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第3話「千鳥、薫、夏帆。オープンカフェにて。飲み会へのプレリュード。バッカスについて①」

バッカスについて。

今後もちょくちょく触れていきます。

 ~~千鳥~~


 男が嫌いだ。

 より正確には、女が好きだ。

 手島千鳥は、生まれてくる性別を間違えた。顔、体、声。男好きするあらゆる要素を兼ね備えながら、それを活かすには魂の色が邪魔をした。

 

本来の色素と違う恋愛が成立するには相手と周囲の倫理観初め様々な障害がある。だから、千鳥の周りには昔から多くの泥沼が存在した。付き合っていた彼女が男に心変わりしたり、カムフラージュで付き合っていた男子が本気になりすぎたり。極め付けは女子校時代の30半ばの女教師がストーカー化したことだ。刃傷沙汰にまで及ぶ攻防の末、薫の助けのおかげで、2年間の入院と加療で事なきを得た。


 当時、これで懲りろよと薫は言ったが、千鳥はまったく懲りる気は無かった。むしろ子供の頃より蓄積されきてた薫への恋慕が一際高い一石を積み上げた。

とはいえ薫にまったくその気≪け≫はなく、千鳥のスキンシップに好感触があったことは一度もない。


 押してもダメならの例え通り、千鳥は他の方法を考えることにした。

 夏帆とのアクシデントを装った出会いは完全なる計算であった。細く引き締まった体、しなやかな足。スーツでは隠し切れないアスリートの筋肉の抱き心地は最高だった。

 周囲へのドジっ娘アピールと、薫への牽制と、密かなリビドーの解放。あの瞬間、千鳥の顔はその場にいる誰よりも輝いていた。


 ~~薫~~ 


 また面倒くさいことを考えてやがるな、と薫は思った。


 計算でドジをする千鳥が、あんな目立つ場所でやったのだから、そこには必ず意味がある。

 夏帆を狙っているのだろう。あの場で薫が割り込まなければ、きっともっとわかりやすくアプローチをかけたはずだ。だが薫の介入で夏帆の注意が逸れ、ゆっくりとした戦略にシフトせざるを得なくなった。


 夏帆にそういった趣味があるようには見えない。だが人というのはわからないものだ。千鳥に全力で攻められて、その気もないのにその道に引きずり込まれた」女の子を、薫は何人も見てきた。


 自分が気を付けておいてやらねば。

 心に誓う彼女の脳裏を占める、もうひとつの考え事があった。


 本人は絶対に認めないが、薫は枯れ専である。

 体育会系の男兄弟の中で育ち、本人もガチガチの空手女子である彼女。若い男性ホルモン全開の男子は見飽きているので興味がなかった。むしろ、飄々と人生を揺蕩う枯れた年上の男性に惹かれるものがあった。

 酒神などは、まさにどストライクである。

 だらしない無精髭、古色然とした服装、外国人なのに流暢極まりない日本語。若者にビビるだらしない大人が多い中、まったくひるむところがなかった。韜晦しながら微風のように過ぎ去ったあの後ろ姿が、今も脳裏に焼き付いている。


 ~~夏帆~~


「呑み会しませんか~?」

 酒神が去ったあとの落ち着きを取り戻したオープンカフェで、千鳥が緩い口調で提案してきた。


「せっかく3人出会えたわけですし」

 そのうち2人はすでに知り合いだったわけだが、

「い、いいね。やってみたい。呑み会っ」

 拳を握りながら返事した。夏帆に否やはなかった。高校時代は陸上漬けで、でバイトをする暇もなかった。遊ぶ暇もなく、友達は部活関係に絞られていた。呑み会、それは眩い大学デビューの象徴だった。

「で、でもっ。どういうことするのかわからないけど……」


「大丈夫だよ~。仲良い娘同士が集まって美味しいものを食べたり呑んだりしながらキャッキャウフフするだけだから~じゅるり」

 すでに「美味しいもの」の具体的な想像でもあるのか、垂れたヨダレを拭く千鳥を薫が肘で面倒くさそうにつついた。

「ったく、ヨダレヨダレ」


「薫さんは……反対なんですか?」

「薫でいいよ。あと敬語やめ。タメだろ」


「……じゃあ薫……は反対なの?」

「んにゃ、ないよ。千鳥、お前はどうなんだよ。経験。俺、酒呑んだことないんだけど」

 薫の疑問に、千鳥が「ん~?」とわざとらしく小首を傾げる。

「わたしもな~いっ」


「ふん……あ……っ。じゃあじゃあさ、あのおっさん呼ぼうぜ。詳しそうだろあいつ」

 突如、さもいいことを閃いたかのように語気を強める薫。

「……おっさんって、教授のことかな?」

「そうそう。夏帆知ってんだろ!? さっき話しかけてたもんなっ」

「うんまあ……」


「ちょっと薫ちゃん」

 勢い込む薫を手で留める千鳥。


「いったいどうしちゃったの? 普段の薫ちゃんらしくないよ」

「はあ? 何言ってんだよ。いつもの俺だぜ?」

 目を泳がせる薫。

「むむ~」と千鳥は不満げな表情だが、夏帆にそんな2人の微妙な機微はわからない。


「教授かー。 まあお酒にも呑み屋にも詳しそうだけど……呑む量がなあ……」

 ハードドランカーとキャッキャウフフの女子会は両立するのか?

 夏帆にはわからない。でもたしかに、女子3人でいきなりの呑み会は難しいだろうか。教授がいれば心強いことはたしかだった。


「あとで聞いてみるよ」

 とりあえずそう答えておく。


「今でもいいよ~」

「わっ、教授!?」

「うおっ!?」

「む?」

 いきなりの酒神の再登場に驚く3人をよそに、酒神は手近の椅子を引っ張ってきて背もたれを抱くようにして座る。


「神出鬼没がデフォルトな方ですね~」

 さすがに気味の悪さを感じたのか、笑顔のまま青ざめる千鳥。

「だよ。ったく、おっさん気味悪いな」

 薫は毒づきながら、なぜか顔面を紅潮させている。

「神様だからねえ」

 しょうもないジョークを飛ばしながら酒神。


「んで、呑み会やるんだって?」

「あ、はい。あたしたち3人とも、そういった経験がないもので。できれば、教授にもついて来てほしいんですが……」

「よろしくお願いします~。あ、お忙しいようでしたら、ムリはなさらなくてけっこうなので~」

「い、いや、おっさん暇そうだから来いよ」

 三者三様の反応を返すと、

「いいよ~暇だし」と酒神はあくまで軽い。


「で、でも~。女子と男子では呑む量にも違いがありますし~」

 酒神に来てほしくないのか、食い下がる千鳥。

「合わせる合わせる。お酒の呑み方を教えるのも神様の役割だしね」


「……さっきから神様神様いってますけど~。教授はどこからどう見ても人間じゃないですか~。それに教授は外国人ですよね~。なんで外国の神様なのに日本にいるんですか~?」

 痺れを切らしたのか、間延びした中にも牙を潜める千鳥。


「ローマではバッカス。ギリシアではディオニュソスとも呼ばれてたね」

 明日の天気の話をするのとまったく変わらない口調で酒神は始めた。

「酒と豊穣と酩酊の神さ。家庭問題でモメて、各地を転々と追われ暮して、辿り着いたのが日本の八王子ってわけ」

「そんなわけのわからない話~……」

「お酒を伝道する。呑み方を教える。それが生業で、だから僕の肩書も、文化人類学の教授なわけだ」


「いいじゃんか。千鳥。おっさんもそういってることだし、夏帆の知り合いでもあるし」

 そうだろ? と言外に含めて薫。

「う、うんまあ……。お婆ちゃんの知り合いだし、信用のできる人……だよ……」

 そうとしか答えようのない夏帆。

 場の流れが固まったことを察した千鳥は、

「別に、わたしは反対してるわけじゃなくて~……」と小声。


 ぱん、と手を叩く薫は、

「はいはいっ。決まった決まった! なあおっさん!」と喜色満面。

「決まったらぐだぐだ言わない! さ、行く店決めようぜおっさん!」

 嬉しそうに行き先の打ち合わせを始めるのだった。

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