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第12話「花見篇。日本酒①。甘酒①。ノンアルコール飲料①」

ノンアルコールはアルコールが0という意味ではない!!(ババンッ

これはけっこう衝撃的な事実でしたね。

 ~~酒神~~


「ふたりともこっちだよ~……って、なんであんたがついてくんのよ――」

「うるせー、しょうがねえだろ荷物持ちなんだから」

「ごめんね~夏帆ちゃん。この人馬鹿力ぐらいしか取り柄がないもんだから~、ここが見せ場と張り切ってるの~。地味な脇役の晴れ舞台だから、哀れと思って見逃してあげて~」

「――教授が持っていけっていうんだからしょうがねえだろうが。俺がどうこうじゃねえ。命令だ」

「おっさんはなんだかんだで紳士だからな、うん」

「それを認めるのはやぶさかじゃないが、主な原因はおまえらが呑みすぎてふらふらしてるからだろうが!!」


 正午から始まった花見の宴は、夕方になってひとまずお開きとなった。

 お泊まりする予定だった薫と千鳥はそのまま夏帆の案内のもと部屋へ向かい、謙吾がその荷物持ちをさせられてやいのやいのと騒いでいた。


「……かっしましい奴らだなおい」

「若者が元気でいいことじゃないですか、おっとと」

 日本酒に移行して呑み続けている酒神と学長は、床に座るのも疲れたので椅子に腰掛けていた。残り物をテーブルに移動させ、手にお猪口を持ち、差しつ差されつやっていた。


 日本酒は、米を使用した醸造酒である。精米した米をこうじ菌で分解し、酒母でアルコール発酵させて造る。古代中国から伝来したのが始まりだが、鉄分の少なく清らかな日本の水という得難い相棒を得て、どこの国でも真似することの出来ないオンリーワンの酒類、ジャパニーズサケとしていまや世界中で愛飲されている。


 つまみは塩ゆでの空豆とふきのとうの天ぷらである。天ぷらはタレではなくつけ塩にした。日本酒には塩味がよく合う。たとえば升酒の縁に塩を盛ったり、極端なのになると、小皿に盛った塩を舐めるだけ、なんていうのもいる。


「――あー、いいですね」

 酒神は呻くように声を上げた。甘くふくよかな味わいが、ぶわりと口内に拡がり満ちて、得も言われぬ幸福感でいっぱいになっていく。

 目を閉じ、そっと喜びを噛み締める。甘露だ。

「咲椰がこの前家に寄った時に置いてったやつだ。静岡の……なんだっけな。国際会議かなんかで出されたやつだ」

「酒どころだからですからねえ。さすがにいい味してる。本人もいればよかったんですが」

「まあ、この時期はしかたあるめえ」

「今頃はどのあたりですかね」

「咲き頃からいって千葉あたりかな。まあ5月終わりには戻ってくるだろうよ」


「お店の方は、その間は知流くんがフル回転ですか」

「――うるさいのがいなくてよかったって?」

「まさか」

 学長の鋭い視線に、はたはたと手を振る酒神。

「宴なんて、賑やかなほうがいいに決まってるじゃないですか」

「うるさいだけのやつもいますがね」

 荷物持ちから戻った謙吾が口を挟む。

「ったく、下戸だ下戸だとさんざんバカにしやがって」

 まだ憤懣やるかたないといった様子で、がしがしと頭をかいている。

「はは、絡まれたね」

「まったくですよ。甘酒くらいは呑めるっていったら、それアルコール入ってないだろってもうさんざんで」

「……ん?」

 酒神は首を傾げる。

「謙吾くんは、アルコールはまったくダメなんだっけ。呑むだけでなく、例えば注射うつときの消毒とかも」

「いやそこまでは……」

「アレルギー反応があるわけでもない?」

「はあまあ……」

「呑むと急速に顔が赤くなり、動悸が速くなり、頭痛がする?」

「ええ」

 

「もしかしたら君は、まったくの下戸ではないのかもしれない。限りなく弱くはあるが、呑めないわけではないのかも」

「本当ですかっ?」

 驚く謙吾の目の前で、酒神は指を2本立てる。

「ひとつ、甘酒はアルコールが入っているのといないのがある」

「えっ」

「ノンアルコールは実はアルコールが0という意味ではない」

「えええっ」

「……楽しそうだなおい」

 謙吾のリアクションに苦笑する学長。


「まず米と米麹を発酵させるやり方。これは、糖化は起こるものの酒母が入っていないのでアルコール発酵が起こらない。次に酒粕をお湯に溶かして糖分を加えるやり方。こっちは文字通り酒造りの時に出来た粕を使用するので、当然アルコール分が入っている」

「でも……どっちも酒なんですよね?」

「酒税法によると、アルコール度数1%未満のものは酒でないことになっているんだ。酒粕から造った甘酒もこのくくりに入る。逆に言うと、酒でなくても微量のアルコールを含んでいる飲み物もあるということだ」


「酒じゃないのにアルコールが……ん? するとノンアルコール飲料でも0とは限らない……!?」

「お、気付いたね。昨今流行りのノンアルコール飲料は、0.00を謳っていないかぎりは微量のアルコール分を含んでいる。ノンアルコールだからと安心して大量に呑めば、酔っぱらうこともある」

「飲酒運転で摘発されることがありうる!?」

「大量に呑めば、ね。普通の呑み方をしてる分にはそんなことにはならないだろうよ」


 謙吾は狐に摘まれたような顔をしている。

「僕が確認したかったのはさ。謙吾くんがアレルギー反応が起こるほどの下戸じゃないということ。君がかつてどっちの甘酒を呑んでいたのかは知らないけど、ただ単にアルコールやアセドアルデヒドの分解酵素の働きが弱いだけなら、限定的ではあるけど、飲酒が出来るようになるかもしれない」

「――それは、教授と差しつ差されつが出来るということですかっ!?」

「ん? お、おう。そうだね」

 謙吾のリアクションの大きさにのけぞる酒神。

「まあ将来的には出来るかもってことでね。ノンアルコール飲料から慣らしていって、梅酒の水割りくらいは呑めるようになるかもしれない」

「おお」

「呑み仲間が増えるのは嬉しいことだしね」

「呑み仲間……教授と……」


 ~~学長~~


 2人の酒講義を聞き流しながら、学長はひとり呑み続ける。

 開栓したばかりだった一升瓶の残りは、もう半分以下になっていた。1合が180ml、一升は10合で1800ml。2人してすでに5合以上を呑んでいたが、そこは酒の神様。まだまだ呑める。

 窓の外に酔眼を向けた。すでに日は暮れ、暗闇の中強い雨が降っている。当然のこと桜は見えず、明るい室内で、宴の余韻を肴に、冷やをちびちびとやっている。

 この場合の冷やは、冷やした日本酒のことではない。常温のことだ。冷やしてある場合は冷酒と呼ばれる。


「……ん?」

 バシャリと、どこかで大きな水音がした。雨音にしては大きすぎた。耳を澄ましたが、もう聞こえなかった。大雨にかき消された。

 そういえば。

 謙吾が昔話していたのをおぼろげに思い出した。あれはなんの話だっただろうか。

 妹のトラブルが刃傷沙汰にまで発展した――自業自得――妹の友達が――自分の知らないところで――。

 思い出せない。大事なことだった気もするし、そうでなかったような気もする。どうしていま思い出しかけたのか。いま必要なことなのか。何もかもわからない。

「……ま。思い出せねえなら、大したこっちゃねえんだろうよ」

 お猪口の中で揺らめく日本酒の水面を眺めながら、学長は考えるのをやめた。

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