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第5話「初めての呑み会にて。バッカスについて②。ビールについて②」

今回は、「瓶ビールと生ビールの違いについて」と「バッカスについて」です。

プロの注ぎ手のことについてもいずれ語る時があれば。


 豚テキに海老せんに牛筋煮込み。刺身盛りに御新香にゴーヤチャンプルー。統一性なく並べられたつまみの海に、呑み干されたジョッキ群。たこわさをねぶるように味わいながら、酒神はそれらを虚しい思いで眺めていた。


(こんなはずじゃなかったんだけどなあ……)

胸中でつぶやく。


夏帆と友達2人。華やかな飲み会になるはずだった。

呑み慣れない酒に戸惑う女の子たちの悲鳴。ああでもないこうでもないと悩む彼女たちに的確な助言をした酒神に向けられるであろう称賛と尊敬の眼差し。自然なスキンシップ。

 神でありながら、神としてではなく向けられる純粋な好意。

 バッカスという神は、多くの熱狂的な女性信者に愛され祀られる神だ。洗脳と呼べるほどのその力はまさに神力であり、そのために多くの問題を引き起こしてきた。

 後悔しているわけではない。でも、それで満たされたことはなかった。自ら神を名乗ることと矛盾しているようであるが、彼は神としてでなくひとりの男性として愛されたかった。


 なのに。


「なぁんか、違うんだよなぁ……」

 気が付くと、ビールの泡が消えていた。


「教授≪せんせ≫ぇえっ」

 声のほうを見ると、顔面を真っ赤にした夏帆がジョッキを持ち上げている。

「呑んでぇますかああぁ!!」

 語気強くまくし立ててくる。目がぐるぐる渦を描くように回っている。

「呑んでませんよねえ!! さっき見た時と量が変わりませんもん!! 追加ですか? 追加しますよねえ!! お兄さぁーんっ」

片手でメガホンを作って店員を呼ぶ。

「や、夏帆くん。僕はもうね。そろそろいいんじゃないかと……。きみら明日も学校だよね……」

「はああ~!? ぜぇんっぜんまんっだまだでしょうよ!! まぁだ日も変わってねえべよ!!」

 最近わかってきたことだが、気が緩むと地元の訛りが出るらしい。


「そうだそうだ~」

夏帆に抱きつきながら煽る千鳥。

 他の2人とは一風変わった価値観の持ち主らしい。最初はおとなしかったものの、宴会が進むにつれて本性を露にしてきた。全力全開、リビドーの虜となって、夏帆の頬にキスしたり頬擦りしたりを繰返している。

 夏帆は酔っているので気にしていない。傍から見ると女の子同士の仲睦まじい光景だが、深く考えると怖い光景なので、酒神は考えるのをやめた。


「そうだぞ」

これまたいい具合に酔っぱらった薫が、頭をふらふら揺らしながら酒神の肩に腕を回してくる。先ほどまるごと飲み込んだニンニク焼きの匂いがえげつない。

「呑もう! おっさん……いや教授……いや、あなた……上様……?」

「何周くらいしたんだいその呼び方……」

 この娘もちょっとおかしい。シャンとしていて、呑み方も話し方も豪快で、男性にも女性にモテそうなタイプ。が、酒神と話す時だけはどこかへどもどとしてしまう。今も一見普通に接しているように見えるが、やり取りのどこかに「酒の力を借りる」というフレーズを感じてしまうのは気のせいだろうか。


(それも已む無しかな……)

 3人とも、かなり呑んでいた。

 しかも、カクテルやサワーなどの呑みやすい種類のお酒に移行するでなく、ひたすらビールのみを呑み続けるという男らしい呑みを繰り広げてはや2時間になっていた。

 今や完全に正気を失った3人は、酒神の制止も聞かず、暴走機関車のようにジョッキを干し続けている。周囲もお祭りごと大好きな九曜生の呑み会ばかりでテンションは高め維持。天井がどこなのかは誰にもわからない。


(……そろそろ危ないかな)

 危険を感じた酒神は、注文を聞きにきた店員に、瓶ビールとラーメンサラダとシラス炒飯を追加オーダーした。注ぐ必要がある瓶ビールに酒を変えることでペースを落とし、その間に炭水化物を腹に入れて膨らませて呑めないようにしようという深慮遠望だった。


 3人が不満げにわめく。

「び~ん~?」

「なんで生じゃねえんだよっ。生でいいじゃねえか生で!!」

「あはは~。薫ったら生がいいだなんて大胆~」

 きゃっきゃっと千鳥が手を叩く。


「生最高ー!」

「お姉さんわかってるー!」

 なぜか周りの若者にも伝染している。

『なーま、なーま!!』

 謎の手拍子まで起こり始めた。

 千鳥は女王然として、その歓声に応えている。


(ぐ……たちの悪い酔っぱらいどもめ……!)

 内心歯ぎしりしつつ、表面上は笑顔を作る。


「あのね君たち」

酒神が語り出すと神力が漏れだ出し、あれだけ騒がしかった皆が聞く姿勢に入った。

「いわゆる生ビールと瓶ビールの中身が同じものだって知ってたかい? 昔はね、生ビールというのは加熱処理していない、酵母の生きたビールの総称だった。熱処理してなきゃ保たなかったからだ。醸造後の酵母は澱となって味を悪くしたからだ。新鮮な生ビールなんて、製造2週間ぐらいの間にしか味わうことができなかった。でも、今は違う。製造過程での雑菌の抑制、酵母の効率的排除が可能となり、『保存の効く生ビール』が堂々と流通できるようになった。酵母が生きていないから、雑味も加えた本来の『生』としての味わいではないが、定義としては『生』を名乗ることが許され、今はこの『生』が王道となっている。詐欺みたいな話だが、居酒屋のサーバーから出てこようが、瓶から注がれようがすべて『生』だ。充填された炭酸の量、保存方法に注ぎ方、温度管理、衛生管理、様々な条件が加味されたとしても、グラスにさえ注いでしまえば、みんなのイメージする生ビールと瓶生ビールの違いなんてそうそうわからない」


 タイミングよく届いた瓶ビールを手にとり、人数分のグラスをそれぞれの前に置く。

「ちなみに瓶ビールも缶ビールも、開栓時のことを考えて多めに炭酸を充填している。グラスに注ぐと適度に抜けるので」

 真っ先に差し出してきた夏帆のグラスに注ぐ。

 トットットットッ。シュワシュワ~。

 その音高さは、いわゆる生ビールでは絶対に楽しめない、瓶ビールに独特のものだ。

「グラスで呑んだほうが旨い」

 ビール7泡3の美しい黄金比率で注がれたビールに、3人はごくりと息を飲む。

「泡が嫌いという人もいるが、鮮度を保つためにも適量あったほうがいい。ないと際限なく炭酸が抜ける。ベストの比率はご覧の通り」


『おおお~』

 周りの酔客から拍手と称賛が浴びせられた。

「やるじゃねえかおっさん!!」

『おーっさん!!おーっさん!!』

 おっさんコール。

 見た目と音の圧倒的な破壊力に学生たちも呑みたくなったのか、瓶ビールの注文が厨房へ殺到した。


「ようやく波が去ったか……」

「んじゃ、ご返杯」

「うん……?」

 酒神の手からは、いつの間にか瓶が奪いとられている。

「二十歳の女子大生のグラスに注いでおいて、呑めねえわけねえどなぁ?」

「え、あれ……?」

 にやりと不敵に笑う夏帆。

「注ぎつ注がれつ……いい……!」

 薫もなぜか盛り上がっている。

「わたしにも~わたしにも~」

 千鳥はニコニコハッピー大騒ぎで、

「おかしい……こんなはずじゃ……」

 青くなった酒神のグラスには間断なくビールが注がれまくり、狂乱の宴はまだまだ続く模様。

 バッカスは、集団的狂乱をもたらす神でもあるのだ……。

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