8話 2年後
2年後――
俺は無事、東工大に入学し、
順調とも言える学生生活を送っていた。
⸻
科学というのは、本来シンプルだ。
嘘をつかない。
結果がすべてだ。
……少なくとも、そう習う。
⸻
だが、この世界では――
時々、その前提が揺らぐ。
⸻
例えば、広島。
原爆とされている、あの爆発。
⸻
資料を読み、数値を追い、
熱量を当てはめていくと――
どうにも、辻褄が合わない部分がある。
⸻
本当に“あれ”が同じものなのか。
⸻
まあ、いい。
今の俺には、確かめようのない話だ。
⸻
そんなある日。
夢の島の避難所で一緒だった
あの女の子と再会した。
当時は中学3年だった彼女も、
今では高校2年生になっていた。
ずっと俺に憧れていたらしい。
時間というのは、妙にあっさり人を変える。
⸻
「そういえば、今度ワクチン打つんだよね」
寝物語に、彼女は軽い調子でそう言った。
HPVワクチン――
子宮頸がん予防のためのものらしい。
⸻
俺は、少しだけ考えてから言った。
「……やめておいた方がいいかもしれない、
おまえの家業が二つ星のレストランでない限りは。」
「どうして?」
俺は少しだけ笑った。
「だいたい儲かるのは、医者とフランス料理だ」
⸻
向こうの世界では、
それは問題になっていた。
副作用の報告。
承認プロセスの曖昧さ。
そして――判断に関わる連中の動機。
⸻
「まあ、最終的に決めるのはお前だけどな」
そう付け加える。
ここは、あの世界じゃない。
⸻
ただ一つ、はっきりしていることがある。
どの世界でも――
「正しさ」は、案外単純じゃない。
⸻
医療も同じだ。
この世界の医療は、
やけに分業化されている。
症状を切り取り、
薬で抑え込む。
それ自体は合理的だ。
だが――
それだけでいいのか、という違和感が残る。
⸻
向こうの世界では、
もう少し違ったやり方があった。
軍事と隣り合わせだった分、
人体はもっと“全体”として扱われていた。
良い悪いではない。
ただ、方向が違う。
⸻
そして気づく。
この世界は、
何かが極端に偏っている。
——静かに管理されている、と言った方が正確か。
⸻
誰かが作ったゲームの中で、
うまく立ち回る者。
今だけ、金だけ、自分だけ。
⸻
それを「エリート」と呼ぶ社会。
⸻
……悪くはない。
だが、どこかで見た構造だ。
⸻
「まあ、いいか」
俺はそう呟いて、空を見た。
この世界で生きる以上、
このルールに付き合うしかない。
⸻
——この世界は、少し静かすぎるようだ。




