その婚約破棄、謹んでお受けいたします。
「ティアーナ・オルアークス! 今この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」
今日は、ここフィルネール王国にある貴族の子弟が通うソルティーヌ学園の卒業パーティー。
この度卒業を迎える卒業生たちと、それを見送る在校生たちでなごやなか時間を過ごしていた中、突然壇上からひとりの青年が高らかに宣言した。
豪奢な服に身を包んだその青年の名は、ルーカス・フォン・フィルネール。わたくしの婚約者であり、フィルネール王国の第一王子だ。
そして、ルーカス殿下の隣に立つのは、婚約者のわたくし――ではなく、殿下と親密な関係だともっぱらの噂のアンナ・ノイール男爵令嬢。この乙女ゲームのヒロインである。
――そう。乙女ゲーム。
この世界は、わたくしが前世で遊んでいた恋愛シミュレーションゲームの世界なのだ。
今目の前に広がっている光景は、まさしくゲームで見た悪役令嬢の断罪イベント。
実は、わたくしには前世の記憶がある。
それを思い出したのは、ソルティーヌ学園に入学した時。初めて訪れるはずの校舎に既視感を覚えたのがきっかけだった。
突然頭の中で何かが弾けて、次いで大量の情報が流れ込んできた。
激しい情報の奔流に飲み込まれないように必死で食らいつき、前世の記憶を思い出したのだ。
その結果知ったのは、自分が前世で遊んでいた乙女ゲームの悪役令嬢であるということだった。
婚約者であるルーカス殿下も攻略対象者のひとり。
わたくしは、攻略対象者とヒロインの恋路を邪魔して、断罪される運命にある。
しかし、そんなのはまっぴらごめんだ。
前世を思い出したわたくしは、断罪の未来を変えるために行動した。
けれど、結局はゲームと同じ運命を辿ることになってしまったようだ。
わたくしが今までやって来たことは、すべて無駄だったのか……などという悲観はしない。
ゲーム通りにルーカス殿下に婚約破棄を宣言されたわけだけれど、動揺は一切ない。むしろ、ものすごく心が弾んでいる。「喜んで!」と言ってしまいたい。
「理由をお聞かせいただけますか?」
「そんなもの、貴様が罪を犯したからにほかならない!」
「罪とは何のことですの?」
首を傾げれば、ルーカス殿下は何とも間抜けな表情をした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、ああいう顔を言うのだろう。
「自分がどれほどのことをしたのかわかっていないのか!?」
「ええ。わかりませんわ」
真っ直ぐにルーカス殿下を見つめながら、わたくしははっきりと答えた。
だって本当にわからないんだもの。
わたくしは、ゲームのティアーナのようにヒロインであるアンナをいじめてなどいないのだから。罪だなんだと責められる謂れはない。
ルーカス殿下は、信じられないものを見るかのような目をわたくしに向けた。
「冷たい女だとは思っていたが、まさかこれほどとは……」
「ひどいです、ティアーナ様……!」
「あぁ……。泣かないでくれ、アンナ……」
涙を浮かべていたアンナがついに泣き出してしまい、ルーカス殿下が優しく慰めた。
わたくしは、その光景に素直に驚いてしまった。
殿下って、人を慰めたり出来たんですのね。初めて見ましたわ。
「アンナに対する非人道的な行いは、決して許されるものではない! アンナがどれほど傷ついたことか……」
「はい……。でも、ルー様がそばにいてくれたから……」
「アンナ……」
ルーカス殿下とアンナが見つめ合い、二人だけの世界を形成し出した。わたくしたちは、いったい何を見せつけられているのだろうか。しかも、殿下を愛称呼びとは。
「殿下。具体的に仰っていただけますか。今の話だけではわかりません」
「これだけ言って、まだわからないというのか!?」
「はい。わかりません」
「貴様、不敬だぞ!」
ルーカス殿下が喚く。
「下層の人間が話しかけるな、教養がない下品な女などと言ったそうだな!」
アンナがまた泣き声をあげた。ルーカス殿下がその身体を優しく抱きしめる。
わたくしはと言うと、殿下の言っていたことがまったく身に覚えがなくて、自分の記憶を辿っていた。
「……ああ。もしかして、あの時のことを言っているのでしょうか?」
記憶の中に思い当たるものが見つかり口にすると、それ見たことかとばかりに殿下の顔色が変わった。
「ですが、かなり歪曲されて殿下の耳に届いているようですね」
「何?」
ソルティーヌ学園では、貴族の子弟が通っているからか多くの社交界のルールが反映されている。
その中のひとつに「身分が下の者から上の者へ声をかけてはならない」というものがある。
紹介を受けたり、何か用件がある場合などはこの限りではないけれど、下位の者から上位の身分の者に声をかけるのはマナー違反とされている。
あれは確か、この学園に入学してすぐの頃だったはず。
「ルーカス様!」と、突然アンナが声をかけてきたのだ。
あの時、わたくしはもちろん、殿下もアンナとは初対面だった。その場にいた誰かがアンナを紹介したわけでもない。
だから、その行為はマナー違反であるとアンナに注意したのだ。攻撃的な物言いはしていない。何ならその場には殿下もいたというのに、どうやら忘れてしまったようだ。
「『下層の人間』などという言葉は一言も口にしていません。社交界のルールとして、その行いはマナー違反に当たるから気をつけるように言ったまでですわ。その場には殿下やご友人たちがいらっしゃいましたが、覚えておりませんか?」
「そ、そんなのは知らん!」
「俺は覚えているよ」
はい、と手を挙げたのは、攻略対象者のひとりであり、ルーカス殿下の友人でもあるジェイド・フルクリン侯爵子息。まさか攻略対象者から助け舟を出されるとは思ってもみなかった。
そういえば、よくよく見れば壇上にいるのはルーカス殿下とアンナの二人だけ。
アンナが身に纏っているのは、殿下の髪色によく似た黄色のドレス。フリルやレースがふんだんにあしらわれ、胸元から腰にかけては宝石がまるで星のようにちりばめられている。
あれはルーカスルートが確定した証ではあるけれど、断罪イベントでは度の攻略対象者のルートでも必ず全員が揃い、ティアーナを糾弾していた。
それがルーカス殿下以外の攻略対象者は誰ひとりとして壇上にはおらず、彼らは彼らで会場内でひとかたまりになって壇上にいる二人を見つめていた。
「ティアーナ嬢は、マナーを無視したその令嬢の行動を注意していただけだよ」
「ジェイド、どうして……?」
泣いていたアンナが、呆気に取られた様子で呟いた。
「だが、下品な女というのは……」
「わたくしは、婚約者のいる男性の身体にみだりに触れるものではない、と注意をしただけですわ」
彼女は異性に対するパーソナルスペースが狭い傾向にあった。それがその方の婚約者のいる目の前で平然と行われることもあったものだから、まあ令嬢たちの彼女に対する反応は言わずもがな。
「その場には私たちがおりましたわ」
人だかりの中から、数人の令嬢が前に進み出てきた。わたくしの友人たちだ。
断罪を回避するため、わたくしは常に誰かと行動を共にするようにしていた。
「アンナさんの行動が気にかかった方から相談を受けたティアーナ様が、彼女に注意したのですわ。下品な女などと……ティアーナ様は、そのような品のない言葉は使っておりませんでした」
「ぐ……!」
さすがの殿下でも旗色が悪いと感じたのか、悔しそうに歯噛みしている。
「し、しかし、それだけではない! この女は、アンナの私物を何度も壊しているのだ!」
「そんなことはしていませんわ」
「嘘ばっかり! ティアーナ様、ルーカス様はあなたのためを思ってこの場を設けてくれたんです。いい加減、罪を認めてください!」
ちょっと何を言っているのかわからない。
罪を認めるも何も、わたくしは何も罪など犯していない。
わたくしはひとつ息を吐いた。
「では、わたくしが『いつ』『何を』壊したというのですか? 断言なさるだけの証拠があるということですよね」
「ああ! 私は何度も、壊された物を抱き泣いているアンナを見た!」
「それは何の証拠にもなりません」
「何だと!?」
いや、「何だと!?」じゃない。
壊された物があるだけで、それがなぜわたくしが壊したことにつながるのか。
それを指摘すれば、「私の寵愛を受けるアンナに嫉妬したからだろう!」と返ってきた。もう返す言葉が見つからない。
話にならないので、わたくしはアンナに声をかけることにした。
「アンナさん」
わたくしが呼びかければ、彼女は大袈裟なほどにびくりと肩を揺らした。すかさずルーカス殿下が彼女を背後に庇う。
「あなたは壊された私物を持っていたということですが、それはいつ壊されたのですか?」
「えっ?」
尋ねれば、アンナは戸惑ったような反応を見せた。
なぜそのような反応をするのだろう。物を壊された被害者なのだから、むしろこちらから聞かれる前に進んでこういうことをされたと主張しても良いだろうに。
「えっと……そ、そう! 確か二週間前に、お昼休みに誰もいない教室にティアーナ様が忍び込んで、そこで私が使っているノートをびりびりに破いていました!」
「ああ! 破かれて無残な姿になってしまったノートを私も見たぞ!」
ちょっと殿下は黙っていてほしい。
「ルイス!」
「はい。お嬢様」
呼びかけに答えたのは、荷車を引いた中世的な顔立ちの手足がすらりと伸びたひとりの侍女。荷車には大量の書類が積まれていた。改めてみると壮観である。
ルイスは荷車に積まれているものの中から冊子を一部持ってきてくれた。
「な、なんだそれは!」
「この者が集めた数々の証拠ですわ」
わたくしが無実であることを示すものであり、殿下たちが犯した罪の証拠でもある。
わたくしが答えれば、ルーカス殿下は鼻で笑った。
「貴様の侍女が集めたものなど信用できるか!」
「その者はティアーナ嬢の侍女ではない」
落ち着いた中にも力強さを感じる、そんな声が突然会場に響いた。
振り返らずともわかる。この声の主は、国王陛下だ。
卒業生の門出を祝うために来賓された陛下は二階にいたはずなのに、わざわざここまで降りて来てくださったらしい。陛下の傍らにはお父様の姿もあった。
「父上!」
「その者は、”王家直属の監視者”だ」
ルーカス殿下は目を見開いた。アンナは困惑したような表情を浮かべている。
”王家直属の監視者”とは、その名の通り、対象の監視するための直属の監察官だ。気配を消して影から対象を監視したり、変装して人ごみに紛れてみたりと、方法は様々。
ルーカス殿下がアンナと交流するようになった中で、ちょっときな臭くなってきたために陛下にお願いして複数つけてもらった。ルイスは、わたくしのそばや学園内にいても違和感がないように侍女に扮している。
「わたくしはその日、学園の中庭で友人たちとお茶をしておりましたわ」
わたくしは手元にある冊子のとある一ページを開いて見せた。
ルイスが持ってきてくれたのは、中庭にあるガゼボを使用する際の予約台帳。皆が平等に使えるようにと、ガゼボを使用する場合は事前にこの予約台帳に使用する日時と目的を記載しておくのがこの学園のルールとなっている。……まあ、一部守らない生徒もいるけれど。
アンナが言う、わたくしが彼女のノートを破いたという日時に、わたくしの直筆でガゼボでお茶会をする旨が記載されていた。
わたくしがその日その時間に校舎内にいないことは、一緒にお茶をしていた友人たちはもちろん、何より監視者が証明してくれる。
「き、貴様ならほかの者に指示を出してやらせることができるだろう!!」
「先ほどアンナさんは、“わたくしが”誰もいない教室に忍び込んでノートを破いていたと証言していましたわ」
仮にわたくしが誰かに指示してやらせたのが事実なら、アンナの証言と矛盾する。自分の姿に扮してやらせる意味もない。
ルーカス殿下はアンナに助け船を出したつもりだろうが、それは何の助けにもならない発言だ。
「――しかし!」
「いい加減にしろ、ルーカス!!」
尚を何かを言い募ろうとしたルーカス殿下を、陛下が一蹴した。
普段は穏やかな陛下のあんな厳しい顔つきは、今まで見たことがない。
「これ以上恥をさらすな」
「父上……?」
「二人を連れていけ」
静かに陛下が命じれば、ルーカス殿下とアンナの身柄が拘束された。二人とも目を白黒させている。
「はっ!? なんで!?」
「父上! どういうことですか! なぜ!?」
ルーカス殿下が陛下に叫ぶけれど、陛下は何も答えない。
殿下とアンナの二人は衛兵によって半ば引きずられるように壇上から降ろされる。
「おい、放せ!! 私を誰だと思っている!!」
「ちょっ、痛いって! 私はヒロインなのよ!? この世界は私のためにあるのよ!? それなのにどうしてこうなるの? おかしいじゃない!! ねえ、助けてよジェイド! ユリウス! ジャック! ライアン!」
アンナが悲痛な叫びをあげ、攻略対象者たちの名前を呼んだ。彼らは一様に彼女と目を合わせないように、明後日の方向を向いていた。
そのことにさらにヒートアップしたアンナがいろいろと叫び、殿下も殿下でぎゃあぎゃあ騒いでいた。
二人が会場から連れ出され、やがて声が遠ざかり聞こえなくなると、会場内はしんと静まり返った。
「……どうして、こんなことに……」
ぽつりと、陛下が呟いた。
傲慢なところがあるルーカス殿下は、これまでにも問題を起こしたことがあった。それでも、親心からだろう、いつか成長してくれると信じていた陛下は、見るからに憔悴していた。
「ティアーナ」
陛下に名を呼ばれて、顔をあげる。
「愚息がすまなかった」
「……いいえ。わたくしも、婚約者として殿下をお支えできず申し訳ありません」
「そなたが謝ることはなにもない。この婚約はすぐに白紙となるだろう。皆も、このようなことになり大変申し訳ない。パーティーを仕切り直そう!」
陛下は言うやいなや、周囲に次々と指示を飛ばしていった。皆がそれを受けて忙しなく動き出した。
そんな中でお父様が近づいてきた。
「とんだ卒業パーティーになってしまったな」
「申し訳ありません……」
「陛下も仰っていただろう。お前が謝る必要はない。今日は疲れただろう。後はこちらに任せて、ゆっくり休みなさい」
お父様の言葉に頷いて、わたくしはひとり会場をあとにした。
学園の広く長い廊下を歩いていたわたくしは、そこで立ち止まり、天に向かって大きく腕を伸ばした。
「ああ~! 終わった~!」
自分が望んだこととはいえ、必要なことだとわかってはいても、四六時中監視されているというのはやはり窮屈さを感じてしまった。
何より、王族の婚約者という立場から解放されたことが嬉しい。
弾む足取りで学園の門のそばまで辿り着くと、我が家の馬車が停まっているのが見えた。お父様が手配してくれたのだろう。
さあ、あれに乗って我が家に帰るぞ! と一歩足を踏み出した瞬間、背後から声をかけられた。
「お嬢様」
「はいぃっ!?」
この場には自分しかいないと思っていたから、突然の声に情けなくも叫んでしまった。だって、足音も気配も何も感じなかった!
聞き覚えのある声に振り返れば、そこにはやはりルイスの姿があった。
いつからそこにいたのだろう。スキップしていたところは見られてはいないだろうか。
「驚かせてしまい、申し訳ありません」
「い、いいえ。こちらこそごめんなさい。どうしたの?」
「お屋敷までお供いたします」
ルイスの申し出に、わたくしは瞬きを繰り返した。
王家直属の監視者であるルイスが、どうしてまだわたくそのそばに付くのだろう。もう監視の任は解かれているはずだ。
そのことを本人に尋ねれば、フッと笑みを見せた。
「自分がそうしたいのです」
なぜ?
疑問符が頭の中にたくさん浮かぶ。
もしかして、侍女に扮するうちに仕事に目覚めてしまったとか?
でもそうすると、ルイスはずっと侍女の恰好をしていないといけないことに……。
馬車に揺られながら、正面に座っているルイスの顔を盗み見る。
初めて会った時も思ったけれど、整った顔立ちだ。スッと通った鼻筋と薄い唇。長い睫毛に縁取られた瞳の色は綺麗な琥珀色。侍女姿も様になっている。
「そんなに見つめられたら、穴が開いてしまいます」
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
指摘されて、慌てて顔を逸らす。
けれど、ちらりと視線をルイスに向ければ、目が合って微笑まれた。
こんな表情をする人だったろうか。……何だろう。何だか、落ち着かない……。
「……あ、そうだわ。ルイス」
「何でしょう?」
「今までありがとう。あなたと監視者の皆さんには、感謝してもしきれないわ」
「何です、急に」
「まだちゃんとお礼を言っていなかったと思って。あなたたちのおかげで、わたくしは謂れのない罪で咎められずに済んだんだもの」
卒業生の皆様には、後日謝罪をしなくては。私事で場を乱し、パーティーを台無しにしてしまったのだから。お父様が帰宅したら、監視者へのお礼と合わせて相談しよう。
「何かお礼をしたいのだけれど、欲しいものとかある?」
「私はただ、与えられた任務をこなしたに過ぎません。そのお気持ちだけで十分です」
「そう……」
残念ではあるけれど、本人がこう言っているのだから、こちらからしつこく聞くものではないだろう。そうすると、ほかの監視者にもお礼の言葉を伝えるだけに留めたほうが良いかもしれない。
屋敷に到着するにはまだ時間がかかる。わたくしは、馬車の窓から流れゆく景色を眺めた。
パーティーの会場から連れ出されたルーカス殿下は、きっとこれから法の下に裁かれるだろう。
婚約者のいる身でありながらほかの女性と浮気していたことも問題だが、何よりも彼は国庫を横領していた。アンナへのドレスや装飾品などの贈り物や、食事代などをすべて婚約者であるわたくしの名を使って請求していたのだ。
ただアンナと仲睦まじくしているだけだと思っていたから、その事実を知った時は驚いた。まさかそんなことまでしているとは思ってもみなかったのだ。
パーティーでアンナが着ていたあのドレスは、ゲームでもルーカスルートの場合に殿下から贈られたものではあったけれど、まさか同じ方法で手に入れた物なのだろうか? さすがにゲームではそんなことはしていないと信じたい。ゲームのルーカス殿下は、ヒロインとの交流を経て王族としての立場を自覚し、成長していったのだから。
詐欺罪に横領罪。これだけの罪を重ねれば、殿下の王位継承権の剥奪は確実だろう。
アンナの処遇はどうなるだろう。わたくしに対する事実無根の誹謗中傷に、自作自演による虚偽の申告。それらはすべて彼女個人が行ったことであって、その行為にノイール男爵の関与は見られなかった。男爵家との縁切りと、修道院送りあたりが妥当だろうか。
「お嬢様」
ふいに、低い男性の声がわたくしを呼んだ。
わたくしは、目の前に座る侍女に顔を向けた。
「お嬢様は、これからどうされるのですか?」
王家直属の監視者であるルイスは、どこぞのハートフルな白い怪盗よろしく、変声機などなくとも子供から老人、さらには女性と自在に声を変えられる達人だ。彼に頼み込んで色々な声を出してもらったのが懐かしい。
「そうね……」
ルイスに尋ねられたわたくしは、この先のことを考える。
相手の瑕疵とはいえあのような騒動を起こしてしまったのだ。あと残り二年を普通に学園で過ごすというのは難しい。
「侯爵領の保養地でしばらく療養しようかしら……」
このままのんびりスローライフと行きたいところだが、貴族の令嬢としての責務がある。
お父様に了承を得なければならないけれど、まあ今回の件で心身ともに疲弊したと言えばすぐに許可してくれるだろう。
それにしても、どうしてルイスはわたくしの今後を気にするのだろうか?
「お嬢様。先ほど断ってしまいましたが、お礼の件、まだ有効でしょうか?」
「え? えぇ、もちろん。望みのものがあれば言ってちょうだい!」
「では――」
ルイスは胸に手を当てると、恭しく礼をした。
彼がわたくしを見上げる。
「私に、あなたのそばにいる権利をください」
「………………え?」




