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高い城の男  作者: 白乾兒
7/7

7話 引越し



「久しぶりだな」


「……親父?」


「そうだ」


親父は少し笑った。


「死んだと思ってたか?」


ニュースではそうなっていた。


だが――

海上保安庁の管区トップなら、そういう誤報が出ても不思議ではない。


「記憶喪失になっていたんだ」


俺は適当に調子を合わせる。


「そうらしいな」


親父はうなずいた。


「だが、生きていて良かった」


どうやらこの世界での“親父”は

本庁への転勤の内示を受けていたらしい。


だが震災でそれが半年遅れた。


(更に、後から聞いた話では、震災に乗じて隣国から変な工作がないか、

気が気ではなかったらしい。笑。


この世界での海保は司法組織であり同時に半軍事組織でもあり、

最前線に位置する職場だ。軍学校にいた俺には何となく分かる。)


そして――

俺が生きていることが分かり、迎えに来たというわけだ。


「それで母さんは?」


親父は一瞬だけ黙った。


そして、泣き笑いのような顔で首を横に振る。


「そうか」


俺もうなだれてみせた。


そのときだった。


親父がふと俺の顔を見て言った。


「……お前」


少しだけ首をかしげる。


「何だ?」


「いや」


親父は腕を組んだ。


「前はそんな目をしてなかった」


「どんな目だよ」


「……説明はできん」


少し考えてから、親父は言った。


「まあいい」


肩をすくめる。


「人間、震災でも経験すれば変わる」


そして笑った。


「生きてりゃ、それで十分だ」


「そうだな、まあ生きていればそれでいい。」

俺も笑う。



新しい住まいは高校と同じく文京区。

小石川植物園のすぐ近くだった。


昨年建て替えたばかりの低層マンションで、

もともとは団地だったらしい。


そのせいか敷地は妙に広い。


車寄せがあり、


中央には住人用の広い中庭がある。

さらに屋上には庭園まである。

団地の建て替え物件らしく、敷地にはかなり余裕がある。


ただし外観は地味だ。


URの分譲マンションみたいな、

飾り気のない外廊下の建物。


流行りを追っていない代わりに、

管理費や修繕費はかなり安いらしい。

質実剛健を絵に描いた様な、いかにも文京区らしいとも思った。


部屋は五階建ての四階。


三方バルコニーの

110平米の3LDK。


国土交通省の定める

“誘導居住面積水準”から見ても、

都市部のファミリー向け物件としては

やたら広い。


トイレも二つある。


「インフルエンザになっても安心だな」


親父がそんなことを言っていたが、


俺にとって一番ありがたかったのは、

バイク置き場があることと、予備校へのアクセスが良くなったことだ。


もっとも、金には困っていない。

電力会社から精神的慰謝料として月十万円が支給されている。


それに――

この世界の俺のキャッシュカードも、紛失扱いで再発行してある。



学校までは四キロ強。


地下鉄なら三駅だが、

俺は相変わらずランニングで通っている。

駅前のセルフカフェで知り合った女の子とも付き合い出した。

といってもデートは部活のない日に、週に3度会う。

向こうは毎日会いたがるが俺も一応受験生なのだ。

今後を考えると、いわゆる一流の大学に入った方が、その後の選択肢が増えそうに思える。


トランクルームもそのままキープした。


親父も霞が関まで地下鉄で一本らしい。


霞が関の官僚の間では


ドアツードアで40分以内。

それが理想だと言われているそうだ。


こうして、異世界での夏休みも何とか過ぎて行った。


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