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プロローグ

「ねえ、実くん──」


 それは今はもう昔のこと、春の満開に咲いた大きな桜の木の下で俺は幼稚園の頃から仲が良かった幼馴染の雨宮千歳と最後のお別れをしていた。


 彼女は校門前で風になびく艶やかな黒い髪を小さな手で添えるように抑えてこちらを見る。その顔は寂しさを含んでいるようにも見えたし、どこか微笑んでいるようにも見えた。


「ん?なに千歳」


 俺が聞き返すと彼女は一瞬ためらうような仕草をして、はにかんだ。


「ううん、やっぱりなんでもない」


 それから、彼女は校門前の大きな桜の木を仰ぎ見て目を細めると小さく「言えたら、良かったな」と呟いた。


「千歳、あのさ」


 桜を眺める彼女があまりに美しいかったからかもしれないし、最後にどうしても伝えたい思いが瞬間的に胸に湧いたからかもしれない。とにかく俺はそれを言おうとして──やっぱり彼女と同じように言い淀んだ。


「どうしたの実くん」


「いや、なんでもない」


 あの時、俺は自分の気持ちを彼女に伝えられなかったことを地獄のような中学三年間を終えて高校に入学するこの日までずっと後悔していた。


 彼女は今、どうしているのだろう、どんな中学三年間を送って来たのだろうか?。


 ──彼女もあの時、言い淀んだことを後悔しているのだろうか。


 高校の入学式、まだ周りに新入生が誰もいない桜並木の通学路を歩きながら俺は千歳のことを想っていた。


 桜を毎年見る度にこうして想わずにはいられなかった。それくらい千歳との距離はゼロに近い一ミリだったのだ。


「実、くん?」


 最初は錯覚か空耳だと思った。きっと千歳のことを考えすぎていたのだろう、と。


「実くんだよね?」


顔を上げるとそこには確かに千歳の姿があった。それも三年前よりも見違えるほどに綺麗になって清楚さが増した彼女がこちらを見つめていた。


「千歳、同じ高校だったんだな」


「みたいだね、その、あのよろしくね」


「あ、ああよろしく」


 おかしい、あんなに思い焦がれていた彼女が目の前に居るのに心臓がバクバクとしてぎこちない返ししかできない。


 それは彼女も同じようだった、視線を若干逸らして頬をほんのり赤らめている。


「私、もう行くね。代表挨拶の練習したいから」


「代表ってことは主席か・・・・凄いな」


「じゃあまたね、実くん」


 そう言い残して校門に向かって歩いて行く彼女の背をぼんやりと眺めながら、胸に手を当て拳を握る。もしかしたら三年間の間に距離はあの時よりも遠くなってしまったかもしれない。


 それでも俺はこの高校三年間であの時言えなかった気持ちを彼女に伝えてみせる。


 そう決意を固めるのだった──。

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