7話 引越し
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「久しぶりだな」
「……親父?」
「そうだ」
親父は少し笑った。
「死んだと思ってたか?」
ニュースではそうなっていた。
だが――
海上保安庁の管区トップなら、そういう誤報が出ても不思議ではない。
「記憶喪失になっていたんだ」
俺は適当に調子を合わせる。
「そうらしいな」
親父はうなずいた。
「だが、生きていて良かった」
どうやらこの世界での“親父”は
本庁への転勤の内示を受けていたらしい。
だが震災でそれが半年遅れた。
(更に、後から聞いた話では、震災に乗じて隣国から変な工作がないか、
気が気ではなかったらしい。笑。
この世界での海保は司法組織であり同時に半軍事組織でもあり、
最前線に位置する職場だ。軍学校にいた俺には何となく分かる。)
そして――
俺が生きていることが分かり、迎えに来たというわけだ。
「それで母さんは?」
親父は一瞬だけ黙った。
そして、泣き笑いのような顔で首を横に振る。
「そうか」
俺もうなだれてみせた。
そのときだった。
親父がふと俺の顔を見て言った。
「……お前」
少しだけ首をかしげる。
「何だ?」
「いや」
親父は腕を組んだ。
「前はそんな目をしてなかった」
「どんな目だよ」
「……説明はできん」
少し考えてから、親父は言った。
「まあいい」
肩をすくめる。
「人間、震災でも経験すれば変わる」
そして笑った。
「生きてりゃ、それで十分だ」
「そうだな、まあ生きていればそれでいい。」
俺も笑う。
新しい住まいは高校と同じく文京区。
小石川植物園のすぐ近くだった。
昨年建て替えたばかりの低層マンションで、
もともとは団地だったらしい。
そのせいか敷地は妙に広い。
車寄せがあり、
中央には住人用の広い中庭がある。
さらに屋上には庭園まである。
団地の建て替え物件らしく、敷地にはかなり余裕がある。
ただし外観は地味だ。
URの分譲マンションみたいな、
飾り気のない外廊下の建物。
流行りを追っていない代わりに、
管理費や修繕費はかなり安いらしい。
質実剛健を絵に描いた様な、いかにも文京区らしいとも思った。
部屋は五階建ての四階。
三方バルコニーの
110平米の3LDK。
国土交通省の定める
“誘導居住面積水準”から見ても、
都市部のファミリー向け物件としては
やたら広い。
トイレも二つある。
「インフルエンザになっても安心だな」
親父がそんなことを言っていたが、
俺にとって一番ありがたかったのは、
バイク置き場があることと、予備校へのアクセスが良くなったことだ。
もっとも、金には困っていない。
電力会社から精神的慰謝料として月十万円が支給されている。
それに――
この世界の俺のキャッシュカードも、紛失扱いで再発行してある。
学校までは四キロ強。
地下鉄なら三駅だが、
俺は相変わらずランニングで通っている。
駅前のセルフカフェで知り合った女の子とも付き合い出した。
といってもデートは部活のない日に、週に3度会う。
向こうは毎日会いたがるが俺も一応受験生なのだ。
今後を考えると、いわゆる一流の大学に入った方が、その後の選択肢が増えそうに思える。
トランクルームもそのままキープした。
親父も霞が関まで地下鉄で一本らしい。
霞が関の官僚の間では
ドアツードアで40分以内。
それが理想だと言われているそうだ。
こうして、異世界での夏休みも何とか過ぎて行った。




