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第4話「初めての呑み会にて。ビールについて①」

ビールについてその①。呑み方、歴史など。

さすがに定番。語ることが多いですね。

今後も色々書く予定。



 酒神に連れられて夏帆たちが向かったのは、九曜駅前の居酒屋チェーン「加太蔵かたくら」だった。八王子近辺に5店舗というごくごくささやかなチェーン規模だが、接客の良さと料理の種類の豊富さ、ノンアルコール飲料も含めた酒揃えに定評のある店だ。九曜大学の最寄り駅前ということもあり、時折しも新歓帰りの新入生や、新入生を歓迎するサークル、部活の先輩たちでごった返していた。


「あたしたちみたいなのってけっこうたくさんいるんだ……」

 新歓初日に呑み会に行くのもどうかな、とちょっと後ろめたい気持ちだった夏帆は、同類が、しかも大部分が二十歳未満の学生がいることを知ってほっとした。


「法的にも先達的にも問題だねえ。まったくけしからん」

「にやにやしながらいっても説得力ないです」

 夏帆がぴしゃりというと、酒神は悪びれる様子もなく、「あらら」と舌を出した。


 店内に入ると「いらっしゃいませ!!」の大音声が一行を出迎えた。

「やあ、4名でよろしく。煙草は吸わない。さ、奥へ行こうか」

 手慣れた様子で座敷に上がる酒神。堀ごたつ式の4人がけの席に、酒神、薫、夏帆、千鳥の順に時計回りにを落ち着けると、ほどなく店員が飛んできた。


「ようこそおいで下さいました! 本日の当店のおすすめは~☆■△○★□▲◎~」

 きびきびした発音で今日のおすすめや店舗の説明を聞かされたが、イマイチ頭に入らない。居酒屋初体験な上にお酒を呑んだこともない所へきて、立て板に水の接客なのだからしょうがない。

 薫も同じで、目を白黒させている。千鳥はニコニコと微笑みながら、なぜか夏帆の腕をとって体を押し付けるようにしてくる。変に柔らかくなまめかしい感触にどぎまぎさせられ、余計に考えがまとまらない。


「で、みんな。呑んでみたいものはあるかな? ここは大概のものは揃ってると思うけど」

 落ち着き払った酒神の声音に、はっと我に返る。


「え、えーっと……」

「どうすんだ? とりあえずは……」

『ビール?』

 顔を見合わせた薫と意見がかぶる。


「てーか、それしか知らねえし」

「あたしも」

 ビールが呑みたいというよりは、とりあえずビール、という定形句が咄嗟に出ただけだ。呑みたいもののイメージはとくになかった。


 千鳥が遅れて、

「わたしもよくわかんないからみんなと一緒で~」

 あくまで未経験キャラで押す。


「じゃ、人数分。生で」

 ついでにアボカドサラダや鳥軟骨揚げなどの適当なつまみを注文する酒神。

「さすがに慣れてますね……」

 感心半分、呆れ半分の夏帆。

 酒神は家で酒を呑むことが多いが、外で呑んで帰ってくることも多い。どんな店へ行っているのかはしらないが、手慣れている。褒めていいのかどうかは微妙なところだが。

「神様だからねえ」いつもと変わらぬ酒神の返答。


「お待たせいたしましたぁ。青春と情熱の生4つぅ~」

 ドカンと、4人の前に生中が運ばれてきた。キンキンに冷えたジョッキの中で、黄金色の液体が白波と共に揺れている。

 得も言われぬ迫力に、目が吸い寄せられる。

「これがビール……」

「見た目はよく知ってても、いざ自分が呑むとなると違うなあ……」

「んふふ~」


「じゃあまあ」

 酒神が促すのにならってジョッキを持ち上げる。肉厚のジョッキはずしりと重い。

「出会いに乾杯」

『かんぱ~い』

 音高く、ジョッキを打ち合わせた。


「んぐ……!?」

 夏帆は初めての味にのけ反った。白く決め細やかな泡を割って口内に押し入ってくる黄金色の液体は、苦く刺々しく、到底旨いといえるものではなかった。追い討ちをかけるようにアルコール成分がかっと燃えるように食道を駆け降りていき、初めての衝撃に、思わず知らず涙が出た。


「なんだこれ旨いな!!」

「えぇー!?」

 口元の泡を拭きながら歓声を上げる薫の反応に、驚きを禁じ得ない。

「薫、ホント……?」

「なんだ、夏帆は苦手か?」

 さも意外そうに薫。

「ビールは好き嫌いあるよね~。ね、夏帆ちゃん、呑めないならわたしが呑んであげようか?~」

 千鳥が目を輝かしている。

 夏帆はなぜか、捕食される者の恐怖を感じた。


「教授ぇ……」

 酒神に救いを求めると、酒神は半分がた空いたジョッキを見つめていた。

「……メソポタミアの昔、誕生初期のビールは液体のパンとも呼ばれどろどろで、特段苦いものじゃなかった。香りづけ、保存のために様々な薬草が調合され掛け合わされた。今や最高の相棒となった『緑の黄金』ホップの旨さは、すばり苦味成分だ。味覚の発達してない若者には苦いだけかもしれない」

「味覚の発達してない……」

 酒神はベロを出す。

「苦味を感じるのは舌だから。甘いものばかり食べて育った世代には、刺激、もっというと毒にしか感じられない。だからというか、ビールの呑み方として、舌に乗せず一気に喉の奥に流し込む、そして喉越しを楽しむんだ、という人がいる。実際それを商品名にしたビールもある」

「そういえばCMで聞いたことあるような……」


「舌の苦味を感じる部分を避ければいいんじゃないでしょうか~」

「味覚分布図か。甘味は舌の先端で感じるとかいう。あれは迷信だよ。100年以上も前のドイツの学者の戯言。舌の全体と軟口蓋に味蕾はあって、どこも均一に苦味を感じてる」

「むむ」

 酒神にばっさり切られた千鳥が、不満そうに口を閉じる。


「苦味を避けるという発想も、それはそれでひとつの楽しみ方だろうと僕は思う。でもね、苦味は旨味でもあるんだ。苦いイコールまずいじゃない。僕としては、逃げずに色々と試してみてほしいね」

 実に楽しそうに酒の薀蓄を語る酒神の横顔に、夏帆の瞳は吸い寄せられた。


「--!!」

 ざわりと、視界いっぱいに黄金色の草原が広がった。どこまでも青い空の下、大麦の穂が揺れていた。八王子ではなかった。居酒屋でもなかった。空間を超え、時間を超え、褐色の肌の農夫たちが畑の間を行き来していた。白い歯がこぼれていた。陽気に笑っていた。上空を、トンビが一羽、舞っていた……。


「……夏帆ちゃん~?」

 千鳥の声で我に返った。八王子だった。居酒屋だった。薫がお代わりを頼んでいた。千鳥の心配そうな声が耳に入った。

「夏帆ちゃん~。酔った~?」


「あ、いや……」

 今のはなんだったのだろうか。白昼夢を見ていたようだった。メソポタミア? そんなわけはないだろうが……。


「やあ、呑めないなら呑んであげるよ。好きなお酒は手探りで探していくしかない」

 余裕たっぷりに笑う酒神を見ていると、なんだか急に腹が立ってきた。

「だめ、わたしが~」

 ジョッキの取っ手に手を伸ばす千鳥を遮ると、夏帆は、

「やる気。強気。元気」

 短く言った。薫と千鳥が不思議そうな顔をする。


 大きく息を吸い込んだ。

 ぐい。

 ジョッキに口をつけると、一気に流し込んだ。

 ゴッ。ゴッ。

 女子らしくない音をさせながら、ビールを呑みこむ。

 食道を開く。胃の底まで、アルコールを一気に落とし込む。


「くっ……はあ~っ」

 どん。ジョッキを置いた。見事空になっている。

 ジョッキの内側に、白い泡がエンジェルリングを描いていた。


『おお~』

 薫と千鳥が拍手をしている。

「店員さんっ、お代わりっ」

 通りがかった店員さんにジョッキを手渡すと、すかさず注文した。

『おおお~』

 賞賛がさらに高まる。


 ぽかんとした表情をしている酒神に、夏帆はにかっと笑って見せた。

「結城夏帆。手探りしてみますっ」


 ぶわり、燃えるような酔いが、体の内側を登ってくる。

 最初は気持ち悪かったその感覚も、今はどこか心地よい。


「やぁれやれ」

 酒神は大仰にため息をつくと、頬杖をついて困ったように微笑んだ。

「負けず嫌いもそっくりか」

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