に心の在処を探すことにしました。とはいってもこの疑問に対する答えをどう探したらいいのか二人にはよくわかりませんでした。二人は一緒に心に関する本を読んだり、何かがわかりそうな場所に旅行に出かけたり、二人だけでひたすら語り合ったりしました。

 そうしているうちに、大人になった男の子は胸のあたりにちょっと不思議な感覚がするのに気がつきました。いつも疑問だらけで不安な気分になっていた男の子は、女の人と一緒にいるときにだけ安心できるのでした。

 男の子はある日、そのことを女の人に伝えてみることにしました。

「僕は君といるとどうも胸のあたりがぽかぽかするんだ。とっても不思議な気分なんだよ」

 女の人はびっくりしたように大人になった男の子のことを見つめました。

「わたしも同じです。あなたといるととても落ち着くのです。とげが全部とれたような丸い感じなのです」

 それを聞いた男の子は、ちょっと考えてから、ああ、と息をつきました。やっと答えを見つけた、と大人になった男の子は思いました。

 大人になった男の子と女の人はやがて夫婦になりました。

 大人になった男の子と女の人はいつも一緒にいました。もう心がどこにあるのか、どんな形をしているのか忘れないように絶対に離れることはありません。

 そうして二人の間に小さな男の子が生まれました。

 小さな男の子はすくすく育ちました。お母さんになった女の人が息子を抱いてあやしているのみると、お父さんになった男の子はまた胸のあたりがぽかぽか温まってくるのを感じました。小さな男の子が初めて歩いたとき、二人は飛び上がって喜びました。そのときはっきりと胸の奥底に丸い何かがあるのを感じました。小さな男の子が初めて話したとき、お父さんになった男の子は今まで心の在処について悩んでいたことなど忘れてしまっていました。それはもうお父さんになった男の子にとっても、お母さんになった女の人にとっても、当たり前のものになっていたからです。

 そんな二人に育てられた小さな男の子は、お父さんに負けないくらいの不思議がりでした。

 小さな男の子はいつもお父さんにこう聞きます。

「お父さん、心はどこにあるの? どんな形をしているの?」

 お父さんはいつも小さな男の子の胸を指して決まってこう答えました。

「心はおまえのここにあるんだよ。そしてあったかくてまるい形をしているんだよ」

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